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第六章)立ちはだかる壁 四将の力

■闇重ね②


 蹂躙が始まる。

蹂躙とは、圧倒的な強者が権力や暴力を持って弱者を一方的に蹴散らすことを言う。

無論、この場合は、フラウの側が強者だ。


「ほっほっほ。豚魔人(オーク)共か。こやつらを見ておると脂ののったカツレツが食いたくなるのう。」

 地老聖・ランデルは、長い髭をなでながら迫る大軍を眺める

まったく酷い感想もあったものだが、その実力は本物だ。


「ほっ。大地系魔法(ストーン)終末を記す預言書(ラグナロクプロペータ)。」

 僕の知識にもあるその魔法は、第四領域。

秘匿級とも言われるその階梯の魔法を詠唱もせずに発動する。

荒野に群がる魔物の足元に、広大な魔法陣が浮かび上がる。

終末を記す預言書(ラグナロクプロペータ)には、三つの段階がある。


 まずは一つ目、巨大な魔方陣が出現し、効果範囲内の対象を地面に固着する。

「ぐひぃぃーっ!」

「ぐっ、な、なんだ?足が、地面から離れん!」

大地系(ストーン)魔法の力で動きを封じられた魔物が狼狽する。


 二つ目、大地が隆起する。

「な、なんだ?地面が。」

「くっ、地面がせり上がる。」

「ひっ、ひぃぃ、岩が、岩がぁぁ。」

巨大な本を閉じるように、二つの岩盤が対象を圧殺する。


 そして、三つ目。

岩に押しつぶされながらも、辛うじて生き残った強者もいただろうが、巨大な岩の本は、地面へと沈んでいく。

厚さ約2mもの岩盤に挟まれて生き延びたとしても、堅固な大地に飲まれ数千倍もの圧力を受けて無事でいる者はいない。


 こうして、数百の魔物は、大地に飲み込まれた。




「あなた達には悪いけど、今は機嫌が悪いのよ。」

 流れるような銀髪をたなびかせ、赤いローブを纏った美女は、吐き捨てるように呟く。

火滅聖・ロゼリアは、無造作に右手を突き出す。

その右手はまたたく間に燃え広がり、紅蓮の炎に包まれた。

 決してロゼリア自身が燃えているのではない。

紅帝(ロゼ・クライト)』を右腕だけに発現しているのだ。


火炎系魔法(フレイ)魂魄喰らう極焔鳥(アウェスフランマ)。」

 炎がひときわ大きく燃え上がる。

巨大な炎の塊は、ロゼリアの右手から切り離され、大きく羽ばたいた。


 魂魄喰らう極焔鳥(アウェスフランマ)

