未だに自動操縦技術を確立できていない米国と、最初から自動操縦が基本だったソ連……そして米国のロケットは赤く染まった。 その2
液体燃料ロケットという技術は、固体燃料ロケットとは全く異なる。
現在の米国におけるICBMこと大陸間弾道ミサイルにおいては、全て固体燃料ロケットだ。
だが、固体燃料ロケットというものは超大型のものを打ち上げるのには向かない。
つまり、真に宇宙開発技術関係で、「追いつく」または「引き離す」もしくは「先行する」といった場合、この液体燃料ロケットエンジンというモノが重要となってくる。
特に有人宇宙飛行においては尚更のこと。
現在の宇宙技術において驚愕する事実がある。
2017年現在、この世においてある程度の重量を持つものを衛星軌道上に打ち上げるための液体燃料ロケットについては、V2から続く欧州系のエンジン、コロリョフなどによって開発されていったソ連の歴史あるエンジン群、そして日本国のエンジンででしか基本的には飛ばされていない。純米国製のエンジンによる打ち上げは全体の1%程度にも満たない状況である。
「一体アメリカはどうした?」と思うだろうが、驚くべきことに、米国の軍事衛星など、米国が打ち上げる大型のロケットにおいてはRD-180など、エネルギアに搭載されたRD-170系列のエンジンと、失敗作といわれたN1を打ち上げるために作られたNK-33シリーズによって打ち上げられている。
ここで今回はソ連からやや外れて西側の視点で語ってみたいと思う。
1953年。終戦後から8年が経過し、サンフランシスコ条約が締結した後、
日本国では再び様々な分野の開発が許可され、ロケット開発が行われた。
この最中、最初に日本国が触れた本格的な液体燃料ロケットとはデルタロケットと呼ばれる米国製の液体燃料ロケットで、このデルタロケットはフォン・ブラウンの息が全くかかっていないアメリカ独自で開発された液体燃料ロケットだったりする。
現ボーイングで開発されて誕生したこのエンジンは、フォン・ブラウンがこの世を去った後、すぐさま次世代米国宇宙開発においてスポットライトがあてられた。
1970年代。
アポロ計画の成功により、世界に向けて「我が国こそ世界一!」ということを恥ずかしげもなく叫んだ米国。
そんな米国は実はフォン・ブラウンを本当の意味で気に入っていなかった。
元がナチスドイツ出身であるフォン・ブラウンは今現在でもアメリカ国内では賛否両論の男。
筆者からすれば「彼はロケットに忠を尽くした」男であって「国に忠を尽くした男」ではないのだが、愛国者を愛する米国にとっては、ソ連を追い抜いたという目的さえ果たせばこの「天才」はむしろ今後の宇宙開発において予算獲得などにおいて不利益を生む邪魔者になると考え、次世代宇宙開発の雛形たるスペースシャトルにおいては、彼の技術を一切省いたもので作ろうとしていた。
これはソ連からすると「何をやっているんだか」と呆れるほどで、当時ソ連はフォン・ブラウンを蔑ろにすれば宇宙開発が鈍化するだけだと言ったりしたことがあったのだが、米国は「彼抜きにしても我々の技術でどうにかなる」などと言い、彼の功績を称えつつも彼の息のかかった技術を徹底的に排除していったのだった。(ソ連はフォン・ブラウンが欲しくてたまらず、フォン・ブラウンの代替となりうるとツポレフらに説得されてコロリョフを登用した経緯がある)
米国はソ連のこの言葉に対し、ソ連は技術的に劣っているにも関わらずこのような戯言を言っていると本気で思っていたようだが、今日の状況を見れば明らかに「ソ連の言い分の方が正しい」と言い切れる。
宇宙開発とは「コストとの戦い」と主張したソ連の意見は現在では世界各国で大変よく理解されているが、米国がそれに気づいたのはスペースシャトルの運用が終わる頃になってようやくである。
ボーイングのエンジンにスポットライトが当たったのは、そんな混沌とした状況の中でのこと。
サターンVで米国メーカーが培った様々な技術や運用法をすべて捨てて、コイツでスペースシャトルを作ろうと考えたのだった。
実際、このエンジン自体は悪いものではない。
だが、スペースシャトルの状況を見ると、1発でもエンジンが停止したら姿勢制御等が出来ず全てのエンジンを停止しなければならなかったり、そもそもコストが高すぎたり、
コスト、安全面の双方において欠陥を抱えていた一方で「あれだけ飛ばしてもスペースシャトルのメインエンジンが1度も故障したことがない」という高い信頼性でカバーしていた。
ソ連がこのエンジンに対抗する形で出したRD-170は、どちらかというとそれまでのソ連式のロケット技術に、サターンVにおいてフォン・ブラウンが施した徹底的なフェイルセーフ技術を投入したもので、多少エンジンに不具合が出たとしても大丈夫という信頼性の高さが買われていた。
状況が変わってきたのは1990年代後半のこと。
米国経済が揺らぎ、それまで軍事衛星や気象衛星などを打ち上げてきたデルタロケットのコストが高すぎることについて「見直し」がなされることになった。
しかしフォン・ブラウンを排除して以降、各メーカーはロケットエンジンの開発が滞っており、サターンVを製造開発したメーカーはそのような新たなロケットエンジンが作れなくなっていたのだった。
