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第七章)混沌の時代 帰郷

▪️ラケインの里帰り①


「はぁ、はぁ、ラク様、こんな山奥で暮らしてたんですかぁ。」

 アロウ一行がメイン姉妹と再開している頃、ラケインとメイシャは、大陸の中央にそびえるウーレイ大山脈へと向かっていた。

拠点としているエウル王国から西へ二日、ホード大森林ほどではないが、深い森の中を進む。

ホラレは森の入口にある村までしか進めない。

預かり所に数日分の金額を先払いし、徒歩で森の中を進む。

 地元の村人からは、森のご隠居と呼ばれる老人。

それが、ラケインの義父、“魔剣”ウォル=レイドロスだった。


「メイシャ。アロウとの話に出ていたと思うが、俺の義父は“魔剣”と呼ばれた剣士だ。魔族の中においてさえ魔と呼ばれた男。それを覚えておいてほしい。」

 ラケインの表情は固い。

ラケインの記憶にある義父は、厳格で口数少なく、剣の研鑽にのみ意識を傾ける、そんな人物だった。

食事を取り、学問を学び、剣を握る。

ラケインの記憶の殆どは、その三つだけしかない。

愛する伴侶として、メイシャを紹介する。

その事が彼に理解できるか。

ラケインの心は揺れていた。


 数年ぶりとはいえ、森の様子は変わらない。

村を出て、獣道(けものみち)と見間違うほどの小道を抜け、馴染みの大木で夜を明かす。

澄んだ水が流れるせせらぎを飛び越し、ようやく見えてきたのは、水量こそ少ないが数十mもの落差をもつ滝とその(たもと)にひっそりと(たたず)む、古びた木造りの小屋だった。


