王女として
(全く……ガブリエルの言ってたこと、全部アマリリスのことじゃない。姉様達はオレアの予想通り。貰った物にも魔力反応はない。でも……アマリリスにも私に嘘が通じないってわかるはずよね。何かまだ……)
アザレアが先程のアマリリスとの会話に感じた嘘の反応について考えていると、前方から手を振って、男女が駆けてきた。
「アザレア、準備できた?」
「ええ。ヘデラ、杏、母様との話終わったの?」
「もちろん、終わりましたわ。姉上はこの後何か予定はありますの?」
「取りあえずハイドランジアに行こうと思ってる。帝国民の混乱を押さえるためにね。」
「考えてることは王妃様と一緒なんだね」
「へえ、母様も言ってたの?」
「ええ、姉上に始めにハイドランジアに行って混乱を押さえて欲しいと仰っていましたわ」
「そ。じゃあ、行こう。準備は出来てるわ。」
「アザレア、もう直、日が暮れる。明日できることは明日にしたら?」
「いいえ、まだお昼過ぎ。行くわ。別に来なくてもいいわよ」
「心配だから付いていく。とりあえず、シビリアン広場で待ってる――telleport」
そう言うと、ヘデラは杏と共に、消えた。
(…転移使えるじゃない)
そう思いつつも、アザレアはさすがに何も伝えないで居なくなるのはどうかと思い、近くのメイドに今日は遅くなるから夕食は三人とも要らないと断っておいた。
(さてと…私も行くか)
姉達に貰ったアクセサリーを全て身に付け、転移する。
「もう!待ちくたびれましたわ!何をしていらっしゃったのですか?姉上!」
「たかが五分でそんなこと言われても…」
「そのアクセサリー似合ってるね」
とりあえずヘデラのことは全力無視する。
「た、大罪ノ民の長様と副長様がいらっしゃったぞ!」
「な、何!?」
「おい、あれ、アザレア様じゃないか!?」
「本当だ!大きくなられたなあ」
あっという間に人が集まり、全員が膝まづいていた。
「皆さん、顔をあげてください。私はここに公務で来たわけでは無いのです」
アザレアが、王女としての姿を見せる。
「今日は、皆さんにお願いがあって、来ました。マクロフィラ市長はいますか。」
「いかにも。お初にお目にかかります、アザレア王女様。マクロフィラ・ハイドランジアにございます。何用でございましょうか」
「単刀直入に言うわ。強欲ノ民との契約を破棄して頂きたい。」
アザレアの口調が変わり、突き付けられた内容に群衆がどよめく。
「ふむ…早急に決められることではありませんな。此方側にどのようなメリットが?」
「賃金の値上げと土地の豊穣を。」
「強欲ノ民との契約を破棄しない場合は?」
「私と戦うことになるわ」
市長は目を瞑り、思考を巡らせる。その間にも群衆からは、
「市長!強欲ノ民との契約を破棄すべきです!」
「アザレア様につきましょう!」
という声が聴こえてくる。
「ジャッジメントをしましょうか、アザレア王女様。」
「任せるわ」
「では。――――judgment」
市長の詠唱に応じて、全市民の心の中に選択肢が生まれる。ジャッジメントは、いわば多数決をとるためだけのスキルだ。攻撃には向かないが、市長としての役割は十分に果たすことが出来る。
《強欲ノ民との契約について―――A:破棄すべき B:現状を維持すべき
尚、破棄した場合、我が市の賃金の向上と土地の豊穣を、現在を維持した場合、アザレア王女様と戦うことになる。期限は太陽が次の雲に隠れるまで。》
という内容が、全市民の心に響き渡った。
――――――――――――――――――――――――――
太陽を大きな雲が隠し、投票が終わった。
「結果は、Bの現状維持派が十三人、それ以外の市民全員がAの契約を破棄すべきという意見で、契約を破棄することに決定した!」
わあという歓声が、群衆から起こった。
「ありがとう、マクロフィラ市長。契約破棄の手取りは大丈夫なの?」
「ああ、契約は此方から結び、此方から破棄出来るものにしてある。―――cancel a contract」
市長が言い放つと、頭上に市民から出た淡い水色の光が集まった。そして、市長はそれを握りつぶした。
「契約を破棄しました。そして、アザレア王女様との契約を結びます。」
「ええ、いいわよ―――我、アザレア・アルストロメリア・イベリスの名において、この土地に豊穣を。賃金の値上げを誓い、ハイドランジア帝国と王家の間に契約を結ぶ。」
刹那、眩い光にその場にいた全員が目を眩ませた。正式な契約のため、魔方陣が双方の掌に浮かび上がる。そこから現れるのは、守護神だ。アルストロメリア王国では誰もが生まれ持っている、守護神で契約を交わす。マクロフィラの守護神は紫陽花だ。守護神の姿形はその人の強さに依存する。自然、植物、動物、人間、神の順に強くなっていくのだ。一方、アザレアの守護神は毎回変わる。これは王家独特なもので、今回の守護神はレノンティウーナだ。
紫陽花のもとへ、レノンティウーナが近づき、触れる。それが、契約を交わす最後の手続きだ。
「ここに、契約は成立しました。――この地に、デメテルを置いて行きます。もちろん、悪食ノ民ではありません。ちゃんと神のほうです。それから、王宮の方から後日、百サレンを届けます。」
いつの間にかアザレアの口調が公務用に変わっていた。
「百サレンも…更にはデメテル様まで…本当に感謝してもしきれません」
一サレンは、百シリン。一シリンは百スロン。一スロンは百セラン。一セランは百ソルンその他にネランやニリンもあるが、今は無視しておこう。ハイドランジア帝国の市民の一ヶ月の賃金が約
五十ソルンであることから、いかに大金であるかがはかり知れる。
「良いのです。…これからは、大罪ノ民に付いてもらえますか?出来ればお願いしたいのですが…」
「もちろん、ご命令とあらば。私共はいかなるときもアザレア王女様につくと誓います。」
「ありがとう、では、そろそろおいとましますね」
「ええ、またいらっしゃってください」
「ヘデラ、杏、帰るよ―――Moment move」
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「――マクロフィラに契約を破棄されたな。――アザレアか。あいつが動き出したとなると、面倒だな――イキシアに一芝居うってもらうか…?」