第六章)立ちはだかる壁 決着
ごめんなさい。
なかなか更新できませんでしたが、どうも気に入りません。
そのうち直そうと思いますが、とりあえず話を進ませてもらおうと思います。
■闇重ね③
「グバババ。あれほどの軍をたったの4人で壊滅させるとは、やるではないか。」
突き出た腹を揺らしながら、黄色のコートの魔王は、愉快そうに笑う。
「あら、あなたの部下がやられたって言うのに、随分と余裕ね。」
「ふん、あの程度の雑魚どもなど、時間をかければいくらでも生み出せる。あやつら全員を合わせた力など単なる誤差に過ぎんわ。」
『黒薔薇』の魔王・フラウと、『撃鉄』の魔王・グバーハは、お互いの目を見つめたまま動かない。
否、動けなかった。
互いに魔王。
相手の能力は分からずとも、相手の実力は知れる。
配下たちがどれほどの戦いをしようが、そちらに気を取られた瞬間に勝負はつく。
─ジャリ。
フラウ配下の四人が戻ってくる。
この数分の間に、それぞれが数100もの魔物を倒してきたのだ。
「ほっほ、手下からしてあの体たらく。親玉の方も底が知れるのぉ。」
「あの程度の魔物を集めて魔王気取りとは笑わせてくれるわね。」
彼女たちの実力と先の惨劇の結果を見れば、その言い分は至極もっともにも思える。
しかし、
「ぐばばばば。……だまれ。」
ギシリ。
その一言を発するだけで、空間が悲鳴をあげる。
凶悪な魔力を込めた殺気。
魔法として発現するだけの術式などなくとも、その殺気は、空間を満たし、弱者の心を捻り潰す。
いかに強力といえど、フラウ配下の四人にただの殺気など通用しない。
だが、仮にも神であったウォルティシアを除く三人には、冷や汗が浮かんでいた。
「貴様らの方こそあの程度の雑魚を相手にしたからと随分と鼻息の荒いことだな。そもそもがあやつらの力など、俺にとってはこの右腕一つにすら及ばんのだ。」
そう言ってグバーハは、大きな右腕を掲げる。
大柄なその身体は、腹は膨れずんぐりと丸く、ひと目にはただの肥満にも思える。
しかし、その実は大きく異なる。
短く太い脚は、そびえ立つ巌のように固く地を踏みしめ、長く発達した腕は大樹の幹のように固く盛り上がる。
丸く突き出た腹、肉に埋もれた丸い首も、それを覆っているのは、ぶよぶよとした贅肉ではなく、鋼の筋肉だ。
いかに魔力で強化しようと、基礎となる肉体が貧弱ならそれに応じた力しか出ない。
強靭な筋肉の鎧に魔王級の魔力で強化された肉体がそこにあった。
「ふん、かつての魔王にしても、雑魚どもを捨て駒にして城に引きこもっていたではないか。あの程度のクズどもなど、いくらでも使い捨てればいいのだ。」
グバーハは、ふん、と鼻を鳴らしふんぞり返る。
捨て駒、か。
そうか。
このグバーハという魔王が、元はどの程度の力を持っていた魔物なのかは分からないが、配下の兵達は、そんなふうに思っていたのか。
人間達に比べていかに強大な力を持っているとはいえ、魔族たちは遠征した侵略者だ。
しっかりとした拠点を作らねば、侵攻もままならない。
そう思って魔王城に居を構えていたが、末端の兵までには、その思いは届いていなかったらしい。
「なるほどね。」
フラウがこちらをちらりと見る。
一瞬のことではあったが、その視線が痛い。
「その程度の意識で暴れていたのなら、使い捨てにされても仕方ないわね。」
嘲るように、フラウは言葉を吐き捨てる。
優雅に、豪奢に振る舞う、いつもの姿とは違う。
「魔王には、目的も理想も覚悟もあった。その全てがないままに暴れるだけだったあなたに、魔王を名乗る資格はないわ。」
「き、貴様ァッ!」
フラウは、その言葉と共に、冷ややかな視線を浴びせかける。
「くだらない問答はおしまい。さっさと燃え尽きなさい。」
ここに、小魔王同士の戦いの火蓋が切って降ろされた。
撃鉄とは、戦場魔法が今ほど発達しておらず、鉄の玉を火薬による爆発で打ち出す兵器が主流であった時代に作られた、巨大ハンマーの事だ。
