第十九回
「サワネ、天狗はお前に何をした?」
「おらに、真の名を教えてやると言ったんだ。でも、おら、いらねって言ったら、刀を抜いて変な言葉を繰り返すように脅したんだ」
「その時、頭帯が落ちたのか」
「うん。そしたら緑の光る珠がおらの頭にぱぁって飛んできて、当たったんだ。それで……」
「もうええ。それ以上は言うな。もう十分じゃ。ようく分かった」
「おばば、実は……」
「それ以上語るな。カミとの繋がりは大切なもの。軽々しく口にしてはならん」
「おばばにもか?」
「そうだでに。語ってよいのは、カミが他のものにも語れと、自らお示しになったときだけ」
「そしたら、おら、これからどうすれば良い? さっきも変な気持ちになって、おばばがいなけりゃどうなったかもわかんない……」
サワネの目が潤んだ。
「おら、こわい。神様とか、天狗とか、大きな森の木とか……。知らないものばかりだ。なぁ、おら、どうすればいい?」
おばばはゆっくりとサワネに手を差し伸べた。
「サワネ、おばばもお前さんを助けたい。だがの、人にはそれぞれ役目がある。役目は与えられたものにしかなすことができん。何をなすか、なさぬかは、お前さんが決めなければならんことじゃ。だから、いくら頑張っても、おばばに手助けできることは限りがある。特にカミがからんどるとな……」
じっとサワネの目を見つめている。
「サワネ、今も何かを感じるということは、お前さんにはハザマの地を抜けても、強い力が流れ込んできている。お前さんとカミとの繋がりはそれほどのものじゃ。与えられたお役目は大きいぞ」
「そんな、おら、ただオオサクラさまがお困りのようだったから、それでつい……」
「お前さんにその心があったからこそ、オオサクラ様もお役目をお与え下さったんじゃで。つい、とは言うが、お前さんの心はそれを受ける用意が整っとった、ということだで」
かさかさで皺だらけの手が、サワネの小さな手をとん、とん、と優しく叩いた。
「サワネ。お前さんしかこのお役目は為せん。そしてお前さんなら立派に果たせるはず。安心せい、オオサクラ様の助けと導きがきっとある」
「でも、こわいんだ。オオサクラさまのお印も、ハザマではもっと気持ち良かったのに、ここでは虫がいるみたいで」
「それはの、サワネ。ここがハザマの地と違うからだの」
「おばばの家ではだめということか」
顔をくちゃくちゃにしておばばは笑う。
「そうじゃない、カミガミの地やハザマの地と、この地は違う、そういうことじゃ」