第七章)混沌の時代 メイシャの裏技
▪️古の民①
「それでは。メイシャの事、よろしくお願いしますね。」
クラボアさん夫妻とお別れの時だ。
細々とした小物や素材を扱う行商であるお二人にとって、時間とは財産そのものだ。
メイシャとは五年ぶりの再会となるが、いつまでも名残惜しむわけにも行かない。
「お任せ下さい。メイシャを必ず幸せにします。」
ラケインはご両親に剣を掲げる。
例え辛く厳しい道のりであっても、この二人ならば幸せに過ごすことが出来るだろう。
「メイシャ、必ずお花の水を替えるんですよ。」
「はい、お母様。お花は決して枯らしません。」
窓際に飾られた花を見つめて母子が別れを惜しむ。
そういえば、部屋に花を置きだしたのはメイシャだった。
冒険者の暮らしとは、少なからず死と隣り合わせの殺伐としたものだが、ふとした時に花がいけられているのを見れば、それだけで心が穏やかになる。
これは、お母さんからの教えだったのか。
そうして母娘の姿を見守った。
「いやー、こうして四人で旅するのも久しぶりですね。」
荷台の柱に飾られた花が、壁に揺られてぴょこぴょこと頭を上下させている。
自己申告による形とはいえ、晴れて新婚となったメイシャだったが、一応僕達に気を使ってか、普段はイチャイチャしないでくれている。
まぁ、普段からイチャイチャしていると言えばそうでもあるのだが。
「メイシャ、風は冷たくないか?」
「はい、大丈夫ですよ、ラク様。」
問題はこいつだ。
イチャイチャというか、メイシャを大事にしようとするあまり、距離感を見失っているようにも見える。
メイシャも律儀に付き合っているが、傍から見ているとかなりウザめだ。
そのうち魔力弾の集中砲火でお仕置きしてやらなければいけないな。
そんなこんなで、メイシャの言う通り、久しぶりに四人揃っての依頼に向かう。
目的はBランクと思われる地方の主級の討伐だ。
ノガルド連邦の北方にある小国、ドルネクの国境に差し掛かる。
「そういえば、今回の獲物ってどんな相手なんですか?Bランクらしいとしか聞いてなかったんですけど。」
忘れていたが、御両親との挨拶でバタバタしていたために、ラケインとメイシャには、依頼内容の詳細を伝えることが出来ずにいた。
「うん。正確には謎の植物型の魔物の討伐、ということらしい。最近見つかった地方の主だから、暫定的にBランクにしてあるみたいだね。情報では、樹巨人の上位種みたいだね。」
魔物や魔族の中でも、親が子をなし種族という形のあるものを“派生種”と呼ぶが、単体で魔力から生まれる“原種”にしてみれば、種族など存在しない。
今回の相手は、植物系の“原種”なのだろう。
情報では、巨大な老木の姿をとっているが、幹や根を自在に操り、荒地を動き回りながら獲物となる動物や人間を積極的に襲っているらしい。
「おぉ、植物系ですか。やたらと耐久が高いから、あんまり得意じゃないんですよね。」
「あぁ。硬いうえに石や金属じゃないから、多少の弾性もある。厄介だな。」
一般に植物系の魔物は炎に弱いと言われているが、熊に会った時に死んだフリをするのと同レベルの迷信である。
小さな草タイプや、枯れ木に擬態した動く木程度なら炎も効果があるが、生きた大樹であるトレントともなると、ほとんど効果は見込めない。
野営で薪を拾うのに、生木を選ぶだろうか?
多少焦げはするだろうが、それだけだ。
まして、相手は高位の魔物。
その程度では、ただちに回復してしまう。
唯一の弱点は水氷系魔法なのだが、物理攻撃が得意なこの二人には相性の悪い相手ではある。
「まぁまぁ。ドルネクの当たりは特産品の作物があるっていう話だから、さっさと討伐終わらして食事を楽しもうよ。」
「わーい、ドルネクと言えば白太ネギですからね。シシ鍋にたっぷりがいいです!」
「私も楽しみです。メイシャ、頑張りましょうね。」
そんなことを話しながら、ホラレを走らせていく。
「ギギ、ギャギャーーっ!」
メキメキと軋む音をさせながら、巨大な木の壁が眼前に迫る。
「大地系魔法・螺旋槍っ!」
高速回転する岩の巨大槍で壁をぶち破る。
いや、正確には根だ。
3mもの高さを持つ、壁状の根。
その根元を見れば、幹の太いところまでで10m、末端まで含めれば30m近くはある大樹へと続いている。
「ギギギギギギ。」
洞の様に見える部分には、暗い色の炎がこちらを睨みつけるように燃えている。
失敗した。
まさかこれ程の相手だとは。
上位樹巨人とでも呼ぼうか。
僕が知らないところを見ると、魔王軍に所属していない、この大陸に土着していた魔物か。
恐らくは、小魔王によって居住地を追われ、人里近くへと追いやられたのだろう。
四人が四人とも、単独でAランクの魔物を討伐する力がある、と言われているが、ひと口にAランクと言ってもピンキリである。
正直なところ、相手が悪すぎる。
このハイ・トレント、Bランクどころか確実にAランクでも上位、もしくはSランクにも届くかという力を持っている。
固く大きな幹は、ラケインの斬撃を弾き、生物特有のしなやかな枝は、メイシャの打撃を難なく耐え抜く。
高い魔法耐性に、リリィロッシュの風魔法は足止めにもならず、苦手なはずの水氷系魔法は、相手の大地系魔法に相殺される。
そのうえ、上からは種による散弾。
左右から太い枝によるなぎ払いがあったかと思えば、地中からは槍のような根が飛び出してくる。
こちらからの攻撃には決め手がないくせに、相手の攻撃は全て必殺の威力を持っている。
かといって、引こうとして後ろを見ると、眷属であろう動く木や樹人が群れてこちらを伺っている。
これ程の魔物が、誰にも知られずに人間の世界に潜んでいたとは。
「ギャギィィーっ!」
「ぐぅぅおぉっ!」
一際大きい枝による刺突が、ラケインを襲う。
間一髪、万物喰らいを盾にして凌ぐが、ダメージは大きい。
左手に構える蒼輝を落とし、万物喰らいを両手持ちに切り替えている。
恐らくは、左腕の骨をやられている。
「メイシャ、僕が気を引く!ラケインを回復!リリィロッシュは、メイシャを援護!」
「はい!」
指示を出し、散開する。
ハイ・トレントの注意を引くために、わざと大きく魔力を高める。
「我、アロウ=デアクリフの名において命ずる。」
氷の魔弾による連射をしながら、詠唱を開始する。
「そびえ立つ氷柱、汝の名は氷龍。」
「ギャギャっ!」
地中から無数の根が突き出す。
「荒れ狂う烈風、汝の名は風牙。」
それを水晶姫で切り払う。
「大いなるその名は氷風龍牙。」
枝の鞭が飛んでくるが、構わない。
まとめて吹き飛ばす!
