第十五話
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やっと気が済んだのか、隼人先輩がベランダから戻ってくる。
僕に携帯を渡すとそのままベッドの上に座った。
携帯はまだ繋がっていて、ようやく僕と代わってくれた。
電話に出ると僕をとても心配してくれていたこと、自分はタクシーでもう家に帰ったこと、隼人先輩にはあまり甘えるなとよく分からないことを言われた。
確かに人にあまり迷惑を掛けるのはよくないので、分かったとだけ伝えた。
「とりあえず、今夜はゆっくり休んで頭を冷やしなよ?あの男が何考えてんのか知らないけど、北条がお前のこと…大切に思ってるのは、僕にだって分かるんだからね」
「うん…ありがと、悠。迷惑掛けてごめんね」
「ばーか。斗真に迷惑掛けられるのなんて、慣れっこだよ。いい加減、僕の有り難味が分かった?」
「ふふ…いつも感謝してるよ。悠が僕の友達で、ホント良かった」
「ちょっと元気出たな。いい?深く考えたりしちゃダメだからね。あれくらい、恋人の特権で余裕ぶっこいて高笑いしてりゃいいんだから」
「…それは悠にしか出来ないよ」
「何だよーっ、僕はそんな嫌なヤツじゃないし」
「ってちょっとそれっ、僕に嫌なヤツになれっていってるようなもんじゃんっ」
「今頃気付いたの?やだね〜」
あはは〜と笑っていつものように僕をからかう。
暗くならないように笑わせてくれる悠の優しさが、嬉しかった。
「でもいい!?絶っっっ対に隼人先輩にくっついたり寝惚けて抱き枕にしちゃったり甘えたりしちゃダメだからね!?あの人は優しそうに見えて超鬼畜・意地悪・冷血漢・ズルイ男なんだから!!」
「えっ…はぁっ…う、うん!?」
随分な言いようだが、反論する余地が全くないのでとりあえずコクコクと頷いた。
「あぁ〜もう、ホント心配だよ…なんでよりにもよって隼人先輩なんだよぅ」
「いや、あの〜…悠さん??」
はぁ…と電話越しに盛大なため息が聞こえてくる。
何でそんなに隼人先輩を警戒するのか僕にはさっぱりだった。
そういえば、オーナーに対しても凄い剣幕だったし、何か直感的に苦手なのかな?と思うことにした。
だって僕にはわからないし。
考えてもしょーがないことは、考えるだけ無駄というものだ。
「明日の講義は休むんでしょ?」
「ううん、明日は3限だけだから、一旦帰ってから行くよ」
「そうだっけ。じゃあ終わったらカフェで待ってて。美味しい紅茶で良いよ」
「あはは…了解しました。それぐらい奢らせていただきます」
「よろしい。んじゃ、また明日」
「うん、おやすみ」
ちゃっかりねだってくるのはさすが悠と言ったところか。
けれど、今回は結構迷惑を掛けてしまったのでそれぐらいはご愛嬌だろう。
でも、悠の明るさのおかげで少し元気が出たのでお礼としては安いものだ。
「電話、終わったのか?」
「はい。先輩にもご迷惑をお掛けしてすみません」
「バカ、気にすんな。俺がしたくてしていることだ。お前が気に病む必要なんか何処にもねぇよ」
わかったら素直に甘えておけ、と傲慢に笑ってガシガシ撫でる。
だからぁ…ちょっぴり痛いんですけど…
じと〜と上目遣いに睨んでも、全然聞いちゃくれない。
むしろ、なんか喜んでるっぽいんですけど…なんで?
「お前って、可愛いよなぁ」
「はい?」
何を急に言ってるだろう?
きょとんとした表情で隼人先輩を見る。
「瞳なんかクリクリしてるし、肌は白くてぷにぷにしてて子供みてぇだし」
「先輩…それ、褒めてませんから…」
言われたこっちはガックリと肩を落とす。
二十歳過ぎた男が可愛いとか言われても、ねぇ…。
むしろ、男としては悲しい限りだ。
なんかバカにされてるような気がするんですけど!
「むぅ〜っ、先輩は良いですよねっ。男らしくて背も高くてカッコイイから。どーせ僕なんか背は普通だし運動なんか全くしないから逞しくないしっ。顔なんか童顔のせいで身分証明書ナシで飲みに行けないんですからねっ」
持ってても疑われるし!
