突然終わった【アタリマエ】
「ありがとうございましたー」
やっぱりここのパンは1番だなぁと、今日の気分で選んだソーセージエッグチーズパンを食べながら私は思う。一人暮らしを始めてもう九年になる。家を離れるのは寂しかったけど、今の私ではしょうがないことかな、なんて思いながら私は今日もこの公園の前を通る。
今、私が通う高校は夏休みなので朝起きたらゲームをして、お昼になったらパン屋に行っていつものパンを買い、帰ってきたらまたゲームをするーーーそんな毎日を過ごしている。
私はちょっと人と変わったところがある。この国ではそれが当たり前なのだが、私は特に珍しい事例だそうだ。
―――この国では誰もが魔法、超能力、特殊能力などと呼ばれるものを持っている。この国の法律でも《神より授けられし力を持たぬ者、国に入れるべからず》という法律があるくらいだ。実際に神に授けられているかどうかはわからないが。これは、そんな国で一人暮らしをしていた女の子の物語。
公園を通りすぎて狭い路地に入る。ここは誘拐や痴漢が多いのだが、無料で飲み物が出てくる自動販売機がある。とは言っても、非合法なやり方だが。
私は自動販売機の前に立つ。そして、自動販売機に向かって手を翳す。本来なら詠唱は必要としないのだが、今日は気分的に詠唱しよう。
「フォーリア」
詠唱した瞬間、私の翳した右手から淡いエメラルドグリーンの光が放たれる。そして、自動販売機も同じ色の光を放ち始める。私の念動力を自動販売機の中のシステムに干渉させ、欲しい商品を取り出すのだ。ゴトンと、響きのよい音がする。今日は気分的にコーンポタージュ(異常に熱い)を選んだ。
自分の意識を自動販売機から逸らすと、私の右手からも自動販売機からも光が消えた。自動販売機からコーンポタージュを取り出す。
私は熱いもの(基本的には50℃以上のものをさす)が苦手な、所謂猫舌だ。だから、熱いものを飲むときには温度を40度前後位までに下げるのだ。私が温度を下げるために使う力は対象の温度を自由に操れる、温度操作魔法だ。
「カーリア」
すると、今度は透き通るようなライトブルーの光が右手に点り、持っていたコーンポタージュの缶を淡い光が包み込む。コーンポタージュの旨味を最大に引き出せる温度は38.4度。だいたい自動販売機のコーンポタージュは60度くらいだから、21.6度下げればいいわけだ。
こんな脳内演算やそれを実行に移すのも実は1秒もかかっていなかったりする。当たり前だ。それが私の売り所の1つなのだから。実際に演算に使われた時間は0.000000038秒だ。ただし、これは眼鏡をかけているままのときのことだ。眼鏡を外せば視覚に干渉してくるものがなくなり、脳内演算処理速度が300倍に膨れ上がる。それによって身体能力、五感、第六感、さらには能力や魔力も同じく上がる。なので、眼鏡をかけるより外す方がいいのだが、私の眼鏡は視力を補強するものではなく、魔眼を封じるためのものだ。そのため、私生活で外すわけにはいかないのだ。
「さてと…いただきますか、」
プシュッといい音を立てて空いた、缶のコーンポタージュに口をつける。その瞬間、
「よけてくださいですの~!!」
と、私に対してハッキリとそう言いながら、必死の形相で走ってくる人影…いや、耳が生えてるな。あれは獣人か?まあ、影があった。とりあえず私は左によけた。
「きゃあっ!」
――そう言いながら獣人は私に突っ込んできた。避けたはずだが。私は立ったままだが、獣人は転んでいる。いや、それよりも、重大なことがある。
「私の…コーンポタージュが…」
――ぶつかられた反動でコーンポタージュがおもいっきり服に零れ、そして、
「あれ?…眼鏡が…落ちてる?」
――先程までかけていたはずの眼鏡が三メートルほど先に吹っ飛んでいた。
これはマズイ。マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ。マズイ。
眼鏡が外れる――それは、私が持つ魔眼の封印が解かれたことを意味する。魔眼の抑制はできるのだが、魔眼が強すぎて余波が出るのだ。ましてや相手は獣人。人間以上の五感を持つなら異常なまでの圧力を肌でひしと感じ取れるはずだ。そのため、私は真っ先にサイコキネシスを使って眼鏡を取り、眼鏡をかける。
