異世界無敗の復讐譚〜虐げられた男の結末〜
テンプレ異世界転生を書けと言われたので。
虐げられた人間が超パワーを持ったら普通こうなるのでは?
古臭いビルが立ち並ぶ街のコンビニにいるのは、外国人店員と客が一人。その男は迷いつつも商品棚からカップ酒を取り、レジへと向かった。
「イラシャイマセ」
「そこのタバコ·····左上の……4番? あっ·····」
タバコの値段を見た男は、財布の中身を確認し、ため息をついて首を振った。
「やっぱり止めます。これだけで、すんません」
「はい、148円デス」
コンビニから出た後、男は向かいにある公園へと向かった。この日の就活は終わり、最早やる事など無かった。昼間の公園にはチラホラと親子が集まり、独り身、そして無職の彼には辛い光景が広がり始めていた。
「ママ、テレビって消したらどうなるの?」
「電源切ったら? 消したら消えるだけよ?」
「消えたらどこに行くの?」
「どこにもいかないよ、またスイッチつければいいの」
「ふーん」
男は何の変哲もない公園ベンチに座り、どこか哀しそうな顔で他愛もない子供の戯言を聴く。
「ねぇ、あの人こっち観てる」
「!?」
母親は男を一瞥した後、息子を連れてそそくさと立ち去っていった。男が変質者だと思ったのか。負け組の雰囲気を放つ者への目は、いつだって冷たかった。
「――――チッ」
男はコンビニで買ったカップ酒をじっと見つめ、すぐさま飲み干した。ただ目の前の現実から逃避する為に。ゴミ箱を探すが、どこにも見当たらない。ならばその場に放置しようかとベンチに置こうとするが、高所からレンズに反射した光が目に入り、男は躊躇した。
防犯カメラだ。監視の目があると、小さな事でも躊躇してしまうものだ。男は大人しくゴミを持ち帰ることにした。
「雨降ってきた!」
子供達の叫ぶ声で、男は顔につく雨に気がついた。先程まで晴れていた空は、パラパラと小雨を降らせながら曇り空になっていく。男には、外の世界にすら居場所が無いと感じたのかもしれない。
「ハイハイ帰りますよ……俺もお前さんの仲間入りだなぁ」
ゴミに語りかける男を憐れに思う人間などいない。少なくとも、男の人生にいたのは、指を指してあざ笑う人間だけだった。
男はゴミを纏めた袋を手に持った。耳栓をしているかのように耳が籠り、車の音が聞いたことのないような音色を奏でる。そんな酩酊感を味わいつつ、フラフラと家路につく。
男は頭の中がグルグルと回っているかのように、今までのを思い返す。なぜ、こんな事になったのか? それは、一週間前に遡る。
「君、クビね」
「えっ?」
「ほら、部署の人員削減中じゃない? わかるでしょ? 」
「何故です!? 結果も出してきたでしょう! なんで!?」
「――――あんまり言いたくはないけどさぁ、セクハラはマズかったんじゃないの? 今の時代にさぁ、コンプライアンスとかあるでしょ。言い辛いけどねぇ……もう来なくていいから」
「セクハラ!? 僕が!?」
彼の脳裏に、先週の出来事が浮かび出す。
生まれてこの方30年、女性と付き合ったことも無く、酒もタバコやらずギャンブルだってした事が無い。学生時代は同級生から虐められ、からかわれ、写真を撮られ、汚物を食わされ、必死に稼いだバイト代をカツアゲされる、そんな人生だった。
キモいクサいと言われ、それでも男は必死に学校に通い続けた。学校に通わせてくれている母の為に。
そんな高校時代を過ごしたものだから、大学では必死に愛想を振りまいた。しかしサークルは恋愛沙汰で内部崩壊し、男はまた、一人ぼっちに戻った。
就職し、母も親戚も亡くなった後、趣味も無くただ朝早くから満員電車に押され、着いてすぐに仕事をし残業して家に帰るだけの生活を続けていた。どこかで信じていたのだ。どんなに惨めでも、必死に生きていれば、いつか報われると。この人生が救われると。
そんな男が、ある女性に恋をした。
