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第七章)混沌の時代 枯渇病

▪️古の民②


「シッシナベ、ふっとネギぃ。」

 ドルネクから出発の朝。

メイシャはご機嫌だ。

昨日の夕飯に頂いた鍋はそれほどに美味しかった。

特産というだけあり、白太ネギは、煮ると甘みが強く、香味はそのままにツンとした辛味が和らいだ素晴らしいものだった。


「先輩、少し農家に寄って、ネギ分けてもらいましょうよ!」

 確かにいい考えだ。

種か苗でも分けてもらって、エウルでも育てられないか試してもいい。

エウルにも太ネギはあるが、ここの白太ネギほど甘みが強くない。

鍋にするならもはや欠かすことなど考えられない。

「うん、帰る前に寄ってみようか。」

そう言って、僕達はダメ元の気持ちですぐ近くの農家へ向かった。


「うーん、ダメだねぇ。」

 やはりというか、農家の人には断られてしまった。

やはり、特産品として売っているものをわざわざほかの土地に流出はさせられないのか。

「やはり、難しいですか。」

そう聞いてみると、農家の人の答えは、思っていたものとは違っていた。


「いや、苗なら分けてあげてもいいんだよ。ネギは(ぶん)げつといって、上手に育てればどんどん分裂して増えてくからね。ワシらもこのネギを気に入ってくれたなら、それほど嬉しいことは無い。それに、この白太ネギの甘さの秘密はここの気候によるものだから、ほかの土地に行ってもこれ程甘くはならない。まぁ、それでもほかのネギに比べれば段違いだが。」

 意外にも農家の人の反応は悪くなかった。

だったら、分けてくれないのは何故なんだろう。

「実は、昨日からネギの調子が良くなくてね。もう2,3日もすれば良くなると思うんだが、今の調子だとエウルまでネギが持たないんだ。」

「調子が良くない?枯れてるってことですか?」

「いや、昔から農家では有名な病気で、枯渇病って言うんだ。枯れてるわけじゃないし、食べる分には問題ないんだが、なんというか、命がすり減ってるような感じなんだ。ごく(まれ)にしかかからないんだが、人間でいやぁ風邪をひいたようなもんさ。」