「…ぅ」
倒れていた獣人から何かが聞こえてきた。
「どうしたの?大丈夫?」
「…どうしたのって…あなたにぶつかったんですの…」
ああ、それもそうか、と思いつつさっきから何かが引っ掛かる。路地が暗いせいか、獣人の顔はよく見えない。しかし、頭だと思われる輪郭の頂点には2つ、耳が生えている。
「大丈夫だった?」
とりあえず、相手の顔を確認しよう。なんかどっかで聞いたような声だったようなそうでもないような…
「エーリア」
そう呟くと私を中心に魔法が展開され、辺りが明るくなる。ようやく見えた、その顔は――
「ああ…あんた…杏じゃん。」
「はわわっ!これはこれは姉上!…先程の無礼をお許しくださいですの!姉上とは知らず、私としたことが!どうか、お許しを!」
―――それが、私、アザレア・アルストロメリア・イベリスと私の従妹、唐桃杏《亜人族・大罪ノ民・狐人》との実に九年ぶりの再開だった。
「ということで姉上、聞いてほしいことがあるんですの。」
「……?」
「私、いま追いかけられているんですの。」
「…っ!何があったの?」
「私が本気を出しても叶いませんでしたの。なにか、妨害をされたような…。あれは、気体操作でしたの?……とにかく、私のスキルの1つである精神操作が通じなかったんですの。私はスキルレベル84。その私を上回る方などそうそういるはずありませんの。……姉上は論外ですが。魔法も効きませんし……もともと私の魔力は常人以下ですけれど。」
「気体操作、か。……!」
「あの膜…心当たりはありますのよ」
「…わかってる。探す。ついてきて。」
「はい、ですの!」
眼鏡を外すと、《ワタシ》が目を醒ます。
『追跡の魔眼・インパチェンス』
これは私の持つ魔眼の1つ。杏の身体に相手の余波が残っているのでそれを記憶し、追跡するのだ。
「……見つけた。いくよ。」
「あっ、姉上!」
今回は渋々空間転移を使う。着地点はもちろん、相手の五メートル先だ。
相手の五メートル先にうまく着地して、《ワタシ》は相手の顔をよく見る。……後ろで杏のむぎゃ!という、着地に失敗した声がしたが無視する。
《ワタシ》はその顔に見覚えがあった。
「やっぱり……わざわざここまで何しに来たの、ヘデラ。」
「や、やっほー…」
ほんとにもうなんなんだコイツは。いや、ヘデラなんだけど。とにかく、いまはコイツを、
「とりあえず、殺…」
「おいおい!ちょっと待て!お前が自棄になったら話にならないだろうが!」
「うっさいわね、婚約者。」
とりあえず《ワタシ》は、魔法陣を展開させる。
「来たれ!アングレークム!全てを焼き尽くす炎の王!」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」
「ルーン。それは、氷を生み出すもの。それは、氷を鋭利にするもの。それは、氷を操るもの。」
「マジでやめろって…俺死ぬよ!?どんだけやんですかねえ!?あんた!」
「コイツを跡形もなく消すには…。」
「あの…なんでそんな怒ってるの?」
そして、全てを吹き飛ばす魔眼を発動させる。
『終極の魔眼・オンシジューム』
「ちょ、オンシジュームまで出されたら、さすがに俺でも……って!話を聞け!話を!」
「……五分だけなら。」
さすがに話を聞いてやらないのは可哀想かと思い、かといって、ここで攻撃をやめるつもりは満更ないので取り敢えず眼鏡をかけて、魔眼以外は展開させつつある。
「ようやく聞いてくれる気になったか……」
「いいから早く用件を言ってさっさと消えてくれてもいいんだけど。てか消えて。それに怒ってないし?ちょっととっさに拒絶反応が出ただけだし?」
――目の前で冷や汗をかきつつ、苦笑いを浮かべているのは、《ワタシ》の婚約者兼ストーカー、ヘデラ・アイビー《大罪ノ民・狼族》だ。
「……杏を追いかけ回したのは悪かった。でも、アザレアに伝えなきゃなんないことがある。………アザレア、今すぐ国に戻ってこい。傲慢ノ民と強欲ノ民が仲が悪いのは知っているだろう?二つの民が戦争を始め、他の十二の民達も戦争を始めた。お前の力で止めてくれ!いや、止めてください!アザレア第四王女!」
「私も本来ならそれをお伝えに上がりましたの。」
「………は?」
――こうして、私の平穏な日々は幕を閉じたのだった。