彼女は三つ下の後輩であり、笑顔が素敵な女性だった。彼の何も無い人生の中、その明るい笑顔は人生を照らす灯台のような存在になっていった。
そして、男としては珍しく、いや、人生で初めて勇気を振り絞り彼女を食事に誘ったのだ。
それだけだ。
それだけのはずだ。
「私はセクハラなんてしてません! 」
「あ〜、済まないが警備呼んでも良いんだよ? 穏便に行こうじゃないか? 分かってるからさ、ほら」
男は頭が真っ白になりながら、自分のデスクに戻っていく。ふと周りを見てみると、オフィスの何人かがコソコソと話しながらこちらを見ている。
男は気が付く。噂話をしている人間は、怒りや疑いの目でこちらを見ていない事に。
「セクハラだってさ、あの人やると思ってたわ。根暗だし」
「最悪〜」
彼には全て聴こえている。いや、周りの連中は聴こえるようにわざと話しているのだ。そしてコソコソと話す中に、告白した女性がいる事に気が付いた。
彼は頭を抱える。
この先どうすれば良いんだと。
彼は願う。
止めてくれ、君がそんな事言わないでくれと。
彼は願う。
君だけは止めてくれ、言わないでくれ、その表情だけは見せないでくれと。
しかし、彼を責め立てる声が止むことは無い。まるでかつての学生時代のように。そして彼の願いは儚く消え去る。
彼女は笑っていた。
男の一番見たかった笑顔。しかしそれは、今一番見たくない物だった。
「だってあの人、キモいんだもん」
男は、頭の中に亀裂が走ったような衝撃を感じた。その後、ガードマンに何発かパンチを受け締め出された。
オフィスで叫んだのだ。
俺が何をしたんだと。
そんな彼を笑ってみていた者、興味すら示さない者、そして顔を引きつらせて血の気が引いていた女。腫れの引かない頬を擦りながらそんな事を思い出し、彼は路上で嘔吐する。
それを見たカップル、そして何人かの通行人が土砂降りで泣きながら歩く男をクスクスを嘲笑う。精神に限界が来たのか、呂律の回らない滑舌で辺りに叫び始めた。
「教えてくれよ! あんた達! 俺が何をしたって言うんだよ! 教えてくれよ! なぁ! 誰か教えてくれよぉおおお!」
男は無気力に公衆電話の近くにへたり込んだ。しかし、男を気に掛ける人間などいやしない。
「なぁ、誰か教えてくれよ……俺の人生って何なんだよ·····何だったんだよぉ……」
再就職は難しく、貯金も無駄に崩せない。面接では相手にもされない日々が続く。
街中では外見が醜いというだけで後ろ指を指され、ベンチで休めば不良達に暴行を受けて残り少ない現金を奪われた事もあった。
男の精神は最早、限界が近づいていた。
男はフラリと立ち上がった。大雨の中を歩くと、突然通りの先から悲鳴が聴こえてくる。いや、悲鳴は先程から上がっていたのだ、雨の音で掻き消されていただけで。
歩いていくと、男は自分と似たような服装の男が女性にもたれかかっている所を目撃した。いや、もたれかかっているのでは無い。何かを突き刺していたのだ。
通り魔だ。
男はすぐに状況を察した。
だが、彼は逃げ無かった。
そして彼は、ここで初めて自分の真意に気がついた。
「ああ……俺、ずっと·····死にたかったんだなぁ」
雨の中真っ赤に染まった通りを、男はゆらりと進んでいく。その途中、先程彼を嘲笑っていた男女が折り重なる様に倒れている事に気が付いた。
「あぁ? 死にてぇのかてめぇ 」
犯人が男に向かって話しかけてくる。
しかし、男は何も答えない。
「なんだぁ? なんかお前……俺と同じ匂いがするなぁ!しかもゲボくせぇ!世の中クソだよなぁ兄弟! 」
男は喜びとも悲しみとも判断がつかないような表情を浮かべ、犯人と対峙した。ただ、殺して欲しかったのだろう。
雨の音に混じり、遠くからパトカーの音が鳴り響く。
「やっぱ死にたいのか? 俺はまだ殺し足りねぇからよ……ここはずらかるけど、なんならお前、俺と来るかぁ? 」
