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chronos  作者: 天月 琉架
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第一話

「……と……う……斗…真」


どこかで僕を呼ぶ声がする。

いつも聞いている、少し低くて安心する声。


それが余計に心地良くて、もう少しまどろんでいようと斗真とうまは胸元のシーツを引っ張った。

「ん…」

ぽかぽかする日差しが気持ち良い。もぞもぞと居心地の良いポイントを探した。


うん、今日は絶対二度寝しよう。

っていうかする。だって起きられないし。


「斗真?いい加減に起きないと、遅刻するぞ」

ゆさゆさと優しく揺すられるけど、生憎とそんな可愛い攻撃では起きる気配がない。


「うー……もぉ…ちょっと……」

まだおふとんの温もりと優しい声に浸っていたい気分だった僕は、声の主に許しを乞うと

そのままパタリと眠る体勢に入る。

あ、この位置が一番イイかも…。


「さっきもそう言った。二度寝は許しても、三度寝はダメだ」

今度はちょっと強気な声が返ってきたけど、どうせこのまま寝てれば諦めてくれるだろう。

そう思って、傍らの抱き枕を引き寄せて惰眠を貪り始めた。


「んー……」

ぬくぬくのおふとん。

心地良い声。

柔らかい朝日。


ダメだ、何を言われても起きる気が全くしない。

「おやすみ…」

だから諦めてくれ。僕はもう起きないから。


「ふーん…俺がせっかく起こしているというのに、そういう態度に出るのか。ならば、俺

に何されても構わないということだな」

う…何する気か知らないけど、そんな脅しなんかじゃ起きないからな。


どうせ夢なんだからと、斗真は悪態をついた。


何故夢かって?

だって僕は独り暮らしだ。


だから僕が起きようとしなければ、誰にも邪魔されずに好きなだけ寝てられるってわけ。

偉そうな態度にはちょっとびっくりしたけど。


「ん…っ」


そんなことをぼんやり考えていると、ふいに柔らかいものが顔に押し当てられる。

少し濡れていて、それでいてどこか熱い…そう、唇みたいな。


「…っ?」

ちゅくっと今度は軽く唇を吸われる。僕は一瞬、何が起こったのかわからなくて混乱した。

重たい瞼を少しだけ開けて、彼のいる方に視線をやった。


「斗真…」

僕の顔を大きな両手で包み込んで、もう一度キスをしてきた。

「んぅ…」

先ほどよりも深く唇が重なる。熱っぽい瞳で見つめられて恥ずかしさを感じた僕は、開い

た瞳をぎゅっとキツく閉じた。


(早く終わって。もう起きるから)


何度も何度も求められる口づけにいたたまれなくなる。


これは夢なのに。

どうしてこんなに切なくなるんだろう。

胸にチクリと痛みが走る。けれどそれ以上に高鳴る鼓動が煩くて、知らないフリをした。

今すぐ起きなくちゃ。認めたくない自分を知ってしまわないように。


「も…起きる…から」


だから、お願い。

そう想いを込めて彼を見る。すると、名残惜しそうにぺろりと濡れた唇を舐めて解放して

くれた。


「仕方ないな。早く着替えて、顔を洗っておいで」

耳元で優しく囁くと、リビングの方へと向かっていった。


(た、助かった…)


はぁっと深く吐息を漏らす。何度か深呼吸を繰り返して、ドキドキしすぎてどうにかなっ

てしまいそうな心臓を落ち着かせようとした。







「おはよう、れん

大学の講堂内に入ると、いつも見慣れたクールな男がいた。

「ん?あぁ、斗真か。珍しいな、お前が間に合うなんて」


読んでいた本から顔を上げて、こちらへと微笑んでくる。彼はクールな顔と雰囲気を醸し

出しているのに、笑うと少し柔らかくなって不覚にも可愛いと思ってしまうのだ。


「なっ…失礼なヤツだな。僕だって、やれば1限くらいちゃんと来るさ」


どきっとする気持ちを誤魔化すようにつんと答えた。


僕は朝がすごく弱い。

暇さえあればひたすら眠っていられるくらい寝るのが好きだ。

そのため、朝9時から始まる1限目にはいつも遅刻するか代返を頼んでいる。


最近は、夢のせいできちんと間に合うように起きれているのだが。

でもそれを蓮には言えなかった。


その…夢に出てくる゛彼゛が、目の前いる北条蓮ほうじょうれんそのひとだからだ。


(まさか蓮にキスされる夢を見て早起きしてるなんて…っ)


