第六章)立ちはだかる壁 vs地老聖・ランデル
■vsロゼリア=フランベルジュ⑩
「うぉりゃーっ!」
「ほっほっ。」
かれこれ数十分、そんな掛け声ばかりが続いている。
地老聖・ランデルが石柱を生やし、メイシャが銀賢星でぶち抜いているのだ。
「ほっ、娘っ子とのじゃれ合いは楽しいが、同じことをしとっても少々飽きてきたわい。」
ランデルとしても、この展開は少々意外ではあった。
主であるフラウからは、元魔王との逢瀬の間、邪魔者の相手をしておけと言われている。
必要なら殺していいとも言われているし、実際そのつもりで魔法を繰り出しているのだ。
だが、この娘はどうだ。
必殺のタイミングで放った石剣の嵐を地面ごと吹き飛ばし、あまつさえ隙あらばこちらに魔法を仕掛けてくる。
─ほっほ、なるほど。取るに足らん人間なら封じておけばいいが、これほどの使い手なら、間違いが起これば自力で帰還してくるやもな。
ランデルは、ニタリと口を歪ませ、恐らくは自分の十分の一も生きていないだろう少女を見つめる。
「ぞわっ!ちょっと!今なんかやな事考えたでしょ!」
メイシャが鳥肌をたてて叫ぶ。
「ほっほっほ。いやいやそんなことは考えとらんわ。ただ、小生意気な娘っ子を、どうしてひねり潰してやろうかと思案しとったんじゃ。」
「それがやな事だってーの!」
一際大きい岩をランデル目掛けて吹き飛ばす。
「ほっ、元気じゃのー。よし、こやつに決めたわ。」
ランデルは、長い髭を梳りながら、高らかに笑う。
「─召喚魔法・世に根を張る黒岩大蛇。」
ランデルから吹き荒れる魔力が、巨大な魔方陣を描き出す。
カッと、紫紺色の光を放つと、魔方陣から巨大な影がせり出し、飛んできた岩を噛み砕いた。
その姿は異様の一言だった。
黒光りする鱗に覆われた胴回りは大人が10人いてやっと囲めるかと思えるほどに太く、持ち上げた鎌首だけでも、その高さは天を突くようだ。
頭には鋭さよりも強靭さを思わせる太い角が二本あり、兜を被ったように三角のエラが張っている。
しゅーしゅーと不気味な音をたてる口からは毒々しい紫のもやが吹き出し、灼熱した鉄のように真っ赤な舌がチロチロと飛び出す。
世界を支える大樹の根元に巣食うとされる、巨大な毒蛇。
アロウからこの世界の本当の形を聞いているので、それが伝説だとは知っているが、その威容を見ると、その伝説にも真実味が出るというものだ。
「う、うぉぉっ?めっちゃかっこいい蛇です!」
が、メイシャにとって、蛇や蜥蜴は恐ろしい対象ではなく、むしろその造形は好むところだ。
しかも巨大な生物というだけでも、メイシャのテンションは激上げだ。
「な、なんじゃと?」
目をキラキラと輝かせて見つめるメイシャの姿に、ランデルはたじろぐ。
自分で呼び出しておいてなんだが、ヌメヌメと動く蛇など気持ちのいいものではない。
まして若い娘などその姿を見ただけで卒倒してもおかしくはないと思っていた。
きゃーきゃーと逃げ惑う小娘の姿を見てやろうと思っていたのに、逆に心を乱されるとは。
「うむむ、そう言っておるのも今のうちよ。やれ、オルムよ!」
「ジャァァァーッ!」
大蛇はその巨体からは想像出来ないほどのスピードでスルスルと地を這い、メイシャへと襲いかかる。
「水氷系魔法・氷槍っ!」
メイシャも迎撃に魔法を放つが、厚く硬い鱗に簡単に弾かれてしまう。
「うぇぇ?これは卑怯だー。」
大蛇は僅かに頭を浮かし、大口を開けて襲いかかる。
蛇の口は大きい。
顎を外し、自分の体の数倍もの大きさに広げる為だ。
そして、そのために攻撃の瞬間には敵を見失う。
「うぉりゃー!」
不本意ながら破壊僧侶とも呼ばれたメイシャだ。
そんな隙を見逃すはずもない。
銀賢星を構え、大口を開けた顎をぶちのめそうと、大きく力を溜める。
だが、
回避したのはただの勘だ。
蛇の口が到達する前、ほんの数秒。
曲がりなりにもアロウたちと共に危険をくぐり抜けてきた勘が訴える。
なにか、やばい。
すぐさまに全力で回避をはかる。
僅かに逃げ遅れ、銀賢星の先端が大蛇に触れる。
「あぎっ!」
大質量の突進。
僅かに触れただけでも、かなりの衝撃がある。
前に逃げるメイシャに後ろに引っ張られるメイス。
右肩の骨が外れた様だ。
