撤退的戦略
【短編2作目】
主人公は自分ではないかもしれない。
弱く、逃げ足が速いから生き残ったような存在。
自分は物語のパーツでしかない。
でも、どんな時でも、どんな犠牲を出しても、自分の命の決断は他人には譲ってはダメなんだ。
僕の中の勇気がそう叫んだ。
僕のパーティーは元々5人だった。
今は2人だ。
リーダーである勇者。
勇者の妹の聖女。
勇者と恋仲の魔女。
勇者の親友の狩人。
そして、空間転移しかできない時空魔術士の僕。
僕らが魔王の部屋に入った瞬間。
魔王は誰にも目もくれず、回復の要である聖女の首を真っ先に跳ねた。
しかも、その首が勇者に向かって飛ぶように跳ねたのだ。
盾役である勇者の行動が一瞬止まってしまった。
その遅れにより詠唱中で無防備だった魔女も聖女の後をすぐに追った。
その後の勇者は、普段の実力を出せず、防戦一方になり、狩人は勇者を庇う形で死んだ。
「やはり、最後は勇者と時空魔術師か。手強いな」
魔王の元にたどり着くまで、誰も欠ける事無く、困難を乗り越え、家族のように行動してきたパーティーが次々と魔王に殺され、勇者の中の心の糸が切れてしまった。
聖騎士とも呼ばれていた勇者の表情に、もうその面影はない。
憎しみに飲まれ、憎悪だけがあった。
「魔王。絶対に殺す」
◆ ◆ ◆
その後、形勢は逆転し、魔王は膝を付いた。
「もはやここまでか」
しかし、魔王のその目は何も諦めてはいなかった。
「今から、その時空魔術師に、私の全魔力を授ける。 それで魔力消費が多すぎる時間逆行の魔術を使うがいい。 過去に戻れば聖女も魔女も狩人も復活するだろう」
勇者は目を見開き、僕を見た。
勇者の顔が怖い。
僕が時間を戻さないと、僕は勇者に殺されるかもしれない。
魔王の提案を飲んだ勇者は、僕に時間逆行の魔術を使うように指示した。
魔王から全魔力を受け取った僕は、心の中で詠唱を始めた。
しかし、思うんだ。
過去に戻ってどうなると言うのだろうと。
魔王は言った。
『やはり、最後は勇者と時空魔術師か。手強いな』
推測の域を出ないが、魔王は何度もこの戦いを繰り返している。そして、その記憶を失っていない。
一方僕らはその記憶がない。
これを繰り返せばいつかは魔王に勝利を与える事になるだろう。
つまり、過去に戻る決断は、僕らの死、そして、僕の故郷を含む人類の死を選ぶ事に等しい。
だったら、時間逆行はしてはいけない。
しかし問題がある。
今、僕が時間逆行の魔術を使わないと、たぶん勇者に魔王もろとも殺される。
だったら
◆ ◆ ◆
その後──
時空魔術師は、時間逆行を使う事無く、魔王から授けられた膨大な魔力を使い、始まりの村まで空間転移した。
激怒した勇者は、魔王を魔王城もろとも一撃で破壊し、時空魔術師を追い続ける事となる。
「時空魔術師。絶対に殺す」
◆ ◆ ◆
時空魔術師は、自分の記憶を維持したまま時間逆行する術を覚え、改めて魔王と再戦する事になるのだが、それは50年以上も後の事である。
あとがき──
タイムスリップする系が好きです。
あえてタイムスリップしないとい決断。
少しでも暇潰しになりましたら、過去作品もお願いします。