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第二章)冒険者の生活 依頼の引き継ぎ

■リリィロッシュの冒険者講座②


 母さんとヒゲに見送られ、リリィロッシュと、生まれ育った村を背にする。

「でも良かったんですか?リリィロッシュさん、僕なんて完全に足手まといなわけなんですが」

人間に見えるよう姿をかえ、隣を歩くリリィロッシュに聞いてみる。

かつては魔族として配下だったとはいえ、今の僕たちの関係は、ベテランの冒険者と世間知らずの村人その1に過ぎない。


「えぇ、もちろんにございます。アロウ様。それと私のことなど呼び捨てにお申し付けください」

「そういう訳にはいかないでしょう。少なくとも今後、僕らがどう見えるかなんて、冒険者とその従者以外無いですよ。せめてお互い呼び捨てで落ち着けましょう」

 リリィロッシュは、登録上ではヒゲと同じBランクの冒険者だという。

駆け出し以前の子供冒険者と一緒にいれば、どう見えるかは想像に(かた)くない。

「そうですね。それでは不肖の身ですが、今後はアロウ、そう呼ばせていただきます」


 双子の太陽が中天にかかるまで歩き続ける。

荷物はそれほど多くない。

ナイフ、マント、皮のポーチ、回復薬と水筒、それと、母さんのお古の魔法の杖だ。

ちなみにナイフはヒゲがくれたが、あえてスルーだ。

 最低限というにも軽すぎるが、これが一般的な冒険者の装備なのだそうだ。

冒険者の第1歩、それは生きること。

それは、これからリリィロッシュが教えてくれる…。


「さて、アロウ。これから、生きるために冒険者となって(かて)を得ていくことになるのですが、その前に根本的な方向性を打ち合わさせていただきたい」

「根本的な方向性?」

 長く歩き続け、若干息を乱しながら振り返る。

リリィロッシュの意図が分からずに聞き返す。

「はい、まず前提として、あなたが元魔王である以上、私は何があろうともあなたを見捨てません。()(てい)にしていえば、このままどこかに拠点を作って稼いでこいと言われれば、この冒険はここまでなのです」


 おぉ、なるほど。

女性に(みつ)がせて自分は家で寝るだけ。

これが俗に言うヒモという奴か。

そして魔王であった時代には貢ぎ元と税という差はあれ、魔王城で過ごす日々だったのだ。

しかし、これは、


「却下」

 無論なしだ。

魔王とは、(あまね)く魔族の最強の存在であり、象徴であり、誇りだ。

ただ、そうであった、と言うだけでかしずかれるものではない。


「リリィロッシュ、君にとって恐らくそうであるように、僕にとっても、魔王とは誇りある存在だ。それを汚したくはない。魔王に戻りたいわけじゃないし、新たに魔王になりたいわけでもない。今は、人間アロウとして、元魔王の名に恥じない生き方がしたいんだ」

 その願いはどのように届いたのだろう。

少なくとも魔族として生まれたはずのリリィロッシュに、なんの障害もない言葉とは思うまい。

しかし、

「あなたが私の敬愛する魔王様でよかった」

彼女はそう、涙を浮かべて喜んでくれた。

「アロウ様、私も申し上げておきましょう。私がお慕いしたのは、魔王という存在ではなく、誇り高い貴方でした。こうして身体こそ違えど、そのお心の高さを今1度目にすることが出来て、私は幸せです」


