147話 霧の聖女の再臨
青白い炎のようにゆらりと立ち上がった霧は、レナリアとセシルを中心に渦を巻いて広がっていく。
どんどん色濃く重くなった霧は、すぐにレナリアたちの姿を隠した。
だがそこに黒く浮かび上がる影がある。
聖女像によく似たその影は、すべてのものを癒すように両手を広げているようにも見えていた。
「なんだこれは……」
「もしや、これが噂の……」
「作り話かと思っていたが本当だったのか」
観客たちが、いきなり現れた霧と聖女の姿に驚きざわめく。
その間にレナリアはセシルに回復魔法をかける。
「女神よ、癒したまえ」
レナリアの手から光が生まれ、セシルの体に吸い込まれる。
癒しの光は、見えない傷を癒すかのように、体中に回復魔力を巡らせた。
レナリアが前世で聖女だったことを知っているアーサーも、こうして回復魔法を使うレナリアを見るのは初めてだ。
手だけではなく、全身をうっすらと光らせているレナリアは聖女そのもので、女神の化身だと言われても納得できるほどの神々しさに満ちている。
誰もが目を奪われるその奇跡に、アーサーは逆に危機感を覚える。
これは危険だ。
もしレナリアのこの力が広く知れ渡ってしまえば、レナリアは真なる聖女として教会から執拗に狙われてしまうだろう。
最初はあのアンジェという生徒を隠れ蓑にしてごまかすことができた。
そして今は霧の聖女を身代わりにしている。
だが優しいレナリアは、今のように目の前で傷ついた人間を見捨てるようなことはできないだろう。
そうなると、いつか秘密が漏れてしまう可能性が高い。
アーサーは、驚いて目を見張っているレオナルドを視線の端でとらえる。
アーサーにとってレオナルドは、豪放磊落で気のおけない、共に切磋琢磨して学びあう親友だと思っている。
それと同時に、レオナルドは一国の王太子だ。
今はただ純粋にレナリアがセシルを回復したことに驚き感謝するだけだろう。
だが後になって、レナリアの希少さに気がつくはずだ。
そしてそれをどうやって王家に取りこむか考えるだろう。
アーサーがレオナルドの立場ならば、絶対にそう考える。
それをどう阻止するか……。
アーサーは、必死に回復魔力をかけるレナリアを見ながら考えを巡らせていた。
「う……」
アーサーが今後の対応を色々と考えているうちに、セシルが目を覚ました。
ゆっくりと、まぶたの奥からタンザナイトの瞳が現れる。
「セシル、大丈夫か!」
「兄上……? 私は一体……」
セシルが起き上がろうとするのを、レオナルドが止める。
「レナリアが落ちるのをかばって頭と背中を打っている。しばらくは動かないほうがいい」
「レナリアは無事ですか?」
横たわったままのセシルに、蒼白な顔のレナリアが頷く。
セシルはそれを見て、安堵したような息を吐いた。
「良かった……」
「良かったではないぞ、馬鹿者。会場内は大騒ぎだ。この始末をどうつけるか、私は今から頭が痛い」
「霧の聖女……。では、レナリアが私を?」
「そうだ」
「ありがとうレナリア」
セシルに感謝されたが、そもそもはレナリアを庇わなければ負わなかったはずの怪我だ。
レナリアは申し訳なさに涙ぐんだ。
「いいえ、私のほうこそ助けていただいてありがとうございます。そのせいでセシルさままで巻き込んでしまってごめんなさい」
「気にしないで。私が助けたかっただけだから」
そう言ってセシルは起き上がった。
軽く頭を振るが、体のどこにも異常はない。
「起き上がって大丈夫なのか?」
心配そうなレオナルドに、セシルは頷いて答える。
「レナリアが治してくれたのならば、もう大丈夫でしょう」
なにせオリエンテーリングの際には倒れたものをすべて回復させたのだ。セシル一人を回復させるなど造作もないことだろう。
「それよりも、一体なにがあったんだ?」
レオナルドの疑問に、レナリアは首を振る。
「私にも何が起こったのかよく分からなくて……」
そこへ、ラヴィがレナリアたちの倒れている地面の手前で何度も跳ねた。
「ラヴィ……?」
トントンと足踏みをするラヴィの足元で、地面に大きな穴が開いた。