男は何も言わず、ただ立ち尽くしている。犯人は、そんな男の足元にナイフを投げつける。
「――――これやるからさぁ。死にたいなら自分で殺れよなぁ……つまんねぇ奴め。じゃあな」
犯人が去った後、男は水溜まりからナイフを拾い上げ、刃をマジマジと見つめた。当たりを見てみると、数えきれない程の死体が転がっていた。
男は笑っていた。ただ何も考えず、真っ赤な水溜まりの上で笑っていた。
その後、男は警察に囲まれた。背格好や服装、手にしていたナイフが証拠となり、男は裁判を受ける事になった。運が悪く、古い通りにはあれ程までに敷き詰められていた監視カメラが置かれていなかったのだ。そして、手袋を使っていた犯人の指紋は、ナイフから出てくることは無かった。
男は自分の無実を訴えた。だが、報道や裁判は男が犯人だと決めつけた。見かけだけで、そう判断されたのだ。
男は諦めたように、こんなことを口走る。
「俺が一体何をしたって言うんですか……? どうしてこうも寄って集って俺を虐めたがるんですか? 俺の人生は……人生は……」
そうして二年後。男は看守に呼ばれ、見覚えのない通路を通る。男は教戒師の面会と前日に出た夕食を見て、今日が執行日だと知っていた。
冤罪だ。
男はただ、犯行現場に通りかかっただけだ。しかし有罪となり、死刑判決を受けた。裁判が終わった後、男はただ笑っていただけだった。
死刑台に登る前、男は仏壇を拝みながら、収監されて初めて口を開いた。
「テレビやパソコンって、スイッチを消したらどうなると思います? その情報、あの世に行くんですかね?」
昔聞いた、取り留めもない疑問だった。
「あの世? 有るといいな。次があったらもうこんな事はするなよ」
「はっはっは、いやぁ、本当に素晴らしい世の中、素晴らしい人生でした。私はね、こう思うんですよ。スイッチを消したら、そこで終わって欲しい。真っ暗で何も無く、私はね、完全に消えたいんです。これで消えることが出来る。これで、これで」
看守は何も言わず、男に麻袋を被せる。
そして男は階段を登る。
3分後、その部屋に残るのは、スイッチが消えた男の亡骸だけだった。
だが、男は目を覚ました。男の前に立つのは、この世のものとは思えない程の美だ。
神々しい、そうとしか表現出来ない女性がそこにいた。
「お目覚めですね」
男は思った。
これは、あの世にきたのだと。
「アナタの人生は全てが間違ってます。余りにも不憫……あなたには、チャンスが必要です。私が、そのチャンスを与えましょう」
男は思う。
止めてくれと。
「あの人生は、余りにも辛すぎた……これでは魂が休まる事は無い……管轄の世界に、貴方を送りましょう。多少不便かもしれませんが、前よりは良いでしょう」
「貴方には圧倒的な魔力新たな容姿、私の持つ神造兵装を与えます。全身全霊をもって、あなたを支援しましょう」
すると、男の着ていた服は軽装の鎧のような物に変わり、手には、緑に輝く剣が握られていた。その神々しい全てを見つめたところで、男は何も感じない。ただ、こう思った。
俺を死なせてくれと。
「あなたの魔力なら、元の世界にもいつだって戻れます。その身体なら、銃だって魔法だって効きません。英雄にも賢者にも、もちろん何もせずに隠居しても良い。あなたは自由、あなたは何になっても良いのです」
男は思う。
そんなものは要らない。
俺を完全に消してくれと。
「大丈夫、あなたの声は聴こえていますよ。心配しないで、すぐに元気になります。魂は、私ですら完全に消去出来ません。あなたは善き人です……もう、貴方を責める人間などいない。私は生命神ライフィルド。その魂に、祝福を」
男は光に包まれ、異世界の地に降り立った。
そこは、見渡す限りの平原であり、遠くには荘厳な城を持つ大きな街が見えた。しかし、異常はそれだけでは無い。そこを護っているのか、大軍と巨大な赤いゼリー塊が戦っていた。
