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第七章)混沌の時代 三年後の現在

▪️月と羽根③


「二人とも久しぶりだね。」

 懐かしい顔を見かけて、自然と頬が緩む。

手紙でのやり取りはしていたが、こうして直接顔を合わすのは三年ぶりだ。


 かつての勇者パーティ、『魔法使い』フラウとの勝負から三年。

人間の世界は未曾有雨の危機に晒されていた。


 各地で小競り合いを繰り返していた小魔王たちの争いが激化。

そこに住む人間など存在しないかというように、ただ争うためだけの破壊を繰り返すようになっていた。


 現在、人間側で判明している小魔王の数は36柱。

これに、こちらの仲間である《「血獣」の魔王》ビルスティアと、《「黒薔薇」の魔王》フラウが加わり、少なくとも38柱の魔王が生き残っている。

人間にとって不幸中の幸いと言うべきか、ほとんどの小魔王たちは人間に興味がないようで、特に支配したり虐殺を行うものは少い。

だが、各地に散った小魔王たちは、縄張りを定め、定住するようになっていた。


 大国も含め、各国は小魔王の討伐に(ことごと)く失敗し、少なくない損害を出している。

このことから、触らぬ神に祟りなしとばかりに、小魔王の討伐を放棄。

小国のうちには、小魔王に対し庇護を求めている国もあるという。

 しかし、いくら小魔王自身が人間に不干渉を決めていたとしても、配下の魔物がそれに従うとは限らない。

小魔王の威光により、小物の魔物も動きを強め、結果的には被害は以前より格段に増えているのが現状だ。


「久しぶりっス。いやぁ、まるで隠れてみていたみたいにベストなタイミングだったっス。」

「姉さん!助けてもらったアロウさんたちに、そんなこと言わないの!」

 相変わらずの軽口をたたくメインに、ペルシがポカポカと背中を叩いて怒る。

「いやぁ、森の魔物が一斉に動き出したのを感じて駆けつけたんだけど、間一髪ってところだったよね。」


 指名依頼を受け、暴れる魔物を討伐した帰り道だった。

以前、フラウに呼び出された時に、知らず協力させられていた、冒険者フラウの父、シャンク伯爵に気に入られ、度々ノスマルク貴族からの指名依頼を受けることになったのだ。

ノガルド連合国の中でも東よりのエウル王国から、ノスマルク帝国の中でも西寄りの帝都デル。

ほぼ大陸の三分の一ともなる移動をそう簡単に押し付けないでほしいとも思うが、国外とはいえ貴族を敵に回す度胸は流石になかった。


「メイン、ペルシ。あなた達、『月と羽根(ルーナプルマス)』の活躍は耳に入ってますよ。随分と腕を上げたみたいですね。」

 リリィロッシュが二人に笑いかける。

リリィロッシュにとって、姉妹は大事な友人だ。

人間の中での暮らしと魔族としての生き方に揺れていた時に、自分自身というものを認識させてくれた恩人でもある。

「い、いやぁ。リリィロッシュの姉さんに褒められると凄く恥ずかしいっス。」

「う、うん。今もやられちゃいそうだったし。」

姉妹は照れまくってクネクネしているが、それは事実だ。

ノスマルクで行われた去年の四校交流戦、四聖杯では、並み居る強豪をなぎ倒し、姉妹が優勝と準優勝を飾った。

依頼もあり、観戦には行けなかったが、その圧倒的な力はノスマルク国内にとどまらず、エウルのギルドにも届いたほどだ。

類を見ない実績と、ロゼリア導師からの後押しもあり、通常三年の在学期間を二年に短縮。

既に冒険者として独り立ちをしているのだ。


月と羽根(ルーナプルマス)」。

 三日月のように弧を描く大剣・狐月大刀(シルバーテイル)を、柳刃剣舞(りゅうじんけんぶ)という変幻自在の太刀筋で操る姉のメイン。

五枚の魔石を付与した羽根矢、魔導矢(まどうし)精霊の羽根(エレメンタルフェザー)を駆使し、脅威の速射術、回転装填式速射魔法(ガトリングバースト)を開発した妹のペルシ。