だが、それだけではない。
僅かにかすっただけだったが、銀賢星の先が溶けてしまっている。
あの紫のもやには、強い腐食効果があるらしい。
もしあのまま迎撃していたかと思うとぞっとする。
「ほれほれ、オルムにだけ気を取られとるとおっ死ぬぞ。」
さらに追い打ちをかけるようにランデルの攻撃は続く。
大地系魔法・石門遁甲陣。
先程までの石柱や石剣をはやすだけの下位魔法ではない。
メイシャの足元からは、1m四方もある石柱が飛び出す。
ここまでは先程までと一緒だ。
メイシャは、外れた右肩を強引に戻し、治癒魔法をかけながらひらりと身をかわす。
「ほれ。」
ランデルの右手が怪しい動きをする。
中指と人差し指をすっと左へ払う。
─ごしゃ。
石柱の壁から、さらに石柱が飛び出す。
スタミナを温存するために、ギリギリで避けていたことが仇となった。
分岐した石柱をかわせず、濁った音をたててメイシャに衝突する。
「くぅ、なんのこれしきー!」
だが立ち上がるメイシャに石柱の嵐は止まない。
地から生える石柱。
避けた先には分岐した石柱。
無論、先程避けた石柱からもさらに分岐が続く。
「がっ、ぐぅぅ。」
無限に続く石柱の嵐。
石剣のようにすぐさまに傷を負うわけではないが、数トンもの質量の衝突だ。
魔法で強化しているとはいえ、ダメージは容赦なく体力を奪う。
「ほっほっほ。よい血化粧じゃ。馬子にも衣装じゃな。だが、大事なものを忘れとらんか?」
ランデルの言葉に背筋が寒くなる。
そうだ。
この場にはもう一匹の敵がいた。
「ジャァァァっ!」
石の密林を砕きながら、大蛇が身を踊らせる。
メイシャも大蛇に対処しようとするが、その間にも石柱の攻撃は続いている。
「ほっほっほ。これで積みじゃ。」
ランデルは勝利を確信した。
数秒後には、大蛇に飲まれるか、石柱に圧殺されているはず。
そう信じて疑わない。
─ピシリ
その時、突然に空気が変わった。
石柱は脆く崩れ、大蛇は動きを止める。
「な、なんじゃ?」
ランデルがうろたえるのも無理はない。
奥の手の一つである大蛇が、まるで、蛇に睨まれたカエルのように、大蛇が動けなくなっているのだ。
「あーあ、しーらない。」
崩れた石柱による土埃の向こうから現れたのは、先ほどと変わらぬ小娘。
だが、姿形は変わらぬのに、なぜかソレを同じものだと感じられなかった。
「ごめんね。」
メイシャは大蛇に一言謝り、ひと飛びに首元まで跳躍し、眼前を覆うほどの太さを持つオロチの首を握りつぶした。
「な、なにーっ!」
ランデルが驚愕する。
常識的にも、物理的にも、また、魔法的にもありえない。
たかが十数年しか生きていないような人間の小娘が、召喚魔物の中でも上位に位置する“世に根を張る黒岩大蛇”を倒すとは。
数メートルにも及ぶ首を、小さな小娘の手で握りつぶすとは。
そして、実体が崩れ魔力のもやに帰る大蛇を、人間の身で取り込んでいくとは。
「き、き、き、貴様は!貴様はいったいなんなんじゃー!」
両手をめいいっぱいに突き出し、無数の石柱をメイシャにぶつける。
だが、それがメイシャに届くことはない。
「火炎系魔法・火壁」
メイシャが呟いたそれは、最も簡単な魔法壁。
しかし、その純度は下位魔法のそれではなかった。
いかに火が土に強いとはいえ、いかに謎の力で脆くなっているとはいえ、高位魔法の石柱が触れた瞬間に溶けるほどの火力を持っていた。
火壁の向こうで、燃える炎よりも紅く、二つの瞳が怪しく輝く。
「その目は、その目はぁぁ!」
狼狽するランデルを睨みつけ、メイシャは思い切り銀賢星を振りかぶる。
「こんのぉー、ばかぁー!」
1度だけすっと閉じられた瞳は、蒼輝石のように輝く普段通りの青だった。
銀賢星を振り切り、地面を砕いた散弾がランデルを叩きつける。
「ぐぎゃー。」
石礫を叩きつけられたランデルは、その場に伸びてしまったが、怒り心頭のメイシャの追撃はやまない。
「おらぁ、ちょこちょこいやらしい攻撃ばっかりしやがってぇ!」
ゲシッゲシッと、地に伏せるランデルを、メイシャは容赦なく踏みつける。
「ひぃぃ、年寄りはいたわらんかぁ。」
あまりの熱中ぶりに、異空間から戻ってきたことに気づいたのは、しばらく経ってからだった。




