第二十回
「分からない。どういうこと?」
「ふむ。悪いがちょっと水を汲んできてくれんか」
立ち上がり、土間に降りる。瓶の蓋をどけて、椀に水を汲むと囲炉裏端に戻った。
「一口飲んでみ」
冷えた水がすっと喉を通り胃に染み渡った。
「澄んでおるじゃろ?」
「飲み水だもの」
「そうじゃ。うまいだろ。だがの、こうするとどうかの?」
おばばは囲炉裏の灰を一掴み、椀に入れた。
「これを飲むの?」
「同じ水であることに変わりはないだろう?」
「そりゃそうだけど……」
「カミとのつながりも同じようなものじゃで。少しでも濁りがあると、清い水も口がつけらんものになってしまう。それはお前さんの心、ひとつ。……のぉ、サワネ。お前さんはオオサクラ様が好きか?」
サワネは首を大きく縦に振った。
「好き。おら、オオサクラさまは大好きだ」
「なら、オオサクラさまとの繋がりをそのまま受け入れるんじゃ。ただ、ありのままを見留め、余計なことは考えるな。濁りに、惑わされるだけだからの」
しばらく思案してからつぶやいた。
「……分かった」
「心を清く、そして強くもて」
「うん」
「……さ、そしたらこれ以上は語らせんでくれ。あまりにも畏れ多いことだでな」
「もっと教えてくれないの?」
「まだカミガミを語るに、おばばは若すぎる。もっと年寄りになったら、教えてやれるかも知れん」
「それじゃいつになるか分からないよ」
声を立てないおばばの笑いが指先から伝わってくる。じっと握り締めてくれているその手をサワネは見つめた。
「ありがとう、おばば」
顔を上げると、穏やかなほほ笑みがあった。
「……それにしても今朝は冷えるの。サワネ、悪いが火を大きくしてくれ。歳をとると鼻水が出て困る」
おばばはそういうと、わざわざぶるっと全身を震わせてみせた。
囲炉裏の灰から火種を拾い出して、サワネは火口を近づけた。ひと吹き、ふた吹きで煙が上がり、小さな炎が揺らぎ始める。
おばばが鼻をすする音がかすかに聞こえた。
「奥から木綿の上っ張り。……取ってこようか?」
「いや、いらんよ、いらん。ちょいと暖まったらすぐに用意を始めるさ」
その時、物音がした。おばばは上の方を見上げる。
「おや、どうやらあの青二才め、目を覚ましおったな。朝餉に合わせて起き出すなど、相当の食わせもんかもしれんぞ」
そう言っておばばは笑う。
「サワネ、様子を見に行くぞ」
「うん!」
サワネは撥ねるように丸木階段を駆け上がった。