そんな中でプラット&ホイットニーは雪解けをしてさらにロシアとなった国で、とあるエンジンを調達してくる。
それはエネルギアに使われたエンジンであるRD-170、RD-120、そして新たにソ連がRD-170を基に改良して作ったRD-180だった。
この時の米露関係は共同歩調路線であり、ロシアは宇宙開発はしたいが財政難であるということからこういったエンジンの売却やライセンス生産などについて積極的な姿勢だった。
米国ではライセンス生産すら出来ないような高度な技術で作られているエンジンを持ち帰ったプラット&ホイットニーは、この中で特にコストと性能に優れたRD-180を自社のロケットである「アトラスシリーズ」に搭載することで、当時のデルタロケットの3分の1程度のコストで打ち上げられるものを作ってしまう。
RD-180はRD-170の推力を半分にした小型縮小版のようなものだが、よりコストと安全性を両立した改良型で、熱力学的な燃焼比率はもう物理学を好む者ならヨダレが出るような領域に達している存在である。
以降、米国は40回に1回程度の比率でしかデルタロケットを使わなくなり、2009年以降においてのデルタロケットシリーズによる飛行は、新型と称するデルタ4ヘビーと呼ばれる存在がわずか5回飛んだだけである。(その間、スペースX社のファルコン9とプラット&ホイットニーのアトラスなどは数十回単位で打ち上げられている)
だが、ボーイングはデルタロケットによる飛行を諦めていなかった。
そんな時にボーイングが助けを求めたのが日本国である。
日本国が最初に触れた液体燃料ロケットはデルタロケットだと前述したが、そもそもの日本における純粋な液体燃料ロケットのはじまりは私が別の小説「日本人らしさでもって戦後の統治政策を変えた者達」にて記載したGEによる基礎技術によって始まったものである。
日本国はV2の技術が流れてこなかった一方、信じられないことに米国製の基礎技術が流れてきているのだった。(当時の東京芝浦電気の特許の中に液体燃料ロケットの基礎技術特許がある)
一部で有名なロケット航空機である秋水には陸軍が開発したドイツのヴァルター機関が搭載されていたが、後のIHIになる存在は戦時中にヨダレを垂らしながら日夜コツコツとそんなものを作っていたのだ。
しかし当時のIHIは別の小説で記述した通り、「軍事関係を避けて裏でコソコソと勝手に作っていた」という状況であり、彼らが日本の宇宙開発事業において表に出てくるのは何と1970年と、最初にその基礎技術を受け取ってから30年も経過していた。
この時彼らはすでにジェットエンジンなどのライセンス生産を行っていた会社であり、液体燃料ロケットエンジンにおいて必須であるターボポンプなどの一連の部位について日本国で開発する場合はこの会社に協力を仰ぐのが一番であったのだった。
デルタロケットが日本国に入ってきたのは、この時のことである。
(当時の米国側の参画メーカーから考えると、IHIが参加するから、もしくはIHIを参加させるからデルタロケットの技術を供与したというのが実情であると思われる)
以降、日本国ではこれを土台にして独自研究、独自開発が進み、西側では米国を除いて唯一「ドイツとソ連の息がかかっていない」液体燃料ロケットエンジンを生み出し続けていた。
そしてそれらのロケットについても日本国の宇宙開発関係にかける予算が少ないことから、とにかくコストを下げ、安全性を高めたものを作ろうと努めており、その実態を知っていたボーイングは「デルタロケットに用いるロケットエンジンの供給」を求める。
出来ればライセンス生産したいと考えていたボーイングであったが……甘かった。
半世紀近くに及ぶ長年の研究により、既に日本が開発するLEシリーズと呼ばれるエンジンはデルタロケットのものとは完全に別個の日本独自ともいえる存在に昇華され、ボーイングにはとても扱いきれるものではなかったのだった。
ロシアが「日本の宇宙開発技術は現在のアメリカをも凌ぐ」と、とある探査機が帰還した際に発した言葉が事実だったのである。
ロケットエンジンをロケットに搭載する場合、そのエンジンにおいてもある程度理解がなくてはならない。
なぜなら、供与予定はエンジンだけで、燃料タンクやその他などは全て自前で作る予定であったからだ。
しかしタンクやら何やら全て供与するとコストは増加し、コストを下げるための導入という意味が薄れてしまう。
一応デルタロケットにおいては2009年に飛ばしたデルタ4の改良型にて信じられないことに3段目に日本のメーカーが燃料タンクなどを製造して米国に供与するというこれまでの常識から考えたらありえない逆転現象が起きているのだが、当然にしてこれは「デルタロケットの新型」たる存在に日本のロケットエンジン技術などを用いて高すぎると言われるデルタロケットのコストを下げつつも、ソ連でもドイツでもない米国の息しかかかってない技術でもってロケットを飛ばしたいというボーイングの思惑があったからである。
