祖国が大変でした
――――転移先の降り立った地には、見渡す限りの荒野が広がっていて、その中に一つ、大きく聳え立つ城が在った。そこが、アルストロメリア王国の王城、オドントグロッサム城であると同時に、私の実家なのだ。私たちは今、オドントグロッサム城の正門の前に立っている。
「貴様らは誰だ。名乗りをあげよ。」
門の前に槍を構え、堂々と立つ二人の兵士が単調な揃ったステレオ音声で問いかける。王国に忠誠を捧げる衛兵に王女であると気付かれなかったことにアザレアは苦笑する。
「アルストロメリア王国第四王女、アザレア・アルストロメリア・イベリス。後ろの二人は、どっちも大罪ノ民よ。」
それを聞いて、杏とヘデラの方を見た衛兵は顔面蒼白になり、深々と頭を下げた。
「申し訳ございません、無礼をお許しください!」
そう言うと、衛兵は構えていた槍を下ろし、道を開けた。
「いいのよ、パーシカ、ベロニカ。頭をあげて。また、後でね」
当然、衛兵の名前を知らない筈もなく、またあとで話をしに来ようかなと思いその場をあとにし、城の中に入っていく。帰省は九年ぶりだし、帰るのが今日だとは言ってなかったし、背丈も顔も服装もだいぶ変わっていたので気付きにくかっただろう。とはいえ、城内のメイド達は後ろの二人を見て、アザレアを王女と確認し、声を揃えて出迎えてくれた。
城の最上部―――時の間に、王である父はいるはずだ。転移を使おうかなと思い、近くにいた侍女長を見つける。
「飴李、城内で転移使ってもいい?」
「構いませんよ。―――杏、アザレア様を頼むわよ。」
「分かってますわ、姉様。」
飴李――唐桃飴李は唐桃杏の姉である。
「二人とも、転移するわよ」
そう言うと、アザレアは無詠唱で最上階まで転移した。
突然現れたアザレア達にその場のメイドたちが騒然とする。しかし、目的である父は王座に厳かに鎮座していた。
「お呼びとあられましてただいま帰りました、お父様。」
アザレアは、ひざまづいて帰ってきたことを示す。それに対し、父であるギンキョウ・アルストロメリア・イベリスは王座からゆっくり腰を上げ―――
「寂しかったぞー!アザレア!」
いきなり抱き付いてきた。
「もう、お父様ったら。九年も放っておきっ放しにしたのはどっちよ」
久しぶりの父との再会に、頬を緩ませ、軽口を叩く。
「いや、すまんな、此方にも事情と言うものがあってだな、」
「視てたからだいたいわかるわ。――――強欲ノ民と傲慢ノ民のところにいった方がいいかしら」
「アザレア、準備も色々あるでしょうし、その前くらいゆっくりしていったら?」
そう言うのは、アルストロメリア王国王妃、フラガリア・アルストロメリア・イベリスだ。
「そうさせてもらうわ、お母様。部屋は、前と変わらないの?」
「ええ、他の部屋にイキシア達がいるはずだから、顔ぐらい見せてきなさい。それと…ヘデラ君と、杏ちゃんは、残ってくれるかしら?」
「かしこまりましたわ」
「仰せのままに」
「じゃあ、姉様達のところに行ってくるわね」
そう言うと、アザレアは転移を使った。
「―――ヘデラ、杏、報告を。」
「はっ、現在、強欲ノ民にはハイドランジア帝国民のシビリアン、精霊ノ民、迷いの森の獣人、憤怒ノ民、怠惰ノ民が付き、傲慢ノ民には色欲ノ民、原罪ノ民、悪食ノ民、嫉妬ノ民が付いており、大罪ノ民は双方を止めるべく、戦っています。」
「強欲ノ民代表、アテナ・マモン・ビレイグは昨夜、悪食ノ民代表、デメテル・ベルゼブブ・ビレイグの領地へ、精霊ノ民を仕向け、豊穣の畑を焼き尽くし始めましたわ。一方、傲慢ノ民は何も仕掛けていませんわ。もしかしたら、水面下で何かを目論んでいるかもしれませんわ。」
「以上です、フラガリア王妃。」
「ありがとう…傲慢ノ民に気を付けた方がいいわね。先にアザレアにはハイドランジアに行ってもらい、帝国民の混乱を押さえましょう。」
―――――――――――――――
「姉様、失礼します」
「お帰り、アザレア。座って。」
「ただいま、イキシア姉様。――姉様は、何を?」
「《集団催眠》を使って、傲慢ノ民の目論みを暴いてるわ。――最も、あまり良い情報は無いけどね。アザレアはどの辺りまで掴んでいるの?」
「おおよそ、黒魔術を使って黒龍を呼び出して大地を病魔に侵すぐらいかな。んで、それを直すには傲慢ノ民がもつエメラルドをつける花が必要でそれを交渉材料に、強欲ノ民は愚か、王家までも支配しようとしてる。その準備期間ね。強欲ノ民から生け贄を拐ってる。悪食ノ民はそのための捨て駒。」
「大分わかってるじゃない、私もそこまではわからなかったわ。…そうだ。これをあげるわ」
そう言うと、イキシアはネックレスを取り出した。
「これ何?色は陰鉱石に近いけど…ブラックダイヤモンド?」
「そう、正解。それ、貸すわ。アザレアには必要ないかもだけど、きっと役に立つから。それと…エレクタムに気を付けて。あの子、多分傲慢ノ民の後ろ楯よ。」
「わかった。それじゃあ、また。」
「――――」
それが、アルストロメリア王国第一王女、イキシア・アルストロメリア・イベリスとの最初の最後だった。