共に、駆け出しのCランク冒険者としては異例の、《風刃(クロー)》《雷塵(ハウル)》の二つ名で呼ばれる字名(あざな)持ちである。


「そうそう、それにアロウの兄さん達こそ、派手にやってるじゃないっスか。それこそノスマルクでも有名になってきてるっスよ。」

 メインの言葉に、コクコクとペルシも頷く。

僕達もその年にノガルド冒険者育成学校を卒業したが、翌年のメイシャの卒業を待って本格的に冒険者として活動し始めた。

各地の地方の主(エリアボス)級の魔物を討伐して周り、小魔王の情報を集めていたのだ。


 それに伴い、僕達の実力も知名度もあがっていた。

豪戦士(ブレイダー)》のラケイン。

闇月(アーテル)》のリリィロッシュ。

白魔(アルブス)》のアルメシア。

僕自身も、《魔帝(マギスター)》のアロウという、恥ずかしい通り名を貰っている。

 メンバーの全員がAランクという破格の戦闘力を持ち、パーティとしてはAランク上位の評価をされている。

今や、「反逆者(リベリオン)」は、新進気鋭ではなく、確かな実力を持つ強豪ギルドの一角として知られるようになっていた。


「まぁこの三年、死ぬほど忙しかったからねぇ。」

 げっそりとした顔つきで答えるが、その後ろではリリィロッシュが額に指をやり、困った顔をしている。

「もぅ、アロウ。アロウの見据える先を思えば、まだまだ足りないくらいですよ。いまだ魔王だった頃の力には及ばない事を忘れないでください。」

「わ、分かってるよ。だからこれ以上ノルマを増やさないで!」

 相変わらずリリィロッシュには頭が上がらないでいるが、彼女の鬼コーチぶりもまた相変わらずなのだ。

確かに、『(あいつ)』を敵と定めているのなら、かつての自分(まおう)ごとき、超えなくてはならないのだが、人間の身には厳しいハードルだ。


「変わらないですね、アロウさん。」

 くすくすと、ペルシが笑っている。

まぁ笑われても仕方ない光景ではあるか。

ちなみに、三年前は盲目であったペルシだが、今は若干だが光が戻っている。

フラウから聞いたところによると、昔、盗賊に襲われ頭を殴られた際に、衝撃で体内の魔力の流れが乱れてしまっていたらしい。

フラウが魔法を教えていた時にそのことに気づき、魔力の流れを正したところ、視力が戻り始めたということだ。

 元より実際の視覚より探知(サーチ)の魔法の方が精度に優れているため、感覚だけではなく知識としてそれを習得した今、生活に不具合はないが、それでも、目で見て色を感じられるというのは何にも変え難いものだと、涙を流して喜んでいたと聞いている。




