第七章)混沌の時代 メイシャの両親
▪️ラケインの里帰り④
大滝を割った翌日。
「それでは、行ってまいります。」
小屋を出ると、目の前の空き地に小飛龍が降り立っていた。
地龍に比べれば小柄とはいえ、体高で2mほど、翼を広げれば5mを越すCランクでは高位の魔物だ。
ラゼルが捕獲し、遠出する時の為に使い魔として飼っているのだそう。
「…さすが『戦士』ともなるとやることが派手…。」
流石のメイシャも唖然としている。
「…待て、ラケイン。」
小屋から発とうとするラケインを、レイドロスが呼び止める。
その手には布に包まれた棒のようなものが握られている。
「餞別だ。これを持っていけ。」
布を解くと、それは美しい剣だった。
見た目よりも重い。
柄は用意されておらず剣身の部分だけだったが、それでも長さは80cm程もある。
造りは、レイドロスの紅月と異なり、反りのない両刃の直刀。
幅広の大剣、鎧断大剣だ。
「父さん、これは…。」
ラケインの目が輝く。
それもそのはずだ。
およそ剣に生きる者ならば、その名を知らぬはずはない。
鈍く白銀の光を放つ剣身。
しかし、よく見ればその表面は緩やかに木目調の波紋が揺らめいている。
見た目よりも重い材質。
この独特の模様。
間違いなく冷熱鉱の剣だ。
世界には白の古鋼石、青の月銀鉱、金の神錫鉱と、伝説とされる素材がいくつかある。
これもその一つ、銀の冷熱鉱と呼ばれている。
天空の星々からこぼれ落ちた隕石から取り出した鉄を用い、超高温の炎と魔力の込められた清らかな水で幾度も鍛え上げて初めて生まれる素材だ。
「…お前の大剣。悪くはないが、これからの戦いにはこれが必要なはずだ。柄はいい職人に作ってもらえ。」
そう言うなり、レイドロスはくるりと背を向け、小屋へと戻っていく。
ラゼルが苦笑する。
「なかなかのもんだろう。俺も手伝ったが、そいつはあのじいさんが打ったもんだ。ここは元は炭焼き小屋だったみたいでな。それを改造して時々剣を打ってるんだ。だが、やっこさん、十日前くらいだったか、急にその剣を打ちはじめたんだよ。まさか、お前が来ることを予期していた訳でもないだろうにな。」
剣を改めて手に取り、小屋へ向かい一礼する。
「それではラゼルさん、お世話になりました。父のこと、よろしくお願いします。」
「おう。『僧侶』や『魔法使い』にも宜しくな。それと魔王殿にも。」
「分かりました。」
ラゼルにも別れを告げ、ワイバーンへと騎乗した。
「メイシャ、お疲れ様。」
「お疲れ様です、ラク様。お義父さまにも喜んで貰えて良かったです。」
麓の村に宿を取り、ラケインとメイシャは、森の疲れをとっていた。
ラゼルのワイバーンは速かった。
行きは森で野宿までして丸一日もかかったというのに、帰りは一時間ほどで着いてしまった。
ワイバーンは、ホラレよりパワーに劣る分、荷物の積載には向かないが、単純な移動だけならその速度は比べ物にならない。
最近は大陸間で移動することも増えてきたこともあり、一度アロウと相談してもいいかもしれない。
「それじゃあ、次はメイシャの御両親だな。」
「うぇ、やっぱそうですよね。」
ラケインが切り出すと、メイシャはあさっての方向を見始める。
「む?俺が緊張するならともかく、自分の親に会うのになんでメイシャが嫌がるんだ。」
明らかに挙動不審のメイシャにラケインが尋ねると、
「いやぁ、自分の親だからというか、なんかこういうのって気恥ずかしくて。」
メイシャがもじもじとして答える。
やれやれと、ラケインはその様子をみて笑いながら、頭を撫でてやる。
そうして地図を広げ、それぞれの位置情報を確認する。
「この分だと、アロウ先輩たちと合流する方が早そうですね。」
