第六章)立ちはだかる壁 フラウの話
説明回が続いています。
もう少しうまくとり回していきたいものです。
どうやら毎日4,5人のご新規さんが見てくれてるみたいです。
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■闇重ね⑤
「魔王が、神の代弁者?」
なんの話だろう。
魔王は、『神』によってもたらされた災害から生まれた、魔族の守護者だ。
それが、勇者と同じく、神の代弁者だなんて。
「えぇ。あなたは確か、あの『神』に遣わされた勇者に対して、そう呼んでいたわね。その意味ではあなたもまた、神の代弁者なのよ。」
神の代弁者。
たしかに、かつて勇者のことをそう呼んでいた。
この世界の真実も知らず、『神』の言葉を鵜呑みにした人間と侮って。
だが、今のフラウの言い方では、まさか、魔王も…
「あなたの勘違いは二つ。一つ目は、魔王もまた『神』が生み出したのよ。」
「最初の魔王。それは確かに偶然の産物だったらしいわ。魔族の大陸に荒れ狂う魔力から、魔王が生まれた。だけど、世界に内在する魔力の総量は変わらない。大量の魔力が闇の魔王となった結果、相対的に光の力が強まった。そして世界は均衡を取るために、余った光の力を切り離そうとする。それが“勇者の種”。」
フラウは、黒焦げとなった『撃鉄』の魔王の死骸へと近づく。
ぱちん、と指を鳴らすと、魔王の死骸から1cm程の黒い結晶が浮き出た。
「黒い、魔石?…いや、小さすぎる。これはいったい。」
そう呟いた側から、『撃鉄』の魔王の死骸に異変が起こる。
隆々と盛り上がっていた筋肉はしぼみ、2m程もあった巨体も幾分小さくなっている。
その姿はただの猪魔人だ。
魔王がただの魔物へも戻る。
つまり、あの結晶こそ…
「そう。これが“魔王の種”。そして、勇者の絞りカス。」
フラウは“種”を手に取り、僕へと手渡す。
「勇者の…?」
手のひらに乗せられた黒い結晶を見つめる。
フラウはここまで一息に話すと、はらりと落ちた髪を払い、ひと呼吸を置く。
「いみじくも昔あなたが言った通りよ。『光ある限り、闇もまたある』。勇者という光が生まれたことによって、魔王という闇が生まれたのよ。」
フラウは言った。
「最初の魔王。それは確かに偶然の産物だったらしい」と。
それは、つまり。
“自分を含む後の魔王”は、違うと。
『神』が作ったのだと。
それを肯定するように、フラウが続ける。
「あなたも含めて『神』の産物よ。魔族を滅ぼすために勇者を、正確には“勇者の種”を作る。その反作用で魔王が生まれれたのよ。」
フラウの言葉に愕然とする。
魔王は、魔族と世界を守る守護神だと思っていた。
『神』が魔族を滅ぼすために、光の存在である勇者を作った。
そして、その対存在として、闇の存在である魔王が生まれた。
そういう事なのか。
僕が、我が、憎き『神』によって作られただと?
勇者の絞りカスだと、この我が!
「…続けるわ。私が『黒薔薇』になったとき、『神』に聞いたのよ。勇者とはなにか、って。」
こちらの困惑を感じながら、話しを進める。
その先に答えがあると言わんばかりに。
「『神』の答えはこうよ。勇者とは『システム』。役割ってね。」
「シス…テム…。」
頭がぼうっとする。
エレナ先生とラケインで話した人魔会談。
あの時の二人もこんな衝撃を受けたのだろうか。
足が地に付いている感覚がない。
信じていたものが崩れ去るとは、これほどに心細いものなのか。
「そう。それが勘違いの二つ目。勇者とは、魔王に対する神の遣い手じゃない。魔族を絶滅させるための兵器。」
フラウはギリっと、悔しげに歯を食いしばる。
小さな手はフルフルと震え、固く握られている。
「『神』は…、『神』の目的はいったいなんなんだ!」
フラウに詰めかける。
「やかましいわね。そんなの私に分かるわけないでしょ。だから、私がわかる範囲のことを伝えて、推測しようって言うんじゃないの。」
「ご、ごめん。」
思わず掴んだ肩を放し、フラウに謝る。
「はぁ。いいこと、リオハザード。あなたはこの私が認めた唯一の魔法使い。魔族だとか魔王だとかは関係ない。生まれ変わったからって、情けない姿は許さないわよ。」
袖を叩きながら、そうつまらなさそうに言い捨てる。
だが、その瞳に侮蔑の色は見えない。
この事実を告げる身として、今僕が受けている衝撃を経験したものとして、理解してくれているようだ。
「リオハザード。私が情報として知っているのはここまで。だからそろそろ場所を移しましょう。」
そう言ったフラウの提案で、北の町・バルへへと戻る。
何も無いただの空間に、ポッカリと穴が開く。
どうやら、ある程度の制限があるものの、小魔王は任意の場所への転移が可能らしい。
移動、輸送の効率化。
羨ましい限りだ。
