第十二話
「失礼しまーすっ」
2人で部室に入ると、隼人がソファでまったりと本を読んでいた。
長い足を邪魔そうにソファの袖に投げ出していて、ゴロンと寛いでいるだけなのに様になっている。
「ん…?来たな、子猫コンビ」
「なんすか、それ。センスない呼び方止めてくれません?」
「そんなお前たちにはコレを贈呈してやろう」
悠の抗議など全く持ってスルーして、隼人はスッと起き上がるとサイドテーブルに置いてあった袋からあるモノを取り出してスポッと悠の頭に乗せた。
「はっ…はるかっ」
ぷるぷると震えながら斗真が叫ぶ。
悠は乗せられたモノをブンッと取って、ソレを見た。
「……ぶっ殺す」
「もう取っちまうのか?似合ってるのに」
斗真にもやるよ、と乗せようとしてくるが、必死で逃げる。
あんなモノ、とてもじゃないが自分から付けようなんて思えない。
問答無用で乗せられてしまった悠は、拳をブルブルと震わせて怒り心頭中だった。
「じゃあ、お前は持って帰ってくれよ?」
「いっ、嫌ですよっ」
「だめー。蓮には言っておくからな」
「やっ…それだけはダメですーっっ」
止めてくださいーっと抵抗するも力技で負けて、バックに入れられてしまった。
あとでこっそり捨てよう、と思うも、あとで蓮に確認するからなとダメ押しをされてしまった。
佐久間隼人という男は、あの悠が絶対に勝てないほど二枚も三枚も上手の喰えない先輩なのだ。
蓮と同じ高校の先輩で、185cmとかなりの長身だ。蓮が183cmなので、2人が並ぶとかなりの威圧感がある。
ちなみに悠は175cm、斗真は170cm、響も(自称)170cmだ。
なのでこの3人は隼人の格好の餌食になっているのだ。
飄々とした掴めないけれど憎めない性格をしていて、兄貴っぽい気質があるのだと思う。
体育会系の知り合いは皆そう呼んでいるし、ライ部内でも隼人のことを「兄貴」と呼ぶものもいるくらいだ。
男気があって、爽やかな二枚目な男なので、男女共にとてもよくモテているらしい。
ただ、悠以上に「変わった」悪戯を考えるので、その餌食にされている斗真たちは大変困っていた。
彼の唯一の欠点とも言える。
「この僕が…ネコだと?」
悠は我慢しきれず持っていたソレをバキッと折ってそのままゴミ箱へブン投げた。
「あ〜あ、せっかくお前のために用意してきたのに」
「入りません!いい加減、僕たちで遊ぶのは止めてください」
視線だけで射殺さんばかりに睨みつけている。
けれどそんなものはまったく痛くも痒くもないとばかりに楽しそうにニヤニヤと笑っていた。
「ほらよ。コレを取りに来たんだろう?」
ポケットからチケットを出すと、斗真へと差し出した。
「ありがとうございます。でも先輩、僕たちが貰って良かったんですか?」
「あぁ。俺はこーゆーの、興味ねぇんだ。一緒に行く相手もいねぇしな」
だから気にすんな、とガシガシ頭を撫でられた。
う…ちょっと痛い。
というか僕、なんで皆に頭撫でられてるんだろ…
そんなことを考えていると、ふいに手が止まった。
どうしたんだろう?と隼人の顔を見上げると、笑うのに失敗したというか、どうしようもない切ない眼差しをしていた。
「せんぱい…?」
「うん?痛かったか?」
「いえ、大丈夫ですけど…」
ごめんな、と言って今度は優しく毛並みを整えるように撫でてくる。
なんか、この言い方って…?
「そういえば斗真、お前蓮と付き合ってるんだってな」
「はぁっ…!?」
なんでそんなコト知ってるの!?
驚きのあまり口をぱくぱくしていると、面白そうに隼人が笑う。
「いや、昨日、あいつに会ったんだけどよ、なんかこー…スッキリしました!って顔してやがったから。そんで、その顔がムカついたから白状させた」
ムカついたからって…そんなことしちゃうんですか、先輩…
ガックリと項垂れる斗真を尻目に豪快に笑う。
蓮が吐かせられるってことは、相当いろんなことして脅したのだろうということは容易に想像出来る。
知られてしまったことに憤りを感じる前に、蓮がちょっと可哀想になった。
「まぁ、あいつの長年の想いが叶って良かったなってコトで」
「…?」
隼人の言っている意味がわからなくて、不思議そうに見るけれど結局教えてはくれなかった。
「蓮を、よろしくな」
とそれだけ言うと、隼人は部屋を出て行ってしまった。
未だに怒り狂っている悠を宥めて、斗真たちも次の講義へと向かった。
******
「と、言う訳なんだけど…隼人先輩に何か弱みでも握られてるの?」
「あー…まぁ、そんなところだ」
斗真の部屋に遊びにきた蓮を問い詰めると、珍しく言葉を濁した。
そんな蓮の様子に斗真は不思議に思った。
「隼人さんにバレちまったの、黙ってて悪かった」
ごめん、と呟いてぎゅうっと抱きしめてくる。
もうこういう状態になってしまうと、斗真は何も言えなくなる。
大きな子犬みたいで(ちょっとおかしいけど、そんな感じ…)可愛く思えてしまうのだ。
もう、しょうがないな、と斗真も抱きしめ返した。
蓮の身体から微かに香るコロンの匂いが、たまらなく斗真を安心させた。
ふと、隼人に対して不思議に感じたことを蓮なら知っているかもと尋ねてみた。
「あぁ…隼人さん、お前にあの人を重ねて見てたんだろ」
「あの人…?」
「隼人さんの想い人。悠から聞いてないのか?」
「えっと…響先輩って言ってたと思うけど」
「あの人、大学に入ってすぐに響先輩に惚れたんだよ」
「えっ、そんなに前から?」
隼人と響は3年生。この春で4年になるから、丸3年間も片思いをしているということになる。
斗真たち2年生が見ているだけでも、この2人が特別進展している様子はまったくない。
むしろ、斗真は相棒という親友にも似た関係なのだと信じて疑わなかったくらいだ。
けれどそれは、他人にはあまり興味がないという斗真のズボラな性格故というものもあるが。
「でも僕、響先輩と全然似てないよ?」
むしろ似ているところを探すほうが大変なんじゃ?
きょとんとして蓮を見つめると、困ったようにクスリと笑われた。
むぅ、何でだ。
「そういう自覚のないところ。まぁ、それは俺だけが分かっていればいいことだ」
ちゅっと掠め取るようなキスをして、ソファへ押し倒してきた。
ちょっと…ここリビングなんですけどっ…
いやいや、そういう問題ではない。
危うく流されそうになるところを寸でのところで抵抗してみる。
「蓮っ…僕明日、悠と出かけるか…らっ、だめだってばっ」
「無理。あんな可愛い顔して誘ってきたのはお前だろう?」
「ぁっ…そ、んなの、知らないっ」
「好きだよ、斗真」
「んんぅ」
貪るような口付けをされて、結局蓮のなすがままになってしまった。