両親からの手紙とアロウ達との繋魂で位置情報を擦り合わせる。
メイシャの両親は行商として各地を旅しているためこちらから連絡を取ることが出来ない。
あらかじめ予定されていた街のギルドに手紙を届けておくしか出来ないのだ。
それによると、現在メイシャの両親は、北国から東国へ向かっている最中であり、エウルへの到着は2週間後の予定。
アロウは、南国の依頼をこなし、エウルへと到着は10日後。
自分たちは3日後、というところだ。
「それじゃあ、明日この村を発って、一足先にエウルへ戻るか。その間に、父さんから貰ったこの剣を“迷宮”で加工したいしな。」
「さんせー。じゃあもう少し、ラク様と二人きりなんですね!」
後ろからぶら下がるように抱きつくメイシャに苦笑するしかないラケインだった。
「そうですか。お疲れ様です、ラケイン。おめでとう、メイシャ。」
旅の話を聞いていたリリィロッシュが二人を労う。
…だから、こっちを見てないのに、こちらに向けて黒いオーラを飛ばすのはやめて欲しい。
一ヶ月ぶりに“反逆者”のメンバーが揃った。
エウル王国の小都市ドラコアス。
《砂漠の鼠》もあるこの街で暮らすための家にいる。
一応、名義の上ではギルド所有の寮となっているが、実質僕達の家である。
いたたまれない雰囲気の中、3人のためにお茶を出す。
これぞ魔王流処世術、“私はあずかり知らない”だ。
しかし、まさか“魔剣”と一緒に『戦士』が隠居しているとは。
僕にとっても、レイドロスは部下である以上に師でもある。
“強さ”そのものよりも“高み”を目指す人物だったが、ラケインと出会うことで“高み”に近づけたのだろうか。
いつか、会いに行ってみたいものだ。
数日後。
「メイシャー!」
「ママー!」
メイシャのご両親がやってきた。
お父さんは恰幅のいい中年の男性だ。
歩くたびに腹がゆさゆさと揺れているが、貴族のように不健康な贅肉は感じられない。
むしろ、巨大な力を蓄えた貫禄を感じる。
革製のウェストコートにガロンハット。
髪はお父さん譲りなのだろう。
黄金に輝く髪は豊かだか、生え際にひと房だけ白髪が混じっている。
お母さんは、一言で言えばメイシャにそっくりだ。
金というよりはやや灰色がかった、亜麻色の髪は緩やかにカーブし、メイシャよりもほんの少しだけ背が高いが、それでもお父さんとは頭二つ分は違う。
美人と言うよりは可愛らしいと言った方が適切で、メイシャと並んでも姉妹のようにしか見えない。
薄緑のガウンを来ているが、なめし革のコルセットが細い胴回りをよりスッキリとさせて、メイシャ以上の女性らしい部分が非常に目に毒である。
「ラケイン=ボルガットです。本来ならこちらから伺うところをお呼びだてして申し訳ありません。」
青の礼服を着込んだラケインが、ご両親のもとへ挨拶する。
「クラボア=ブランドールだ。君がラケイン君か。メイシャから話はよく聞いているよ。」
お父さんは、がっちりとラケインの手を取り握りしめる。
「まぁ、あなたがラク様ね。エディアよ。メイシャが騒ぎ立てるわけだわ。」
お母さんは、両手を頬のあたりで組んでうっとりしている。
髪の色が違わなければ、話し方と言い本当にメイシャそっくりだな。
僕達のこともラケインから紹介があり、皆で居間に移動する。
「クラボアさん、早速ですがお話しなければならないことがあり、お呼びだてしました。メイシャさんとの結婚をお許しいただきたい。」
ラケインは直球勝負だ。
お父さんは一拍置いて、
「もちろんだとも。旅先でも君たちパーティの噂は聞こえている。危険な仕事だということも重々承知だ。娘のことをよろしく頼むよ。」
右手を差し出し、ラケインと再び固く握手を交わしたのだった。




