第七章)混沌の時代 ヴァンキュール族
魔法についての解説は、別作品扱いの「世界観設定、再臨!」を参照してください。
▪️古の民⑤
「古代文明も、今の私たちと同じように争いあい戦争をしていました。その時にいくつもの超兵器が生み出されたといいます。」
「ひょっとしてそのひとつが、その…」
「はい、“吸血”族です。」
場違いなのは分かっているが、メイシャの話は実に興味深い。
今や、失われた古代文明の遺産など、遺跡などに僅かに残る罠や、一部の獣人族が話す言葉に、古代語の痕跡が認められる程度なのだ。
まさか、生きた遺産が目の前にこうしてあるとは。
「私も、古代文明当時のことなど分かりませんが、簡単に言えば、“魔力量を極端に増強した改造種”だということです。」
なるほど、メイシャや母さんを始め、僧侶や治癒術師といった人達は、人体構造に詳しく、その影響で体内の魔力循環が進み、力が強くなる傾向がある。
その上で魔力増強の種族なのだと言えば、普段の怪力にも説明がつく。
「うん、だが、メイシャの力は分かっているが、それほどに強力な力を持つ文明が兵器というには、ささやかな気がするが。」
ラケインの疑問も分かる。
確かにメイシャは、Aランクと認められたトップクラスの僧侶だ。
だが、兵器と呼称されるほどではない。
「えぇ、普段の私なら。吸血族は、普段の力は人間と変わりありませんから。」
普段は同じ。
ならば、今の実力は、メイシャ本人の素質と努力によるものということか。
そして、普段の、ということは、それとは違う特別な状態があるということだ。
その考えを肯定するように、メイシャが言葉を続ける。
「吸血族は、戦闘時には、“魔人化”します。私も完全解放をしたことがないですけど、話に聞けば、訓練をしていない吸血族でもSランク相当の魔力を持っていると。」
「えぇっ!」
思わず声が出てしまった。
訓練をしていない、つまり、ただの一般人がSランクになる。
それなら、訓練した兵士や、今でさえAランクの力を持つメイシャなど、どうなってしまうのか。
「驚いたな、だが、それが枯渇病にどう関わってくる?」
ラケインが質問する。
だが、その答えは僕にはもう分かっていた。
「もう少し話が続きます。吸血の“魔人化”には、弱点があったのです。無理矢理に強化された魔力に体が耐えられないんです。」
やはり、か。
ここからはまた魔法の話になる。
そもそも、生物の体には、「生命エネルギー」と「精神エネルギー」が存在する。
この生命エネルギーを利用するのが戦士の気であり、精神エネルギーを利用するのが魔法使いの魔力だ。
魔法とは、その差の分だけ、自然界の魔力を吸収し吐き出す術のことを言う。
一般に、魔力量が大きい、魔力が低いなどというのは、この差の大小のことを便宜的にそう呼んでいるのだ。
そして、この比率は基本的には生涯変わらない。
仮に生命エネルギーと精神エネルギーの比率が1:1の人間は、どれほど修行をしても10:10。
差は生まれない。
しかし、1:2の魔法使いが成長すれば、10:20となり、差の10分の魔法が使えるというわけだ。
しかし、この差も大きすぎれば害となる。
生命エネルギーが大きすぎれば、精神が飲まれ、知性を失った狂戦士となり、精神エネルギーが大きすぎれば、肉体が崩壊する。
恐らくは、吸血族の魔人化とは、後者の状態なのだ。
「魔人化はおよそ10分しか持ちません。そして、その後は“塩化”という状態となり、死に至ります。」
それはどれほど恐ろしいことだろう。
凄まじい痛みの中、肉体がひび割れ、塩の塊となって崩れていく。
その様子をメイシャの姿に重ね合わせ、胸が締め付けられるように痛む。
「“塩化”から回復する方法は一つだけです。体が落ち着くまで、不足している生命エネルギーを補給すればいい。」
言われてみればその通りだ。
あまりに大きな差が肉体の崩壊を生むのなら、その差をなくしてやればいい。
つまり、その方法こそ、
「それが、“吸収”。枯渇病の正体です。」
枯渇病。
それは、吸血族が救命のために他者の命を吸い取る行為。
言葉だけを見ればなんと恐ろしいことか。
静かに潜む死神。
そんな言葉が頭をよぎる。
「だが、それはメイシャのせいじゃない!そんなのは、君たちのせいじゃないじゃないか!それに、魔人化しなければいいんだろ?」
ラケインが悲痛な叫びをもって吠える。
それは、懇願にも似た問いだった。
だが、ラケインも薄々に感づいていたはずだ。
だからこそ、声を荒らげて問いただしたのだ。