「ただいま帰りました。」

 古木で作られた扉を開け中に入るが、人の気配はない。

そもそもがラケインも家に義父がいるとは思っていない。

外界に興味を持たず、ろくな連絡手段もないのだ。

数年ぶりに押しかけて、普段から剣の修行に明け暮れる義父が、偶然家に居合わせているなどとは思えない。

家の中を物色し、最近も生活の跡が確認出来るだけで充分だった。


「やはり留守のようだな。メイシャ、疲れたろう。荷物を下ろして休んでてくれ。」

「はーい。足がパンパンですぅ。」

 冒険者であり長旅にも慣れているメイシャだが、平地での移動と山道では、疲労の度合いも箇所も全く異なる。

まして二人の装備は、共に重量級の武器なのだ。

正直、山道の移動は辛いものがある。


 ラケインは、懐かしそうに部屋を見渡す。

やはり、と言うべきか、小屋の様子は全く変わっていない。

本当に人が住んでいるのか疑わしいほどにものが少ないが、それでも無機質な感じを受けないのは、きっちりと整頓された家具や食器のせいだろう。

そして、全てに気が満ちている。

主の覇気が乗り移っているかのように、この家の全ては生き生きと生命の輝きを放っているのだ。


 ふと、テーブルに腰掛けようとして気づく。

向かって右側が義父の椅子。

そして、その反対側がラケインの椅子だった。

そのラケインの椅子に、小ぶりの剣が吊るされている。

「古そうな剣ですね。少し小ぶりですけど。」

横からメイシャか顔を出す。

その剣は古びてこそいるが、よく整備されており刃には重厚な輝きを持っていた。

名剣と呼ばれる類のものではないが、質の良い鋼が使われていることがわかる。


「あぁ。これは子供の頃に俺が使っていた剣なんだ。」

 ラケインが小屋から旅立ち、その代わりにと義父が置いたのだろう。

人からも、魔族からも恐れられた義父。

だが、ラケインにとっては、誰にも代えられない、優しい父だったのだ。

無表情に食事をとる義父が、向かいの席に吊るされた剣を優しげに見つめる姿を想像し、ラケインは胸が暖かくなるのを感じた。




 しばらく待っていたが、義父が帰ってくる様子はない。

ラケインがどうしたものかと思っていると、外から人の気配がする。

メイシャもそれに気づいたのだろう。

そわそわと緊張し出すが、ラケインの反応は違った。


 おかしい。

こんな場所に他人が近づくはずはない。

だが、あの(・・)義父が人の気配(・・・・)をさせて行動するはずがない。

「メイシャ。」

 一言だけ名を呼び、この気配が期待の人物のものでないことを目で知らせる。

武器を手に取り、静かに闘気を巡らせると、外の人物もこちらが戦闘態勢に入ったことに気づいたようだ。

静かだが激しい。

そんな矛盾した闘気を放つ相手は初めて見る。

かなりの手練(てだれ)だ。

この気配、メイシャと二人がかりでも勝てるかどうか。

意を決して扉を開ける。


 そこに居たのは、中年の男だった。

歳は四十前後だろうか。

元は仕立てのいい生地だったろう服は、長年着古してボロボロになっているが、手に持つ剣だけは、今打ち出したばかりかと思うほどの輝きを持っている。

 長く伸びた髪から覗く瞳は、静謐(せいひつ)な泉のように澄み渡りながら、獰猛な獣のような凶悪さが見て取れる。


「何者だ。」

 ラケインは、全身の闘気を張り詰め、威嚇を込めて問う。

抜剣こそしていないが、いつでも斬りかかれる体勢をとる。

だが、目の前の人物は、ラケインの気当たりなど、まるでそよ風かのように受け流し、怯むどころかより凶悪に笑顔を作る。

「何者だとは随分だな。そっちが俺の住処(すみか)から出てきたんだろう?」


 ついに剣を抜き放つ。

男から放たれた言葉は、全くの想定外のものだったからだ。

「住処だと?ここはウォル=レイドロスの、父さんの家だ。ここに住むというのなら、主はどうした!」

小屋の中に残る張り詰めた剣気。

あれは間違いなく義父のものだ。

だとしたら、この男は、一体。

「まて、父だと?だとすれば、お前はあの椅子の剣の小僧か。おぉ、あいつから話は聞いているよ。剣を降ろしてくれ。俺の名は、ラゼル=ブレイダー。お前の父の友人だ。」


「義父の友人、だと?」

 にわかには信じられない。

だが、むしろ納得もした。

“魔剣”とまで呼ばれた義父が、ただの男にどうにか出来るわけがない。

義父が誰かに負ける、その事よりも、義父の友人だということの方がまだ真実味がある。

「失礼した。自分はラケイン=ボルガット。こちらは連れのアルメシアだ。友人と仰るなら、義父がどこかご存知ないか?」

剣を収め謝罪する。

「謝罪を受け入れる。父上なら瞑想だよ。最近は、滝の上の大岩にいるはずだ。もう間もなく降りてくる頃だと思うがな。」

ラゼルという男は、気軽げに手を上げ、小屋に入る。

「父上が来るまで手持ち無沙汰だ。森の外の話でも聞かせてくれよ。」




 小屋に入り、ラゼルの話を聞く。

驚くべきことに、義父の友人を名乗る彼の正体とは、かつての勇者パーティのひとり、『戦士』だった。

「そうか。あの小魔王たちが各地を支配。人間の暮らしなど気にせずに好き放題か。」

 勇者が死んでパーティが解散し、三人の仲間たちはそれぞれ各地へ散って身を潜めた。

ラゼルには、剣の腕を見込まれて各地から仕官の話が来ていたが、その全てを断り放浪生活を送っていた。

人里を避けるようにしてこの森に迷い込み、レイドロスと再開したのだという。


「お、帰ってきたようだな。」

 ラゼルが入口の方を振り返る。

やはり、気配は感じない。

だが言われて神経を集中させれば、確かに微かな気配をなんとか感じ取ることが出来る。


 ラケインの持つ圧倒的な覇気を撒き散らす動の気に対して、アロウが持つような内へ内へと凝縮する静の気。

義父の剣気は、間違いなく後者だ。

それも、極限まで磨き上げ、普段ですら周囲に気配を感じ取らせることがないほど高レベルのものだ。

子供の頃は、全くこの気配を感じ取ることが出来ず、よく森で小動物相手に訓練をさせられていたことを思い出す。


 しばらくして、ドアが開く。

「…今帰った。」

見かけの上では老齢の男が立っていた。

ウォル=レイドロス。

旧魔王軍四天王の一人だった男は、昔のラケイン並に口数少ない男だった。

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