第十六話
ユニークアクセス1000人突破!
本当にいつもありがとうございます。
感謝の気持ちでいっぱいです。
お風呂から上がると、奪った毛布や枕が元の位置に戻されていた。
さすがに何もなしで寝るのはやだなーと思っていると、隼人先輩が何か企んでいるようなニヤニヤ顔をしていた。
「あのぅ…先輩?」
「なんだ、後輩」
「僕の寝る場所が無いんですけど…」
「うん?ベッドがあるじゃねぇか」
隼人先輩は座っているセミダブルのベッドをポンポンと叩いた。
長身でガタイも良い先輩は普通のシングルでは狭いし足が余るらしいので(ムカツク…)、ゆったり眠れるこのサイズにしたらしい。
「いや、でも僕は飛び入りなので床でいいです。先輩だってベッドで寝たいでしょう?」
「おう。だから一緒に寝ようぜ」
「…はぁ?」
何言ってんだよコイツ、と失礼ながらも思いっきり呆れる。
まるでおっしゃっている意味がワカリマセン。
「お前くらいならちっちゃいから大丈夫だろ。湯たんぽ代わりになれ」
「えっ、ちょっ、まっ…、うわっ」
ちっちゃいは余計、湯たんぽって何?っていう苦情を言う前に腕を捕られて引っ張り込まれる。
胸元に頭を抱きしめられて抜け出せなくなってしまった。
「やっぱ小動物は体温高いな。暖房無しでも温けぇ」
「僕は人間ホッカイロじゃないんですけど」
「だから湯たんぽ代わりになれって言ってんじゃねぇか」
「だから湯たんぽって何って言ってんじゃないですかっ」
半ば逆ギレ状態で抵抗しベッドの端へ逃げようとするが、ぐるりと方向を回転させられて先輩と壁に挟まれた状態になってしまった。
若干狭い感じがするのは否めないが、寝れなくもない。
どこにも逃げ場が無くなってしまったので、しょーがないと諦めて寝ることにした。
「くくくっ」
先輩に背中を向けて寝ようとするのに、背後からは楽しそうに笑う声がする。
しかも油断するとすぐに腕を乗っけてこようとするので、その度に振り払っていた。
すると今度はズシッとした重さを感じた。
横向きで寝ているので、圧迫されて苦しい。
なんでこの人は大人しく寝させてくれないんだよっ。
「もうっ、先輩重いですってばっ…!?」
左腕を押し上げて振り返ると、いつもの意地悪な顔はどこにもなく…見たこともない真剣な眼差しをした先輩の視線とぶつかった。
「なあ、斗真…」
右肘をついて頭を乗せている先輩は、こちらを向いて見つめてくる。
するりと左手で僕の頬を優しく撫でた。
いつもと違う空気、少し低くなった声。
どうしてかは分からないけれど、なんだか危ないような気がした。
「せんぱ…い?」
「どうして…お前は―――」
また、だ…。
何かを言いたそうにしているのに、絶対に先を言わない隼人先輩。
どうして?
それは僕なの?
僕は、知らない間に隼人先輩を苦しめるような何かをしてしまったのだろうか?
「先輩…ごめんなさい」
「…っ、どうしてお前が謝る?」
先輩の辛そうな表情を見ていて申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった僕は、理由もわからず謝罪の言葉を口にしていた。
けれどそんな僕を戸惑ったようにポンポンと優しく頭を撫でてくれる。
隼人先輩独特のガシガシ強くかき混ぜる撫で方じゃなくて、逆に不安になってしまった。
やっぱり、何かしてしまったのだろうか…。
「だって…」
「お前は何も悪いことなんかしてねぇんだから、謝る必要なんかどこにもねぇよ。お前はアホみたいにいつも笑ってりゃそれでいい」
むにっと僕の頬っぺたをつまんだ先輩は、泣き笑いみたいに無理してるのが分かったけれど何も言わなかった。
先輩が、そういうのなら。
僕は少しだけ無理をして微笑って、先輩と向き合って眠ることにした。
******
翌朝。
泊めてもらったお礼を言って、早々に自宅へと帰った。
たった一晩のことなのに酷く長かったように感じられて、ベッドに腰を落ち着けると斗真はそのままゴロリの寝転がった。
(つ、疲れた…)
いくら仲が良いといっても、やはり先輩とずっと一緒というのは気を使うものだ。
相手が隼人であったからまだ大丈夫だったものの、これが全然遊んだりしない先輩だったらと思うとゾッとする。
上下関係で考えると…先輩ではないけれど目上の人という意味で、これが崎だったらおそらく一睡も出来なかっただろう。
ウトウトとこのまま寝てしまいたいが、もう少ししたら授業に出るべく大学に行かねばならない。
それに、講義が終わったら悠と会う約束をしているのだ。
疲れのせいなのか、隼人が散々からかったり騒いだりしたせいで悩む時間があまりなかったお蔭なのか、昨夜ほど混乱はしていなかった。
ただ…
「蓮と会って…僕、ちゃんと笑えるのかな」
彼に会いたい気持ちと同時に湧き上がる黒い気持ち。
やっぱりあの女の人と付き合うからお前とは付き合えないとか、蓮のことだから何も言わずに『別れてほしい』と言われてしまったりするんじゃないかとか―――
「やばい、暗くなってきた」
もしそう言われた時のことを勝手に想像してどよんと気分が沈みこむ。
(まだ何も言われてない、まだ何も確かめてない、まだ何も行動してないだろっ)
必死に自分に言い聞かせてみるが、どうしても不安が拭えない。
足元から崩れ去ってしまいそうな未知数の恐怖が襲い掛かってくる。
こんなにも彼と別れることが怖いなんて。
「あーもうっ、こんなんヤダッ!」
うだうだしてるだけなんて自分らしくない。
悩んでいたって、何も解決なんてしないのに。
怖くても、その先がどんなに悲しくても、そうじゃないかもしれない。
何もしないからずっと怖いままなのだ。
一晩だけでもこんなに苦しいのに、これをずっと続けるのか?
彼から何も言われないことを祈りながら、不安と恐怖に苛まれながら一緒にいるの?
そんなのは耐えられない。
そう思って斗真はベッドから跳ね起きて服を着替えて出かける準備をする。
こうなったら学校で蓮を捕まえて、直接聞くしかない。
もし本当に最悪なことを言われたら…その時は自分の想いを伝えるしかない。
それでもダメなら、その時また考えよう。
何もしないよりは何倍も良い。
もう与えられるだけの子供は卒業するのだ。
自分の想いを確認すると、矢継ぎ早に斗真は家を出た。