統一規格の装備を使っている軍隊とバラバラの装備の一団。魔法や剣術を使うが、次々と数を減らし、劣勢なのは明らかだった。
「もうダメだ·····王都は終わりだ·····」
「諦めるなぁッ! デッドブラッドスライムを入れる訳にはいかんのだ!」
男はもちろん、モンスターや魔法を見たことは無い。だが、何も感じない。ただ剣を振り、50メートルはあるかというモンスターを一刀両断する。
「なんて事だ·····! 街ですら簡単に破壊する災害級の魔獣を一撃で·····!?」
「あの人カッコ良い·····凄い·····」
「英雄だ! 英雄が現れたぞ!」
賞賛、男が初めて聞いた自分への賛美。しかし男は、土に流れていくスライムの破片と赤い液体を目にし、あの通り魔の現場を、そして犯人の言葉を思い出した。
《なんだぁ? なんかお前、俺と同じ匂いがするなぁ!》
「――――ハハッ、ハハッ! アーッハッハッハァ! なんだこれは! 簡単だなぁ! 結局生まれが全てかぁ!? 何なんだよッ!! オレは消えたかったんだよぉ! あの世も異世界も要らないんだよぉ! 俺は消えることすら許されねぇのかぁ!? 何もかも邪魔なんだよォ! もう何も要らねぇんだ……ッ! 消してくれないなら……こっちから消してやる……!」
男はもう、壊れていた。一体、いつどこからかは分からないが、とっくの昔に壊れていたのだ。そうして男は、その世界の全て、目に付く全ての存在を殺していった。
街の女子供、住民、村人、戦士、魔法使い、勇者、王、魔王、モンスター、ドラゴン、魔法やスキル、剣、ありとあらゆる物を使って殺していった。
「時間はかかりますが全て元通りに……待ちましょう。あなたの心は、いつかきっと……」
男は、そう言った女神を切り捨てた。異世界を破壊しつくした後、転移ゲートを開き、自分の元の世界へと戻っていった。何事もなかったかのように、元の世界はそのままの姿だ。それは当たり前の事だが、男はその全てが許せなかった。
立ち並ぶビルを重力魔法で持ち上げ、空中から叩き落とす。ヘリや船、飛行機の場所を感知し、遠隔呪詛で全て撃墜、沈没させた。目に映る人間、そして見えない場所にいる全ての人間を魔法でじわじわと焼き、皆殺しにしていった。
殺し尽くした後、今までの人生で男を陥れた全ての人間を一箇所に集め、感情と記憶を瞬時に読みとって行った。
男を陥れた女は、告白されたが好みじゃなく、振ったあと自分が居ずらくなるから追い出した。たったそれだけの事で、男は全てを失ったのだ。
「貴方……一体誰!? 何故こんな事が出来るの! 化け物!」
「平気で人を踏みにじる……お前らも同類だろぉ? おい……笑えよ。あの時みたいに笑えよ……俺に濡れ衣被せた時みたいによぉ! お前がついた嘘で全て失ったんだ……いや、最初から俺には! お前ェェ! 俺が誰だかわかるかァァァァァ!」
「ヒィィイッ! ぬ、濡れ衣……? す、須藤さん……? 須藤蓮二……いやでもっ! あの後冤罪で死刑にって!」
「――――君のお陰で、心から笑えるようになったよ……どうも、ありがとう」
男を虐めていた奴らは、ただ面白かったからだと。
男を貶し続けていた連中は、男を覚えてすらいなかった。
「ヒハッ! ヘハハッ! ハーッハッハッハ! なぁ? 俺の人生ってなんだったんだぁ? おい、人生ってなんだろうなぁ? お前らもそう思うだろぉ? 真面目に生きてたって何があった? えぇ? 散々やられてよォ、消えねぇんだよぉお! 後から何をされたってさァァ! 俺だって、俺を消せねぇんだぁぁぁあ!ヒヒ……ヒッヒッハッハッハッハッ!」
全てを殺し破壊し尽くした後、男は次の世界へと向かっていった。目にしたもの全てを破壊する為に。そして、自分自身を消し去る為に。
実際にやべぇ奴がチートを貰ったらどうなるかを考えてみました。記憶消してやれよと思わなくもない。




