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第七回


 ◇


 山頂付近は裸山のアカノミネでも下ると木々の緑が目立ってくる。霧雨に濡れた葉の上には、水滴の丸い粒が新葉の緑と夕日の橙色を一つに集め輝いていた。その夕日もあっと言う間に西の山脈の裏に沈んでしまう。

 サワネは早く村へ戻ろうと、夜道を歩き続けた。円い月が梢の間に煌々と輝いて、急ぎ足のサワネを追いかけてくる。木立や歩みを進める自分の姿が、青白い光で影になり、足元に伸びていた。

 ホウホウ、と低いミミズクの鳴き声。サワネは湿った落ち葉を動かすこともなく、静かに歩みを進めていく。やがて獣道は沢の側に沿って下りはじめた。

 しばらくすると急に夜風の流れが変わって、水の香りがサワネのもとに届いた。そして、水が滝となって一気に流れ落ちる音も。

 おや、とサワネは首をかしげた。

 いつも通る小道の近くに滝は無い。それが今夜はすぐ近くに滝を感じる。激しく跳ねる水の音に混ざって風に揺られた木々のざわめきが押し寄せてきた。

 迷ったと感じた時は確信の持てる場所まで戻らねばならない。それが山の鉄則だ。

 サワネは足を止めた。ずっと追いかけてきた空の月も動きを止める。

 目を閉じ、両手を耳にあて集中する。

 風に揺れる木々の葉擦れ。ミミズクの声。虫のかすかな鳴き声。左手には沢の流れる水音。蛙が鳴いている。先の方からは宙に舞った水が崩れ、飲み込まれていく滝の音。滝つぼのあたりからは、ぶぅん、ぶぅん、という低い音が聞こえてきた。

 ゆっくりと目を開くと、何かが谷の方でぼんやりと光って見える。赤、青、そして金、銀。さまざまな色が混ざり合い、絡み合いながら光っていた。

 ゆらゆらとゆっくり明滅しながら漂う光。ホタルの季節には早すぎる。だいいちホタルにはあんなにたくさんの色はなかった。

 サワネは、魅入られたようにゆっくりと光のもとに向かって歩きはじめた。絡まる木の根を避けながら慎重に獣道を下っていく。滝つぼに近付くにつれて、ぶぅん、ぶぅん、とあたりの空気を揺るがす低い音が、腹の底にまで響いてきた。

 獣道が唐突に切れた。かわりに大音響が目の前から響いてくる。黒い枝の森が終わり、視界がひらけた。そこには見たこともない巨大な滝がそそり立っている。崖の上からは水の塊が轟々と地響きを立てて落ち、月明かりにしぶきが霧になって立ちあがった。滝つぼの中には大きな楓の木が一本、すっと立ち、赤く色づいた枝葉を広げている。滝に打たれても枝がへし折られることもなく、水はすり抜けていくようだった。満月に照らされた枝は風が吹くと左右に揺れ、そこからさまざまな光の珠がひとつ、ふたつとこぼれた。そのたびに、低いぶぅん、ぶぅん、という音があたりに響く。こぼれおちた光は滝つぼのしぶきと共に吹き上げられるようにして宙を舞い、そのまま月夜へと消えていった。

 サワネは魂を抜かれたように茫然と、その光景を眺めていた。

「どうだい? きれいだろ?」

 背後から声がする。はっとしてサワネは振り向いた。

 黒々とした岩の上、白い絹衣きぬごろもを身にまとった少年が月の光を浴びながら立っていた。鼻筋の通った青白い顔。切れ長の目。黒い瞳がサワネを見下ろしている。長くまっすぐな髪。衣に織られた群青の六甲紋が月明かりにきらきらと輝いた。腰には若草色をした組紐の刀柄。左手には青々としたヤツデの葉を握って肩に担いでいる。

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