「ふぅ、こんなもんかな。」

 さて、こんなふうに談笑をしているのだが、実は魔石回収の最中である。

駆け出し冒険者の姉妹はともかく、Aランクとなった僕達にとっても、魔石の回収は生活の糧である。

命の危険後迫った状況ならともかく、危機を乗り越えた今、転がっているお宝を放っておくはずもない。

Bランクの狼魔人(ヴェアヴォルフ)を始め、数十頭の草原偽狼(グラスヴォルフ)偽魔狼(デミヴォルフ)の死体から魔石を剥ぎ取り、魔力の塵へと変えていく。

魔石さえ抜き取れば塵になるとはいえ、血まみれになって腑分(ふわ)けしながら、穏やかに笑い合うとは、冒険者とは、なんとも(ごう)の深い稼業であることだ。


「さて、そろそろ街へ戻ろうか。」

 魔狼の森を抜け街へと向かうために、森の入口に停めてあった馬車に乗り込む。

「わぁ、魔蜥蜴(ホラレ)馬車だ、懐かしい。…あれ?お兄さん、ホラレちゃん、すこしおっきくなりました?」

自分たちの魔鳥馬(ユサ)に荷を積みながら、メインが目を輝かせる。


「あ、三年ぶりなのによく気づいたね。この子はスピネル。ほら、目が赤くて綺麗でしょ。前に乗ってたベリルは、ラケインと一緒にいるよ。」

「ほんとだぁ、よく見たら違う子なんっスね。」

 普段から接している僕達ならばともかく、ずっと会っていなかったホラレのことをよく気づくものだ。

最近では指名依頼が立て込むこともあり、ラケイン・メイシャ組と分かれて行動することも多く、ホラレをもう一頭捕獲したのだ。

 以前のホラレは、淡いグリーンの瞳から緑柱石(ベリル)とラケインに名付けられていたが、新しいホラレは、深く赤い瞳に(ちな)んで尖晶石(スピネル)と名付けた。

スピネルの方が体が大きいが、やや臆病な気質らしく、危険な地域には行きたがらない。

自分にストイックなラケインは、修行も兼ねて厳しい環境の場所に行くことも多い為、長い付き合いのベリルに乗っていくことが多いのだ。


「さらっと言ってくれちゃったけど、ホラレって捕まえるとなるとかなり手ごわい魔物なんスよねぇ。」

「うん、ランクからいえば私たちにも出来なくはないけど、二人だけだしまだ早いかな。」

 メイン達姉妹は尊敬混じりに少し引いているが、ホラレを撫でながらよろしく、と挨拶をしている。

名の売れ始めた彼女たちなら、今後依頼先で出会うこともあるだろう。

その時を楽しみに思い、二人を眺めていた。


 しばらくホラレを走らせると、ノスマルク帝国領の東端、フェズの街に着く。

「あ、そう言えばアロウさん達と初めてあったのは、この街でしたね。」

「あぁ、ここでメインに財布をスられたんだったね。」

「お兄さん、その話はなしの方向で…。」

三年前とは違い、小さな町だったフェズも、ホード大森林に入る前の宿場町として発達したようで、少し大きくなっている。

街の中には、昨年、それまでは無かった冒険者ギルドの共同詰所が設置されていた。


 ギルドの詰所とは、数年前に生まれた通信施設のことだ。

小魔王の台頭(たいとう)によって、魔物の活性化による被害が急増。

情報を知らない冒険者が犠牲になることが増えてきた。

そして近年、情報の共有化のために通信水晶(コネクト)を設置した詰所が作られるようになった。

詰所の運営は、近隣の有力ギルドが負担することでその勢力を示すとともに、世界各地との連絡網として、その使用料を徴収している。


「さて、あの村の依頼のこと、報告しなきゃね。」

 街の詰所に向かい、メイン達のギルドに事情を報告する。

依頼内容の虚偽、周辺情報の偽装。

メイン達のギルドから、他のギルドへとこの情報は伝わっていく。

ギルドからは課徴金の請求がされることになり、他のギルドにも今後の依頼を出しにくくなる。

 小さな村からの依頼で、Bランクの魔物討伐だなんて依頼料が支払えるわけもなく、かわいそうだという気もするが、放置しておけば村人の代わりに冒険者が危険にさらされる。

事実、メイン達はなんの準備もないままに、魔物の大軍に囲まれる羽目となったのだ。

偶然、僕達が立ち寄っていなければ、ヴェアヴォルフの餌食となっていたはずだ。


 本来は地方領主を通じ、帝国軍へ討伐依頼がなされ、それも難しければ、帝国からという形でギルドへ依頼が出されるはずだったのだ。

恐らくは、どこかの段階で貴族の無駄な面目(めんもく)のために情報が握りつぶされ、村人が犠牲になっていたのかもしれない。

帝国が動き出すまでに村人が犠牲となるのか、ギルドに虚偽の報告をして冒険者が犠牲となった挙句にギルドからも睨まれることになるのか。

どちらにしても、村の将来は明るくはない。

悲しいことだが、それも現実の一つだ。


 唯一の救いは、この国のトップであるフラウと通じている「月と羽根(ルーナプルマス)」の二人がこの依頼を受けたことだ。

心優しい彼女たちなら、僕が何も言わなくともフラウやロゼリアを通じて、領主に改善を求めるよう促せるだろう。

そう信じて、僕達は詰所を後にした。

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