 その涙に、見覚えがあった。

あれは—、




 100年ほど前、魔王としての地位が確立してまだそれほど立つまでいない頃。

表向きには、魔王の授業の一環として、そしてその実は、魔王の武勇を知らしめるために開催した、大御前試合。

魔王対1000人超の魔王軍兵士との総当たり戦。

実に三日に渡り魔王は戦い抜き、完全な勝利を納めたのだ。

 その中に、あの涙はあった。

無論、全数万もあった剣筋の一つ一つを覚えているわけではない。

その中でも異質なもののいくつかは、記憶にあった。

強さを羨望し、強さに餓えた迷いの剣。

その内容までは分からない。

しかし、彼女は己の剣に迷いがあるようだった。

 実際、剣を受けた感触は悪くは無い、が、それだけだ。

決して一流の剣ではないし、凡庸に過ぎない。

それでも、声をかけた。

「迷うな。いい剣だった」

彼女の資質はあるように思えた。

今の迷いを捨てきり、がむしゃらに剣を練習する。

それだけでもう1段上の剣士になれるだろう。

 確かに、後押ししてやるつもりで声をかけたが、その反応は想像の外だった。

「……はいっ!!」

一瞬の間の後に号泣。

その涙にこれまでの迷い全てを洗い流させているような。




「そうか、リリィロッシュ。どこかで見たとは思っていたんだが、君は、あの御前試合の時の戦士か」

「──っ! うそっ! まさか、あんな100年以上も昔の、あんな一瞬で」

 まおうが覚えていたことが、それほどに意外だったのか。

普段の凛々しい顔が見る見る赤くなっていく。

「しかもあの時の私なんて下級の騎士に過ぎなかったのに、ご記憶にあったとは。っやだぁ……恥ずかしい……」

 普段クールな人格は壊れると幼児化するというのは本当らしい。

顔を真っ赤にして両手で覆い、ウロウロと歩き出す。

木の方へ向いてしゃがみこみ、よく見れば変化も溶けかかっているのか、蛇のような尻尾もブンブンさせている。

 五分ほどその当たりをじたばたした後、おもむろに立ち上がり、真っ赤なままの顔を精一杯取り繕い、

「取り乱しました。汗顔の至りです」

きりっとした表情をみせる僕の騎士は、可愛らしい人のようだ。




「さて、ここがギルドです」

 さらに歩き続け、ようやく小さな村へ着いた。

生まれの村よりは少し大きい程度の小村。

これでもこの当たりの村の中心となる土地なのだ。


 この村のギルドの前に立つ。

おぉ、などという感慨深げなものはなかった。

なんというか、普通のレンガ家で普通のおっさん達が、右往左往している。

そんなイメージしかない。

なにせついてる看板が《田舎のギルド》だ。

やる気も何も無い。


「何をお考えなのかはなんとなくわかりますが、このような辺境のギルドなのです。下手な活気がある方がむしろ困るのですよ」

若干引いていた僕に気がついたのか、リリィロッシュがそう教えてくれた。

 歩いて約一日ほどにある村のギルド。

普段ヒゲが拠点にしているのはここなんだろう。


 ギルドの門を潜り、リリィロッシュがカウンターに乗り出す。

「依頼の引き継ぎを行いたい。ギルドマスターを紹介してくれるか?」

受付嬢はキョトンとして聞き返す。

「依頼の引き継ぎでしたらここでも行えますので、依頼内容をどうぞ?」

と処理を始めようとする。

しかし、リリィロッシュも譲らない。

「私はギルドマスターを、と言った。悪いが今後の調整は受付よりマスターが指揮を執った方がいい案件だからだ。もう一度いうが、ギルドマスターを、呼んでくれるか?」

受付嬢はここに至って案件の大きさに思い至ったようで、パタパタと奥へ走っていく。


「リリィロッシュ? 引き継ぎって?」

 まだ状況を読めてないのは僕だけのようだ。

「昨夜、ハインゲート殿とお話しまして、依頼の引き継ぎを頼まれました。流石に全部は無理ですが、受注中のクエストがあれば引き継ぎしておくとね」

ああ、それが引き継ぎ。

「これはもう少し根の深い話で、ハインゲート殿は、おそらくこの規模のギルドだったらトップランカーだと思います。そのトップが今後ギルドの仕事は出来なくなる。すると今回だけではなく、ハインゲート殿を頼りに高ランククエストが舞い込んできても対応出来なくなってしまうんです」

ほおほお。

「しかし、それならそれで、やりようはあって、報酬をあげて上位の冒険者を呼び込んだり、ハインゲートさんのいなくなったこの地で幅を効かせたいそこそこの冒険者を集めてきたりなどするんです」

ははぁ、なるほどだ。

「つまり、ハインゲート殿がいなくなった、という情報をどこまでの速度で発信するかが、今後のギルドの分かれ道になるのです。が、分かりました? アロウ」

「バッチリ。流れはね。ただ、イマイチ分からないのが、そんなにヒゲの仕事って重要だったの? これまでも、4,5日に1回ふらっと帰ってきたかと思えば、またふらっと旅に出るような生活だったんだけど」

いつもふらふらしているあのヒゲが、そんな大層な冒険者だったとは思えない。

半信半疑なまま、軽い気持ちでリリィロッシュに聞いてみる。

しかし、今度はリリィロッシュが唖然とした。


「5日に1度であの暮らしぶりを!?」

 ん?そんなにおかしい事なのかな?

「アロウ、あそこのボードにある依頼を見てきてもらえますか」

言われた場所を見ると、雑多な作りの掲示板にこれまた雑多に依頼が括りつけてある。その中で比較的きっちりした作りの書類が真ん中にでん、と貼ってある。

「これは、Fランク未満のそれこそギルドが仕事としては仲介しないような内容の依頼です。中央にあるのは、薬草集めなどの常備クエストですね」


なになに、

・子守り1日1000ガウ

・収穫手伝い1000ガウ食事補助あり

・迷子犬探し5日間3500ガウ


……安っ!