ここはバルへにある、領主の屋敷。
「おかえりなさいませ、お嬢様。」
メイドと執事が出迎える。
そういえば、表向きの依頼を出したシャンク伯爵の名を聞いた時に、引っかかるものがあった。
フレイヤ=シャンク。
今はフレイヤと名乗っているフラウの家名はシャンクだった。
「使用人は全て私の配下よ。楽にしなさい。」
つまり、どういう手を使ったのか、表向きはワガママで冒険者となっている伯爵令嬢として暮らしているらしい。
ちなみにホラレ馬車は、フラウの配下が届けてくれる手配になっている。
「フラウ、シャンク伯爵は…」
「安心して、ただの暗示を掛けているだけよ。伯爵は一人娘を亡くされてね。そこへ私が庶子だと信じ込ませてあるわ。宮廷魔導師の仕事はロゼリアに押し付けているけど、私自身も表向きの立場がないと動きづらいこともあるし。」
こちらの心配が分かったのだろう。
フラウは、クスリと笑って答える。
実の両親から捨てられたフラウは、仮の親としてシャンク伯爵を選んだ。
僅かにほころぶその表情からは、その生活が幸せなのだということを感じさせる。
「さあ、おさらい。この際、過去の魔王の話はいいわ。問題は、『神』の狙い。奴がこれからどう動くか。そして、あなた達がどう動かなければならないか。」
高価そうな茶器で、風賢聖のエアロネと名乗った少女が給仕する。
他の三人の配下にもそれぞれに仕事を与えているらしく、この場には、フラウとエアロネ、そして僕達六人しかいない。
ここでふと気づく。
「そういえば、前にも気になったんだけど、勇者がいないね。」
魔王と勇者は表裏一組。
魔族を疎ましく思う『神』が、小魔王が乱立しているのに、勇者を作らないはずはないと思っていた。
だが、話はそれどころではなかった。
元々が、勇者を作った結果として魔王が誕生していたのだ。
それが、今や逆となっている。
「狙いがどうあれ、闇の存在である魔王を作ったのなら、光の存在である勇者が生まれていないはずがない。」
「そうね。それを推察するためには、『神』の言った言葉を理解しなければいけないわ。」
フラウが紅茶のカップを手に取る。
「『勇者システム』。」
「わかっている限りでいえば、あなたの言った通りよ。勇者を作り、魔王を倒し、魔族を滅ぼす。でも、それだけならシステムとは言わない。」
カップを取り上げ、紅茶をひと口含む。
「『神』の目的は、自分の加護を受け付けない魔族の根絶。勇者を生み出すことで魔王を作り、闇の力を吸い上げる。魔王の力で一時的には魔族は強化されるけど、永い年月を通してみれば、徐々に勢力が弱まっている。魔族という種が内包している魔力量が減っているのよ。そしてその力を『神』が人間側へと吸い上げる。魔族とは反対に、『神』の力が及ぶ光の存在、人間の勢力が増えているのね。」
フラウが話しを結ぶ。
しかし、その事実はつまり、
「戦えば戦うほど、魔族は自分の首を絞めているのか。」
悔しさに唇を噛み締める。
9000年。
魔族の苦難の歴史すら、あいつにとっては手のひらの上の出来事だったのか。
「なら、『勇者システム』って言うのは、勇者が魔王を倒す茶番だ、ってことか。」
ラケインが呟く。
茶番。
その言葉に、思わずラケインに怒りの視線を向ける。
「すまない、アロウ。だが、俺も魔族に育てられたとはいえ、人間の身だ。魔族との戦争のために悲しみを背負った多くの人を知っている。それが、ただのシステムだと聞いて、俺も悔しいんだ。」
ダンっ、とラケインがテーブルを叩く。
ラケインの言葉は、決して嘲りではなかった。
思えばラケインも戦災孤児だった。
それを“魔剣”のレイドロスが引き取り育てたのだ。
ラケインの言葉は、自らの無力さを嘆いたからこそ出た言葉だったのか。
「それを言うなら、私たちなんか当事者だからね。“魔王”に“魔法使い”なんだから。ほんとに舐めてくれるわ。」
フラウもまた、自嘲気味に薄く笑う。
その言葉に、ある懸念が広がる。
「“魔王”に“魔法使い”…。そうか、だとすると、全部で四つ。」
その数を指折り数える。
もし、この予想が正しいとすれば、恐ろしいことになる。
そしてその事は、『神』の計画が最終の局面に入ったことを指し示している。
「ちょっと、何をぶつぶつ言ってるのよ。」
フラウが腕組みをしたまま、苛立たしげにカツカツと指で腕を叩く。
「フラウ。君の魔王のコート、“暗星の神衣”は黒色だった。ビルスは赤、オークの魔王は黄色だった。全部で何色あるか知ってるかい?」
予想外の質問にフラウが戸惑う。
「私の知る限り、黄、赤、黒、青の四つよ。確かに私も気に放っていたけど、それがなんだって言うのよ。」
やはり、か。
だとすれば、これ以上、小魔王を潰させるわけにはいかない。
「みんな聞いてほしい。『勇者システム』の全貌がわかった。」