鋼鉄の筒の底部に火薬を仕込み、撃鉄で叩きつけることで、鉄の塊を飛ばす戦術兵器。
高出力、広範囲の戦場魔法が研究され、次第に姿を消していったが、火薬の爆発に負けない堅固で巨大なハンマーは、その圧倒的な攻撃力と無骨な威容から、現在では甲殻系の魔物を狩る冒険者たちが好んで使用している。
その凶悪な鉄の塊が振るわれる。
『撃鉄』の魔王が振るうその拳は、ただの拳撃ではなく、もはや災害の域に達する。
2mを超える巨体に加え、異常に発達した剛腕。
さらに魔王級の魔力によって強化された、災厄とも思える破壊力。
振り下ろされるその拳は、まさに『撃鉄』の名に相応しい。
その一撃は、衝撃だけで数十mもの範囲で地を砕く。
それも、無尽蔵に。
だが、
「あら、もう終わりなの?」
数分の後に立っていたのは、黒いコートを着た少女だった。
『黒薔薇』の魔王、フラウ。
その名の由来となる力を見せもせず、圧倒的な魔力で、『撃鉄』の魔王を降したのだ。
「ば、ばかな…ぐ、」
大きな体を屈め跪く姿は、体のあちこちが焦げ付き、強靭な左腕も失われていた。
対して、フラウは『紅帝』すら出していない。
まさに、圧倒的な勝利だ。
「命までは取らないわ。さあ、“魔王の核”をよこしなさい。」
フラウが近づく。
“魔王の核”。
先程の会話の中にも出てきだが、一体なんなのだろう。
じゃり。
小石が多い荒地を、フラウの小さな足が踏みしめる。
わずか1歩。
距離にしても僅かに数十cm。
だと言うのに、グバーハの巨体はい1m以上も後ずさる。
「お、おのれぇ!俺の“種”は、奪わせんぞぉ!」
膨れ上がる魔力。
出現する巨大な魔弾。
残るすべての力を集め、右腕で殴り飛ばす。
「くらえ!『豪魔球』!」
恐らくは切り札だったのだろう。
内包する魔力量にして、第三領域級の威力が込められた魔弾を、魔王たる証である『撃鉄』で撃ち出した。
展開速度。
射出速度。
破壊力。
あらゆる面において、必殺の威力を持つ一撃。
いかに魔法を極めたフラウといえど、一瞬で展開できる程度の障壁で防げるものでは無いはずだ。
「ふぅん、まあまあの悪あがきね。」
たが、フラウがつまらなさそうに左手を差し出すと、一瞬で魔弾は掻き消えた。
「そんな、ばかな…」
もはや、グバーハに表情はない。
最後の切り札を、万全のタイミングではなったはずなのだ。
「偶然手に入って良かったわ。無知なオークの王に教えてあげましょう。これは指輪だけど、“破邪の小手”って知ってる?」
そう言ってフラウは、左手をかざす。
その小さな中指には、淡く紫に色づいた半透明の石が飾られた指輪がはめられていた。
その石には見覚えがある。
スジャ大河の街で知り合った、“黄金の星”のステンが持っていたものだ。
無尽蔵とも思える魔法の吸収性をもつ、対魔法の素材、「長老粘魔の核」だ。
そう言えば、北の方からデルを目指すと言っていたが、どこかでフラウが買ったのか。
「警告はしたわよ?」
もはや交わす言葉などないとばかりに、右手を突き出し魔力を込める。
「存在すら消え失せなさい。虚無の欠片」
「ぐぎゃーーっ!」
展開された魔方陣から黒い炎が吹き出し、グバーハを飲み込む。
虚無魔法。
四大属性に闇と無属性の計六系統を複合させた、魔法の究極の形の一つ。
魔法として確立しているのは、全部で八つの術式。
今の技は、魔法と呼べる様なレベルのものでこそなかったが、確かに虚無魔法のそれだった。
四校戦のデモンストレーションで、ノスマルク校がその片鱗を見せていたが、やはり魔王となったフラウは、完全にそれをものにしているようだ。
「さぁ、リオハザード。ここからが本番よ。」
フラウは突然こちらへ振り向き、そんなことを言う。
これほどまでに圧倒的に、完全に勝利して、なおここからが本番とは、どういう意味だろう。
だが、この数分後、僕は運命の歯車というものが目の前で動き出したことを知るのととなる。