 この当たりの貨幣相場は、慎まやかな食事で700ガウだ。

これでは1日身を粉にして働いても朝と夕の二食分を稼げるかどうかではないか。

まして、薬草や武器の用意をすればそのメンテナンス代も馬鹿にならない。

さらにパーティなんか組んだ日には…。

まさに目もくらむような話だ。


「冒険者の仕事というのは、その日の糧を何とか得る程度のものだと理解していただいたかと思います。五日に1度というのなら、村までの移動を考えると、実質3日。つまり……」

 大遠征で高額出稼ぎしていたわけでもないヒゲがあれだけ稼ぐ方法は二つということだ。

一つは、数をこなす。

同地区でクリアできる依頼を複数手元に持っておけば、効率はいいはずだし、殆どの冒険者はそうしているだろう。

 しかし、

「ヒゲの性格上、そういうチマチマしたのは無理だろうなぁ」

となるともう一つしかない。

「高ランクミッションへのハイリスクハイリターン……」

ため息とともに、僕とリリィロッシュの声が重なった。


「おぅ、待たせなたな」

 見事なヒゲと逞しい胸板が特徴的な、《田舎のギルド》ギルドマスターである。

「で、誰の仕事を引き継ぎたいって?」

別にこういう仕事も手慣れているのだろう。

不機嫌そうな顔で僕達を睨みつける。

「“餓狼”ハインゲート氏の受注中ミッションを見させてもらえますか?」

「なにぃっ!?」

ギルドマスターは、いきなり顔を真っ赤にして立ち上がった。

「餓狼の奴が死んだってのか、そんな馬鹿な!」

 そうか、普通は冒険者が仕事が出来なくなって引き継ぎといえば、相手は亡くなったことになるよな。

「いえ、昨夜、お住まいの村が魔物に焼かれましたが、辛くもこれを制圧しております。しかし、その手際にお上が手を回したようなのです」

「あ、あぁ。なんだ、くたばってねーのか。仕方ねーなぁ、あの野郎」

そういうギルドマスターの顔は嬉しげだ。


「まぁ、状況はわかったよ。腕利きを国に取られるのも初めてじゃないしな。しかし、それをあんたらが引き継ぐって?」

今度は一転して人を値踏みするような目で睨みつける。

おそらく、マスターなりのこだわりの感覚もあるんだろう。

「あぁ、こちらの少年は見習いだ。受領中のものは私が引き受けよう、と思っていたが、どうやらかの御仁はかなり派手にやられていたようだな、どうしても無理な場合には、依頼を返却せねばならないが」

「あんた、ランクは?」

リリィロッシュは軽鎧の内側からギルドの登録証を取り出す。

「中央の《砂漠の鼠》ギルド、Bランクね」

じろっと登録証を睨むように確認して、

「オーケーだ。どうせここらに居つく気は無いんだろ? だったら残りの依頼もこっちで捌いちまうから、やれる分だけ片付けてくれ」

「良いのか? そちらもハインゲート殿程の冒険者、ざらにはいないと思ってやって来たのだが。」

「ふん、よそ者に心配されるようなヤワなギルドしてねぇよ。と言いてえところだがな、野郎、最近はそれほど大きい依頼はやってなかったんだよ。」


 ギルドマスターが頭をボリボリかきながら笑う。

「奴は、これまでずっと、稼ぐならまとめていくか、ボス級を狙っていくかしていたんだが、あの野郎、ガキが生まれてからひよってな」

そう言って遠いところを眺めるような目をする。

「最近は何でもかんでも持って行きやがるんだよ。それこそ薬草探しからモンスターの討伐までな。厄介そうな奴は優先して片付けてくれていたとはいえ、一時期はギルドに依頼がなくなりかけたこともあるもんだ」

 改めて受注中のクエストの束を見てみる。

分厚い、が、何も困難なものばかりではなく、本当に難易度の低い安い依頼も一切合切受けていたようだ。


「1度、もっと割のいい仕事もあるだろうって聞いたら、今のままがいいとか抜かしやがる。あの野郎、『だって子供の寝顔早くみたいじゃん』って、自分がガキみたいな顔して笑ってたよ」

 そう言うマスターの顔は、友人のイタズラを自慢する少年のような顔をしていた。


この世界には名も無き村、というのが数多くあります。(名付けが面倒だっただけです。)

中央というのは、現在いる辺境に対する都心部という認識で今はいてください。

作中で改めて紹介します。

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