「いえ、魔人化はきっかけに過ぎません。体の構造がそもそも違うのです。それと、間接的な吸収は、代替的な措置にすぎません。本来、私たちの本能に根付いているのは、直接的な吸収。それは…、」
メイシャが俯く。
その様子は、断罪の時を待つ受刑者のようだ。
その言葉を言いたくない。
その気持ちがひしひしと伝わる。
「メイシャ、無理はするな。」
その台詞に続く言葉を予想し、メイシャの言葉を遮る。
魔族にも、そういった種族は存在する。
種族的に、人間しか食せない種もいるし、同族食いを行う種族もいる。
だが、彼らは同様に魔族からも疎まれている。
だからこそ、言わせたくなかった。
人間として最も忌避すべき行い。
僕達に、ラケインに最も知られたくない行い。
それを口にさせたくなかった。
「いえ、言わせてください。私たち吸血族は、吸血によって生きながらえているんです。」
メイシャは、蒼白な表情のまま、しかし、しっかりと前を向いて、そう告白した。
「それが、どうした。」
立ち込める重苦しい空気。
真っ先に口を開いたのはラケインだった。
「さっき言ったろう。そんなことは、メイシャのせいじゃない。メイシャは悪くなどない。恥ずべきことでもない。生きているものが生きようとして何が悪いんだ!」
その瞳は真っ直ぐだ。
憐憫や同情ではない。
メイシャのことを信じ、自らを信じ、当たり前のこととして話している。
ラケインは、メイシャの行為を受け入れたのだ。
「ラク様…。」
メイシャの目に涙が浮かぶ。
ラケインのことを信じてはいただろう。
だが、それにもまして、拒絶された時の絶望で目の前は覆い尽くされていたはずだ。
二人は愛で試練を乗り越えた。
なら、僕達もそれを祝福してやらなければ。
「それで?その症状はどのくらいの頻度でやってくるの?問題があって原因がわかっているなら対処のしようなんていくらでもあるし。」
「そうですね。元魔王に魔族、四天王の息子。『神』に立ち向かうパーティとしては、むしろ丁度いいくらいでしょう。」
「…先輩。…リリィロッシュさん。」
リリィロッシュも話を合わせてくれる。
彼女だって、メイシャのことが大好きなんだ。
僕達は“反逆者”。
運命くらい、いくらでも反逆してやる。
「皆さん、ありがとうございます!」
メイシャは、大粒の涙を隠すことなく、その場に泣き崩れた。
そしてその肩を、ラケインが暖かく包み込んだのだった。
その後、メイシャから回復についてある程度の目安を聞き出すと、なかなかに厳しいノルマがあるようだった。
通常時には1ヶ月にコップ一杯分、魔人化後や、塩化から回復するためには、人間1人分の血液を必要とする。
生命エネルギーの吸収に最も効率がいいのが吸血行為で、周囲の草木から吸収しようと思うと、それぞれに大樹一本分、小さな林丸ごと1つ分のエネルギーが必要だそうだ。
メイシャの話を聞き、家や馬車に生けられていた花を思い出す。
メイシャにとってあの花は、炭鉱のカナリヤだった訳だ。
これまでにも軽く魔人化した後には、付近の魔物を狩って、その生き血を吸血することで回復していたらしい。
定期的に出ていた肉料理には、そういう謂れがあったのか。
逆にこの吸収は、攻撃にも転化できる。
フラウの部下である地老聖・ランデルや、先日のハイ・トレント戦では、生命力を奪うことで勝利した。
最も、それだけでは足らずにその後で魔物を狩る必要があったらしい。
ハイリスクハイリターン。
かなり不安定な能力だ。
結局、普段はラケインの血を吸って凌いでもらい、魔人化した時には他のメンバーが協力したり、魔物を狩ることで決着がついた。
吸血族にとって、最もハードルが高いのは、周りに知られないようにすることであり、それさえクリアできれば何とかなるのだ。
ちなみに、吸血というのは比喩ではなく、実際に血を飲んでいる。
試しに見せてもらったが、上の犬歯に被さるようにして、牙というよりも爪のような歯が生えている。
吸血時には、この隠れた牙を伸ばして皮膚を傷つける。
調子に乗って血の味コンテストなるものを開催したが、一位はラケイン、次いでリリィロッシュ、最下位が僕だった。
血液そのものと言うよりも生命エネルギーを吸収することが目的なので、戦士、魔族、魔法使いの順となったこのランキングは納得のいくものだった。
決して負け惜しみではない。
なんでも、ラケインの血はコクと甘みが違うらしい。
ここ数日のもやもやは何だったんだ。
物理的に爆発しろ、リア充め。