「吹きすさべ!氷雪系魔法・白龍氷棘っ!」
無数の氷槍が、哀れな獲物を飲み込まんと地を疾走する。
植物系魔物の唯一の弱点である、水氷系魔法の上位技。
ゆっくりと足を止めて完成させる大規模呪文ならばともかく、実際の戦闘に用いることが出来る、最大の魔法。
すなわち、今の僕の全力だ。
だが、
「ギギギギ、ギシャーッ!」
ハイ・トレントの根元から、無数の石槍が出現し、氷龍の顎と逆に飲み込む。
これだ。
このハイ・トレントは、弱点である水氷系魔法を使うと、同じ効果を持つ大地系魔法で相殺してくる。
水と土には属性互換がない。
ゆえに、同系統の魔法を同量の魔力で放てば、押し切られこそしないが相殺するのだ。
「きゃあっ!」
「くっ、リリィロッシュ!」
それどころではない。
ハイ・トレントにとって、このカウンター攻撃は自動で行われるものらしく、全くこちらを相手にしていない。
つまり、陽動にすら失敗し、メイシャの援護をしていたリリィロッシュに攻撃が集中してしまったのだ。
「はぁぁっ!」
「ラク様、ダメっ!まだ治癒が完全には…、」
こういった極限の状態においては、たった一つのミスが命取りとなる。
僕がハイ・トレントの気を引くのに失敗したせいで、リリィロッシュが傷つき、メイシャの治癒を満足に受けられなかったラケインが無茶な特攻をするハメになる。
ガキィ!
鈍く重い打撃音。
岩すら砕く破城槌のような枝の刺突を再び万物喰らいで防いだ音だ。
だが、明らかに一撃目とは音が違う。
傷ついた腕のせいで衝撃を逃しきれず、剣自体にダメージが通ってしまっている。
元々、ラケインは、大剣の腹を盾のように使い防御する戦い方をしてきた。
だが、言うまでもなくそれは、剣本来の用途ではない。
ハイ・トレントの凶悪な攻撃を何度も受けるには、いかに万物喰らいと言えど装甲が足りないのだ。
「ラケイン!」
「大丈夫だ。だが、剣の方はあと一回、振れるかどうかだな。」
ラケインの手元を見ると、刀身に大きなヒビが入っている。
確かに、あと一撃、振るか受けるかをすれば、確実に割れてしまうだろう。
どうする。
打つ手などもはや出し切った。
そう思った次の瞬間。
「アロウ先輩。治癒系の魔法、使えますよね?今から少しのあいだ、私がアレを引き受けます。」
ぼく達の前に、メイシャが立ちふさがる。
「な、一人で?無茶な!」
「無茶ではありません。ちょっとした裏技を使います。だから、ラク様を回復したら守護系魔法を。ラク様はあの大斬撃で凍らせてください。」
その目は決意に満ちている。
しかし、命を投げ出すものの悲壮感は感じない。
「信じて、いいんだな?」
「はい、メイシャにお任せ下さい。それでは、行きます!」
そして、メイシャが駆ける。
その速度は疾風。
元より魔力操作で身体機能を高めていたが、この動きは異常だ。
炎、風、土。
氷以外の魔法を次々と放ち、襲いかかる枝を銀賢星で打ち返す。
だが、いつまでも見とれていられない。
「行けるか、ラケイン!」
「ああ、任せろ!」
ラケインが立ち上がる。
万物喰らいを両手で構える。
それにしても、あの大斬撃か。
ラケインの義父は“魔剣”レイドロス。
とすれば、あの技か。
「メイシャ!避けろ!」
「はい!」
ラケインの合図でメイシャが横に飛ぶ。
そこへ、氷の魔力を纏ったラケインの斬撃が放たれる。
「大斬撃・一閃っ!」
闘気による飛ぶ斬撃。
それは、ハイ・トレントの根を断ち、枝を切り裂き、やがて本体である幹へと到達する。
切り裂かれた肌は凍りつき、そして、その冷気は幹の芯までに至る。
なるほど、弱点である水氷系魔法は自動反撃できても、物理攻撃である斬撃ならばその手は通じない。
そして、ラケイン渾身の一撃である大斬撃は、あの硬い肌をも切り裂いたのだ。
「グギャオォォォ!」
ハイ・トレントは断末魔の叫びをあげ、真白に凍りついた。




