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第十三回


 ◇


「おい、起きろ」

 驚いたサワネが目を開くと、少年が離れた岩から見下ろしていた。背後の闇に浮かぶ灰色の雲の合間には、だいぶ傾いた円い月がある。

 退屈そうにぼんやりとサワネを眺めている様子は、刀を抜いてサワネを脅した同じ少年、いや、天狗には見えなかった。

 この天狗をサワネの配下にする、というオオサクラの言葉が思い出されたが、半信半疑な気持ちが浮かんでくる。でもその言葉に疑いをもつのは良くない、とサワネは思った。

『気合いで負けてはだめですよ』

 サワネは腹に力を込め、天狗少年を睨みつける。

「やい天狗。……おらを帰せ」

「ああ、帰してやる。オオサクラからのお申し付けだからな。……それにしても、こんなガキの子守を命じられるとは」

 天狗はわざとらしくため息をついた。

「子守ってなにさ。おまえ、おらの手下だろ? その言い方はねぇだろ」

「ふん。俺が仕えるのはオオカエデ、そしてその妹君であるオオサクラだけ。あんたの配下なぞ、だれがなるか」

「お仕えしてるなら、オオサクラ『さま』、オオカエデ『さま』って、ちゃんと『さま』ぐらいつけろ!」

「いちいちうるさいな、人の子のくせに。……まあいい、とにかく下へ送ってやるよ」

 天狗が近づくと、サワネは即座に手を引っ込めた。

「こら、おらの手に触るな」

 その言葉に天狗はぽかんと口を開けたまましばらくサワネを見つめていた。

「おい、それじゃ運べないだろう? あんた、本当にうつけだな」

「うるさい、うるさい! うつけ、うつけって言うな。……だったら、手を握らないでおらを運ぶ方法、おまえが考えろ」

 天狗の顔には全く変化がない。だが、少なくともサワネには表情がみるみる不機嫌になったように見えた。もし眉間にしわを寄せるなどすれば顔形がくずれ、不機嫌さは一目瞭然になる。ところが、天狗はその端正な顔を一切歪ませることなく、相変わらず整った顔のまま、それでも己の『不機嫌』をあたりに撒き散らしていた。

 しばらくにらみ合いが続く。きまりが悪くなったサワネが口を開こうとした瞬間、天狗がニヤリと笑ったように見えた。

「ようし、良い方法を思いついた」

 言うが早いかサワネの後ろにまわると腹のあたりを抱えて飛び立った。まるで木登りで足を滑らせ、枝に服が引っ掛かってぶら下がっているような気分。抱えられた脇腹のあたりがくすぐったい。

「触るなといったろ!」

「手に触るな、だったな」

「屁理屈ぬかすな! 放せ、こら、放せっ!」

 サワネは足をばたつかせる。

「あんた、救いようがないほどのうつけだな。放すとあんたは落ちる。この高さから落ちると間違いなく死んでしまう。オオサクラのご命令がある以上、あんたに死なれたら困るんだ。放すわけにはいかない」

「放せ!」

「いやだね。それより本当に暴れるのはやめてくれ、ようく足元を見ろ」

 月に照らされた森の木々が、まるで苔のように小さく見える。ひゅうと風が頬を撫でた。サワネは足を動かすのを止め、からだの力を抜く。天狗がサワネを抱えなおした。まるで子猫が母猫に首元を咥えられながら、だらりとぶら下がっているような気分になる。それでも、風と一緒になって流されて行くようなつもりでいると、ゆらゆらと揺れながら宙を漂っているのもそう悪くない気がしてきた。

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