ぷりぷりと怒って先輩から離れる。
と言っても、さほど広い部屋ではないので座ったままベッドの下から玄関に向かってズレただけだ。
「こらこら、逃げんな。バカになんかしてねぇよ。可愛いと思ったから言っただけだ」
ズリ下がろうとする僕の腕を取って、自分のほうへと引き寄せる。
先輩はベッドの上に座ったままなので必然的に腰が上がってしまった。
「男の僕に可愛いとか言わないで下さいよ〜っ」
必死の抵抗も虚しく隼人先輩の腕の中に囚われてしまった。
なんかいろんな意味でヤバイんですけど〜〜っっ
「せ、先輩っ、僕作ってもらったリゾットが食べたいんで離してくださいっ」
なんとか解放してもらいたい一心でお願いしてみる。
まだ一口しか食べてなかったけれど、凄く美味しかった。
やっぱり美味しいものは温かいうちに食べたほうがいいしね。
「うん?食べさせてやるよ」
「はぁ!?」
隼人先輩はそういうとテーブルに置いたままのお椀を片手でひょいと取って、僕を腕に抱いたまま食べさせようとする。
いやいやいやいや、何かオカシイだろっっ
ってかこの人絶対面白がってるし〜〜〜っっ
何度も脱出を試みるが見事失敗に終わってしまった。
まぁ、試すまでもなく体格差から絶対無理なのは分かってたけど。
けれどこのまま先輩の思惑通りにコトが運ぶのは面白くない。
どうにか一矢報いてやりたい一心で何かないかと頭をフル回転させた。
お風呂に入りたい→俺も一緒に入ると喜びそう…
あえて早く食べさせろと偉そうに言ってみる→偉いでちゅねぇ〜大きくなるんでちゅよ〜とか言ってバカにして笑いそう…
突然哀しんで甘えてみる→なんか別の意味で危ない気がする…
……全然ダメじゃん!
どうやっても逃れられないような気がしてならない。
何を言ってもやっても結局は隼人先輩を喜ばすだけになりそうなので、大人しく寄せられたスプーンをパクリと口にした。
うん、やっぱり美味しい。
もくもくと咀嚼していると拘束する力が弱まった。
(やったっ、ラッキー)
何が良かったのかは分からないけれど、チャンスを逃すまいとそのまま腕から抜け出す。
悪戯好きの人は反応を返すから面白がってやるのかもしれない。
無反応なら特に面白くもなんともないのかも…と一人納得していると、カタンとお椀を置く音が聞こえた。
どうしたのかと少し離れてから先輩に視線を向ける。
「どうして…」
そう言って黙ってしまった先輩は、何かを言いたいのに言えないような…いつか見た、切なそうな表情をしていた。
見ているこっちが苦しくなるくらい、痛そうな表情。
「せんぱい…?」
僕は隼人先輩が心配になって、離れてしまった分だけ近寄る。
不安げに見上げると、困ったように笑ってくれた。
「何でもねぇよ。間抜けヅラがさらにアホなツラになってるぜ」
ぺしっと軽くでこピンを喰らわせて今度はニヤリと意地悪く微笑む。
…なんか騙された気分だ。
心配してソンしたっ。
もういいや、と先輩の存在を丸無視してリゾットを頬張った。
ご馳走様をしてシンクに運ぶ。
水にだけ浸けておいて、わざと洗わなかった。
ふーんだっ。
思いっきりぷいっとしてやった。
「ぷっ」
「何笑ってんですかっ!」
「いいや、別に」
何でもねぇと言いつつ笑い声が漏れている。
というか隼人先輩は隠す気がまったくない。
むしろダダ漏れ。
なんかムカツクけど、これ以上対抗しようがないのでシカトだシカト!
無反応、それが一番っ。
せめてもの仕返しにベッドの上に座ったままの先輩を押しのけて毛布を剥ぎ取り枕を奪った。
それを床に置いて、机を退けて勝手に寝床を作る。
部屋の中はさほど寒くはないので、重ね着していたシャツと靴下を脱いで畳み端のほうへと置いた。
よしっ、準備完了!
じゃ、おやすみなさい…と先輩の存在を丸無視にして寝ようとしたが、毛布を被ろうとする手を抑えられた。
「風呂は入らないのか?」
「いえ…そこまでは迷惑掛けられません」
「アホか。んなことくらい気にすんなって言ってんだろ。先輩命令。とっとと入って来い」
えー…そんな強引な…という声が今度は黙殺される。
容赦なくお風呂場へ連行され、タオルとパジャマ代わりのジャージを渡されてしまった。
新品とはいえパンツまで渡そうとしてきたが、頑張ってお断りした。
だってボクサーパンツなんだもん。
ってそういう問題じゃないか。
とにかく隼人先輩が喜びそうなことは極力しないように気を張ってみる。
悠からも念入りに注意されちゃったし。
そんなことを考えながら素早く頭と身体を洗って湯船に入る。
ちゃぷん、と肩まで浸かるとお湯の温かさが気持ち良かった。
蓮…どうしてるのかな…
一人静かな空間にいると、考えるのはいつだって彼のこと。
悠や隼人先輩の賑やかさのお蔭でだいぶ前向きになったが、どうしたってあの光景が頭をチラつかせる。
今にもキスしそうなくらい密着した2人。
自分にはない、ふくよかな胸を彼の腕に押し付け、妖艶に微笑んで―――
(蓮の…表情は、どうだったっけ…?)
そこだけ霞が掛かったように思い出せない。
最近、よく見せてくれているような優しく笑った表情…だったっけ?
…わからない。
嫌なことから逃げ出すように、思考が中断する。
知りたいのに、知りたくない。
考えたいのに、考えたくない。
矛盾した気持ちが心の中をぐるぐる駆け巡って、前へ進めない。
「れ、ん…」
名前を口にしただけなのに、酷く心が締め付けられるような感覚がした。
今は会いたくないのに―――――会いたい。
ぎゅっと強く抱きしめて、キスして欲しかった。