恥ずかしくてそんなこと誰にも言えるわけがなかった。


さらに言えないことに、僕と蓮は…その、世間一般で言う恋人同士だ。

サークルで知り合った友人から紹介されて、蓮に言われるまま付き合うようになった。


女の子とだってあまり付き合ったことがないのに、彼と付き合うなんてどうすればいいの

か未だによくわからない。


しかもこの男、異常に格好良い。さらさらの黒髪、透き通った鼻筋、切れ長の眼。普段滅

多に笑わないことから、寡黙でクールな男だとキャンパス内の女子が言っていた。


(なんで僕なんだか…)


時折男として虚しさを感じるものの、なるようにしかならないと楽観的な考えの斗真はそ

れ以上深く考えることは無かった。


「今日はライに行くのか?」

「いや、今月は響先輩が担当だから行かない。蓮はバイト?」


ライ部とは、僕と蓮が入っているサークルのこと。ライブ好きな響先輩の趣味が興じて出

来たお祭り部だ。


アーティストのライブから始まり、絵画やプラモの展示会、シーズン毎のお祭りなど、イ

ベントと称されるものに興味があれば何でも行く。


しかし、如何せん学生なのでお金がない。

なので響先輩がどこからか貰ってくる無料チケットか部費でまかなっているのだが、チケ

ット代や旅費は意外に高い。だから無料チケットのない時は、2人1組のローテーション

形式で出掛けるのだ。


担当外の部員も多くいるが、そういったメンバーはイベントに向けてダンスや振り付けを

覚えたり、果ては楽器を練習するものもいる。

僕は運動神経にはあまり自信がないのでそういった練習はあまりしない。


「あぁ。マスターがお前にまた来いっていってたぜ」

「ホントに?今日の講義は午前だけだから、久しぶりに食べに行こうかなぁ」

蓮のバイト先はイタリアンレストランなのだ。僕はそこのパスタが大のお気に入りで、よ

く食べにいく。


リストランテ「Fontanaフォンタナ diディ Treviトレヴィ」は大学から少し行ったところの閑静な住宅街の外れに

ある。上品な感じを損なわず、それでいて敷居の高い雰囲気はまったくない。


僕のような学生でも気軽に行けるのは、ひとえにマスターの人柄だと思っている。

優しげな雰囲気とそれでいて男らしい紳士的なマスターが僕は大好きだ。


早くマスターに逢いたくて、いつの間にか始まった講義をそっちのけでわくわくとしてい

ると、突然不穏な空気を感じた。


「な…なに?」

「斗真…お前、俺の恋人だってわかってる?」

「んなっ…!」


耳元で低く囁かれた言葉に驚愕した。だってここは他にもたくさんの学生がいる講堂なの

だ。

いつ、誰に聞かれるかわからないのに。


「ちょっ…蓮、な…に急に」


ぞくりと響く耳元を押さえて、小さく抗議する。普段、彼はあまりこういったことをしな

いので、僕には刺激が強すぎた。

どうして急にそんなことを言ったのかもわからない。


「いや、わかってるんなら別にいい」

頬を赤らめた僕に満足したのか、ニヤリと悪戯っぽく笑うと視線を前に戻し、講義を聞い

ている。


なんなんだ、一体。

講義の間中ずっとその理由を考えていた僕は、授業の内容なんてまったく入っていなかっ

た。


「はぁ〜」


真っ白なままのノートを恨めし気に見る。隣で淡々と話を聞いている蓮が気になって何も

出来なかったのだ。


まぁ、いいや。考えてもわかんないし。


「斗真、授業終わったらいつもんとこな。出来ればはるかも連れて来い」

「悠?分かったー。あいつが素直に来るとは思えないけど、声だけは掛けとくよ」


ノートは後で蓮に見せてもらうことにして、次の講義へと向かうことにした。


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