結局、この試みは上手くいかず、デルタ4自体は2009年を最後に8年以上も飛行実績が無く、デルタロケット自体はデルタ4ヘビーという形で隙間産業的な分野で生き残っているのだった。
問題はここからだった。
実はボーイングがデルタ4にて日本国の協力を得てまでコストを下げて開発を行おうとしている背景にはとある事情があった。
それは自社が長年関わってきた「計画が終了するスペースシャトルの運用終了後にISSの補給を行う存在」というものをどうするかについて、NASAが独力での解決は不可能と判断したことに起因する。
補給は無人補給機で行う予定だったが、未だに手動操縦でなければまともに飛ばせない米国にとっては、自国のメーカーで自国の技術を用いて無人機による補給を行うということは不可能であったのだった。
NASAはそのため、世界各国の技術を取り込んででもどうにかできるよう、民間に業務委託する形で無人補給機を調達しようと試みる。
ここにきて、当初より自動操縦が基本だったソ連ことロシアとは完全に大きな差が生まれてしまうのだった。
現在においてまでISSへの補給を行った存在はロシアのプログレス、米国民間企業のスペースX社によるドラゴンとオービタル・サイエンシズのシグナス、そして日本国のこうのとり、そして最後は運用が終了している欧州のATVが存在する。
問題はここからである。
1.プログレスはソ連が生み出したものであり、ロシアが打ち上げている。
2.ATVは欧州がロシアに注文して作ってもらって欧州のロケットで打ち上げていただけ。(欧州は欧州で打ち上げられない衛星はロシアに打ち上げてもらい、欧州で打ち上げられるが作れないものはロシアに作ってもらうということが常態化している)
3.ドラゴン補給船はロケット含めてソ連時代の技術を基礎として開発されて打ち上げられている。
4.シグナスに関しては「コストを下げる」ということを目的に、アンタレスと呼ばれるロケットなんかはソ連のN-1ロケットで使う予定で倉庫で埃をかぶっていたNK-33をちょっと改造してそのまま使い、さらにウクライナやロシアなどの技術を「安いしドッキングモジュールとかも同じだし」ということでかなりの部分において部品供与してもらいつつOEM生産して作った存在だった。
信じられないことに、こうのとり以外「東側」が作った存在ばかりだったのだ。
この「自動で飛行、自動で姿勢制御、自動でドッキング」これが可能な西側の国は日本しか存在しないのだった。
ボーイングがやりたかったことは、これが可能だった日本国から技術供与を受け、デルタロケットのコストを下げつつも「西側独力」によるISSへの補給を行いたかったのだった。
が、残念ながら技術が高度すぎることと、自動での姿勢制御関連の技術については日本が供与を渋ったために実現しなかった。(そりゃ西側で唯一無二なんだから商業的に考えたってそう簡単に渡せるはずもない)
ではここで疑問になるのだが、基礎技術とはいえスペースX社はどこまでロシアの技術が入っているのか?ということになるのだが、スペースX社のファルコンシリーズのロケットのエンジンは、NK-33を米国の技術を用いて再現したエンジンである。
1軸のシャフトに2つのターボポンプに――と以前書き記したアレである。
よって基本構造は全く同じであり、ロシアでしか作れないような構造を米国風に再設計しただけである。
これはスペースX社をして否定していない事実であり、コロリョフがそれを聞いたら「やはり私は正しかったな」とニッコリしそうであるが、NK-33系のエンジンの信頼性の高さを見ると、N1ロケットが失敗したのは「だが、コイツのせいじゃない。メカニックがヘボだったからだ!」などとフルシチョフに主張していたコロリョフは割と正しかったのかもしれない。
さらに言うとドラゴンの全自動による姿勢制御やその他の関連はロシアが技術公開したものを基に米国の技術でそれを再現したものであった。
B-29などをリバースエンジニアリングによってデッドコピーしていた頃とは真逆である。
スターリンがそれを聞いたら大笑いしそうである。
つまり、今現在において米国の宇宙開発技術は赤く染まってしまったのだ。
ロシアがとある探査機が帰還した際に日本を褒め称え「現在の米国以上」というのも頷けるほどに。
ボーイングが必死になる背景には「何としてでも米国純粋技術を保持しなければ」という強い意思があるからなのだが、筆者から言わせると「フォン・ブラウンを切り捨てたのが悪いんだろ」としか言いようが無い。
余談だが、今の米国のロケット対決をロシア側からみるととても面白いそうである。
そもそもエネルギアやアトラスに搭載されるRDシリーズはN1に搭載されたNK-33とソ連の月面有人飛行のために国内で争った存在であるが、その双方が米国でより安価でより安全な宇宙関係の技術で入札競争で激しく争っている状況は当時のソ連のような状況に見えるからだ。
どちらも優秀なエンジンで優劣は付けられないというのがソ連の技術オタクの評価だが、まさにそれを米国が証明しているのだった。
そんな米国、流石にマズイとおもったのか、今年になって新たな展開を迎えつつある。
それが成功すれば、サターンV以来のフォン・ブラウン系エンジンの復活が果たされるのだった。