翼の両端まで含めれば10mを越す巨大な鳥の形をした炎は、高く、高く舞い上がる。

その高熱をはらんだ羽ばたきだけで、弱い魔物は焼け焦げる。

あまりの威力に、熱風の被害から逃れた魔族達にも、次に起こる惨状が想像出来た。


 強い魔物ほど危険察知には敏感だ。

「どけっ!どけい!」

仲間である末端の兵士たちをなぎ倒しながら、上位魔族が逃げ出す。

だが、時すでに遅し。

雑兵を外縁に置く円陣を組んでいたことが災いした。


 高高度に達し、米粒大の大きさとなった焔鳥は、数秒もしないうちに地表へと落下した。

─豪っ。

衝撃はない。

魔力で操作された焔は、熱膨張による余波さえも制御し、周囲に被害を及ぼさない。

直径にして30m。

巨大な火柱に包まれたおよそ三百の魔物が、ぐつぐつと煮えたぎる地表を残し、この世から姿を消した。




「争いは嫌いですけど、ご主人様にいい所を見せるのです。」

 風賢聖・エアロネは、二振りの刀を手に気合を入れた。

どうやらラケインは、旦那様からご主人様へとランクアップしたようだ。

というか、彼女の主人はフラウなんじゃなかったか。


 無数に押し寄せる魔物達。

大型の人型魔物である豚魔人(オーク)岩醜人(トロール)で構成される敵の軍勢は、小柄な少女には明らかに手に余る。

さらに、上位個体の何人かは、魔法も扱える様だ。


 集団での対敵戦術の基本。

まずは弓や魔法などの遠距離攻撃で牽制。

ここで相手が死ぬようなら儲けものだ。

その後、歩兵や騎士による近距離部隊が間合いを詰め取り囲む。

見た目には粗野だが、この魔物達にもそれ位の知識はあるようだ。


 弓兵や魔法使いが攻撃を放つ。たった1人の少女に対し、数百を超える矢や魔法の嵐。

いかにも過剰な戦力にも思えるが、仮にも魔王の配下であることを考慮すれば、十分に妥当なものだろう。


 だが、それでもまだ足りなかったようだ。

すっと、左の剣を掲げたかと思うと、静かに矢を斬り払った。

左、右、左。

静かに、緩やかに。

その洗練された動きはあまりにも美しく、まるで舞を見ているようだ。

左、右、左。

滑らかに、穏やかに。


 少しの乱れもない美しい剣舞は、見るものを惑わす。

ゆったりと動いているように見えるのに、この無数の矢を全て切り払うことが出来る秘密は二つある。

ひとつは、風の魔力を使った刃の延長。

手に持つ刀に極小の竜巻を纏わせ、見えざる刃を作り出し、一振りで五つ以上の矢を霧散させている。

そして、もう一つ。

緩やかに見える動きは、一切の無駄のない洗練された動きから錯覚するものだ。

実際には秒間に10以上もの斬撃を行っている。


 魔物達も無能ではない。

遠距離攻撃に効果がないと分かると、防御力に特化した魔物を前に進めた。

味方の矢や魔法をくらうことを前提に、物量で押し切る作戦だ。

 身長差はおよそ3倍。

文字通りに見上げる程の巨体を持つ魔物が、エアロラよりはるかに巨大な剣や斧を振りかぶる。


 しかし、エアロネの動きは変わらない。

静かに、緩やかに舞を踊るだけ。

それもそのはずだ。

範囲内に立ち入ったものを一切合切細切れにするエアロネの剣技の前には、矢も魔法も魔物達でさえも全てが無に等しい。

振り下ろす剣、薙ぎ払う斧、そしてその光景に目を疑う魔物達も、瞬時に切り刻まれていく。


 魔物達は驚愕する。

遠距離、近距離、物量。

その全てが無効化する剣の結界。

その前に成すすべがないのだ。

さりとて、主の命令を無視して逃げることも許されない。

だが、美しき死神は、その手を休めることは無い。

全ては、愛しきご主人様のため。


 二つの刀を重ねる。

一つにした刀を両手で持ち直し、大きく上段に構える。

これまでの舞にも思える美しい剣技とは、まったく異質な無骨な構え。

そして、その時は訪れる。


「神剣・天地乖離(エア)。」

 やや左下方に向けて静かに振るわれたその刃は、距離にして約1kmを空間ごと斬り裂いた。

風の魔力を極限にまで凝縮した結果、剣の周囲は光電子(プラズマ)化し、光る刃となって断罪の刃を落としたのだ。

巨大な光の剣。

その刃に飲み込まれた魔物達は、何が起きたのかも理解出来ぬまま、この地からその姿を消した。




「一度だけ言っておきましょう。魔族のよしみです。このまま去るなら、見逃します。」

 水妖聖・ウォルティシアは、目の前にたか有象無象(むしけら)を前に宣言する。


 かつての“堕天”、ウォルティシアの正体は、正しく堕天した神だった。

本来、神とは、多くの生命の信仰によって指向性を持たされた魔力に過ぎない。

アロウの敵である偽の神とは異なり、実態など持たない。

信仰によって神が生まれ、神によって信仰が広まったのだ。


 だが、ウォルティシアは違う。

この現世に生きる、実態を持った唯一の元神だ。

その信仰の源は『調停』。

争う魔族たちが、代々会談の場としてきたウォルティシア湖。

人間社会でいう裁判所のような場所だ。

魔族たちはウォルティシア湖を、調停の象徴として崇めてきた。

そして数万年前、その信仰が形となり、ウォルティシアは誕生した。


「げへへへ。命乞いにしても詰まらねぇなあ。」

「まぁ、そんなにビビんなよ。お前も大人しくしていれば、俺達がいいように飼ってやるからよ。」

 下卑た目つきで周りを囲むオーク。

『撃鉄』の魔王に力を与えられるまで、野良の弱小魔物に過ぎなかったオークたちは、目の前の人物が元四天王だということに気づかない。

ただただ、自分たちの人数と、扱いきれもしない魔力に酔い膨れ上がった虚栄心によって、目の前の美女をただの獲物だとしか見えていない。


 一方でウォルティシアも、このオーク達が自らの言葉に従い、引いてくれるとはこれっぽちも思ってはいない。

堕天したとはいえ、『調停』の女神。

争いごとは好むところではない。

「引けば見逃す」と一応の和解案を出しただけである。

故に、それが不成立した今、もう一つの仕事をしなくてはならない。

すなわち、審判の時である。


「なるほど、ひかないのね。ならば消えなさい。」

 ウォルティシアの足元にいくつもの魔法陣が浮かび上がる。

魔法陣が幾重にも重なり、巨大な一つの魔方陣へと昇華される。

それは次第に大きさを増していき、遂にはオークの軍勢全てをそのうちに捉える。


水氷系魔法(ウォルタ)創世の水瓶(アークディザスター)。」

 突然の洪水。

魔法陣の効果範囲にのみ、高さ(・・)にして数十メートルもの激流が現れる。

小川どころか水気もほとんど無い、荒れ果てた荒野を、水の猛威が襲う。


「ぎゃばっ、馬鹿な!こんな量の水が、ごぼっ。」

「お、重い。鎧が、し、沈む。」

 オークは元々、陸の魔物である。

泳ぎはさほど達者ではない。

だが、たとえ今襲われているのが魚魔人(マーマン)であっても結果は変わらなかっただろう。

それほどまでに水の猛威は強い。

荒れ狂う激流は、左から押し寄せたかと思えば右から高波となって降りかかり、下から突き上げられたかと思えば上から叩きつけられる。

時間にしてたかが数分。

溺れたものを引きずり込みながら、次第に水は引いていく。


 後には、僅かながらに息がある数匹の魔物と、飛沫(しぶき)一つすら濡れた後もないウォルティシアだけが残った。

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