「枯渇病…。」

 なるほど、植物特有の病気か。

それなら仕方ないな。

少しはなれた場所の農家で、もう一度頼んでみるか。


「そんな、…。」

だが、メイシャの様子がおかしい。

ばっ、と振り返ると、馬車の方へ駆け出す。

荷台で何かを確認し、少しすると戻って来たが、顔色があまり良くない。


「先輩、申し訳ないんですが、もう1日だけここに泊まっていけませんか?」

 メイシャがいつもの口調でそう言うが、それは、無理をして明るく振舞っているようにも思える。

まさか、ネギが貰えないことがそれほどまでにショックだった、などということは無いだろう。

だが、この少しの時間で思い当たるを心当たりがまるでない。

「それはいいけど、大丈夫なの?昨日も無理させちゃったし。」

「だ、大丈夫です!ほんと。少しやることがあって。夕方には戻りますから。」

「あ、メイシャ…」

そう言い残して、メイシャは駆け出して行った。

場所に戻ると、荷台に飾られた花は萎れていた。


 その日の夕方。

「ただいま帰りましたぁ。」

メイシャが宿に戻ってくる。

メイシャの顔色は良くなっていた。

「おかえり、大丈夫だったかい?」

「はい、ご心配お掛けしました。」

あえて何も聞かなかった。

昼のメイシャの様子を見れば、それがただ事ではなかったことがわかる。


「メイシャ、…。」

 だが、この男にとってはそれで済ますわけにはいかない。

義父に、メイシャを守っていくと誓った。

御両親に、メイシャを幸せにすると誓った。

なにより、メイシャの事をラケイン自身が幸せにしたいと思っていた。

もう長い付き合いでかなり話すようになったとはいえ、元々口下手なラケインだ。

うまく切り出せないのだろう。

黙って、メイシャの手を握る。

「無事ならいい。だが、俺のことを信じてほしい。」

「ラク様、今はまだ…。ごめんなさい。」

それだけ言って、二人は抱きしめ合った。




 それから僕達はエウルへと戻り、忙しい日常へと戻った。

表向きは、だが。

皆、楽しそうに笑う。

メイシャが馬鹿なことをやり、ラケインがフォローして、僕が雷を落とす。

そんな様子をリリィロッシュが穏やかに見つめる。

そんな日常だ。

だが、あの日からやはりメイシャの様子がおかしい。

ぼぅっとして、壁に生けられた花を見つめていることが多くなった。


 天真爛漫なメイシャだが、人一倍周りに気遣いをする子だ。

この状態を作っているのが自分だと、重々に承知している。

だからなおのこと、いつも以上に明るく振る舞い、余計に影を落とす。

そんな悪循環になっていた。


「アロウ、少しいいか。」

 そう切り出してきたのはラケインだ。

話の内容は聞くまでもないだろう。

「ああ。リリィロッシュ、ラケインと出かけてくるね。」

「ええ、行ってらっしゃい。ご飯はこちらで済ましておきますね。」

そう言って家を離れ、町の酒場へと向かう。


 行きつけの酒場へ入り、エールとラム酒を頼む。

ちなみに僕の方がラム酒だ。

ノガルド連邦では共通して、酒は成人となる16歳からと決められている。

僕達も卒業して成人して以来、酒を飲むようになった。

慣れるのに苦労したが、慣れてみるとやはり酒はいい。

気分が高揚し、胸の内にわだかまったものを吐き出すには、これほどいい薬もない。

とはいえ、魔王時代には蒸留した強い酒が好みだったが、この姿となってからは、酒にだいぶ弱くなった。

このラム酒も水と果実の汁で薄めてある。


「で、メイシャのことでしょ?」

「…あぁ。」

 ラケインが、エールをグビりと飲み干し、次の杯を注文する。

あまり良くない飲み方だが、それだけ溜まってるものがあるのだろう。

「俺が言うことでもないのは分かってるんだが、済まない。迷惑をかけている。」

夫として、妻が迷惑をかけている、と言いたいのだろう。

だが、それは今更のことだ。

「気にしないでよ。それこそ、ラケインのせいじゃないし、メイシャだって理由はわからないけど辛いんだろうしね。」

そう言って、こちらも杯を空ける。


「で、理由に心当たりは?」

「理由、か。きっかけならハッキリしている。ドルネクの枯渇病だ。あれからメイシャの様子はおかしくなった。だが、原因というなら、アロウの方が気づいているだろ?」

 言われて驚く。

ラケインの言う通り、メイシャが気に病んでいる原因には、なんとなく察しはついている。

だが、それにラケインが気づいているとは、まして、僕がそれに気づいていると思っているとは、考えていなかった。


「メイシャには、秘密があるらしい。窮地になるとみせる急激な強化。俺は魔力など感知できないが、恐らく魔力もかなり増えているんじゃないか?」

 その通りだ。

先日のハイ・トレント戦では、それまで四人がかりでも防戦一方だった相手を、数分の間とはいえ、一人で抑え込んだのだ。

そして、ラケインの大斬撃による最後の一撃。

確かにラケインの技量も、僕の魔法も効いていた。

だがそれ以上に、ハイ・トレントの生命力がかなり減っていたようにも思えるのだ。

それこそ、枯渇病にかかった(・・・・・・・・)かのように(・・・・・)だ。


「…流石によく見てるね。そこまで気づいてるとは、正直思ってなかった。」

「茶化すなよ。だが、これでも伴侶なんだ。それくらいは当然だ。…なんの助けもしてやれない伴侶だがな。」

 自嘲気味にラケインが杯をあおる。

「ラケイン。そこまで気づいているなら言うけど、メイシャが気にしているのは、自分の正体だよ。多分、まっとうな人間じゃない。かと言って、僕の知る限り魔族でもないだろうけどね。そして、それを僕達に、特にラケインに知られたくないと思っているはずだ。」

「そんなことは、関係ない!メイシャはメイシャなんだ!」

ダンっと机を叩く。

ラケインの気持ちは分かる。

メイシャが苦しんでいるのに何もしてやれないことが悔しいのだ。

そして、秘密を打ち明けさせてもやれない、信じることさえさせてやれない自分自身に腹を立てているのだ。

「ラケイン、そろそろ酒を置こう。飲みすぎたな。」

「あぁ。済まない。」

「気持ちは分かるからさ。」


 そうして僕達は酒場を出る。

月明かりの下。

ラケインは千鳥足だ。

思ったよりも酒が回っているようで、ブツブツと独り言を言い続けている。

今すぐに解毒の魔法で楽にさせてもいいが、こんな時くらい、悪酔いさせてやってもいいだろう。

魔法は朝にでもかけてやればいい。


 肩を貸そうにも身長が違いすぎるので、なんとか歩かせて、肩に手を置かせている。

時々よろけるラケインを支えながら、僕も考える。

メイシャの不調は明らかだ。

それも、体調的なものではなく、精神的に疲れきっている。

それを無理して明るく努めているのだ。

冒険者はそれでなくとも危険な仕事だ。

今は良くても、近いうちに取り返しのつかないことになりかねない。

そして、それは背中を預ける僕達にも言える。

もう何年も一緒にいるメンバーだが、集団の長として、メイシャを離脱させる選択肢も考えなくてはならない。

「ラケイン、メイシャを守ってやれよ。」

「…あぁ。」

雲が月を遮り、夜闇が濃くなる。

僕達の闇もまた、その先の明かりはまだ見えなかった。


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