第六章)立ちはだかる壁 もう一人のフラウ
■vsロゼリア=フランベルジュ⑨
「そこまでよ。リオハザード、それにロゼリア。」
蹲るフラウの向こうに現れたのは、紛れもなくもう一人のフラウだった。
「えっ?そんな、うそでしょ?」
目を疑う。
瓜二つ、どころではない。
姿、声質、性格も含め、完全に同一人物だ。
勇者パーティの魔法使い、フラウ。
ノスマルク冒険者学校の生徒、フレイヤ。
そして、ロゼリア導師。
この三人は同一人物だと考えていたが、まさかもう一人いたとは。
だが、問題はそこじゃない。
彼女の衣装だ。
胸元をはだけさせたコート。
彼女の体躯のせいもあるが、ゆったりと作られているソレは、まるで魔法使いのローブのようにその幼い体を包む。
しかし、そんなはずはない。
アレは、人間が、勇者パーティの魔法使いが身にまとっていいものじゃない。
僕の知るソレとは異なり、色こそ漆黒に染まっている。
だが、アレは…
「魔王のコート…。」
呆気に取られる僕を見て、フラウは、ニヤリと口角を上げる。
「驚いてもらえたようね、リオハザード。それに、やはりこの姿に見覚えがあるというなら、閉会式に見たあの貴族は魔王のひとりだったみたいね。」
三龍祭の閉会式、あの夜に僕はロゼリア導師とビルスに出会った。
「それに魔王のコートだなんて。“暗星の神衣”と言って欲しいものだわ。」
古い言葉で新月を意味するその衣は、月明かりさえない夜闇のように、冷たく、暗く脈動する。
眼前のその身は幼くとも、四大国においてでさえ最強と言われる魔法大国、その頂点に立つ宮廷魔導師。
王族などを除けば、人間の中でも最も権勢を誇るロゼリア導師としての顔をもつ彼女が、なぜ、このコートを身にまとっているのか。
「…フ、フラウ様…。」
倒れているフラウが、もう一人のフラウを見る。
「つまり、そっちが本物ってことなの?」
現れたフラウの方を見て睨む。
今まで死闘とも言える戦いをしてきたフラウは偽物、影武者だったのか。
満身創痍とは言わないが、はっきり言ってこちらの体力はギリギリだ。
「ふふ、悪いわね、リオハザード。でも、偽物という訳でもないわ。」
ロゼリアも呼ばれた方のフラウは、よろよろと立ち上がるとその姿を炎へと変える。
そして、火球となってフラウへと吸い込まれる。
「つまり分身。こうして一つになれば記憶も統合される。ロゼリアの正体はフラウで間違いないわ。」
そう言いながら、右手に大きな火球を作る。
その密度は異常だ。
もしこれが炸裂したら、およそ視界に入る範囲全てが火の海となるだろう。
「ふふ、心配しないで。これはそういうのじゃないから。」
フラウは、まるで綿毛でも飛ばすかのようにふっと息を吹きかけ、火球を手放す。
ごぉっ、と火柱がたった後、女性の姿が現れる。
スラリとした長身。
姿を覆うはずのローブの上からでさえ分かる、豊かな双丘に括れた腰。
腰にまで達するスリットからは、白磁のように美しい肌の足が見える。
肩幅を上回るほどの巨大な三角帽子からは、流れるような銀髪がたなびく。
この姿を見るのは二度目になるが、間違いない。
ノスマルク帝国最強の魔導師、ロゼリア導師だ。
「改めて紹介するわ。この子は、私の配下で、火滅聖・ロゼリア。さきほど言った通り、私の分身よ。」
ロゼリアは、ローブの裾を持ち上げ優雅に礼をとる。
「失礼しました、リオハザード。勇者パーティの魔法使いだった頃の力で挑むため。かつてあなたと戦った人間フラウとして、ケジメを付けるために、フラウ様の代理として挑ませてもらいました。」
「いや、個体として別だとしても、フラウでもあるんでしょ?なら僕の方は良いよ。」
意識レベルで同一なら、先程まで戦ったのは、間違いなくフラウ。
それで良かった。
それよりも、気にしなければいけないことがある。
「で、なぜ、あなたがそのコートを。」
“暗星の神衣”と言ったか。
色こそ違えど、まぎれもなくそれは、『紅』の魔王、そして、『血獣』の魔王・ビルスの着ていたものも同じ。
つまり、それの意味するところは…。
「答えのわかっている質問をするのは、魔法使いとしてどうなのかしら。あなたの推測通りよ。今の私は、『黒薔薇』の魔王。人間達のいう小魔王のひとり。」
フラウはニヤリとわらい、そう、高らかに宣言した。
「小魔王…。」
思わず呟く。
これまで、小魔王とは、かつての魔物や魔族の突然変異だと考えられていた。
そして、ビルスの情報から、理由はわからないが、その力は魔族を敵視する『神』が与えたものだとわかっている。
しかし、魔人化しているとはいえ、人間を魔王に進化させるとは。
「フラウ。なぜ君が小魔王となったのか、教えてくれない?今の君なら、僕達の目的も察がついているはずだ。」
ビルスが言うには、小魔王の力を与えたのは『神』であるはずだ。
かつての勇者パーティでもあるフラウなら、もう少し詳しい事情を知っているかもしれない。
「いいでしょう。でもその前に、隔離したあなたのパーティを呼び戻します。説明は一回で済ませたいですしね。」
そういうが早いか、複雑な呪文と魔方陣を展開する。
恐らくは古代語を基本ときた高位魔法。
その展開速度は、先程までのロザリアとは比べ物にならない。
「解き放て、封印魔法・解呪。」
風景が歪む。
この場所も充分に荒地と読んで差し支えないが、また趣の違う荒野の様子が浮かび上がる。
そして、リリィロッシュたちの姿を残し、荒野の風景は姿を消す。
しかし、なにか様子がおかしい。
「リリィロッシュ。今の気持ち、忘れてはいけませんよ。」
「はっ、ありがとうございます、ウォルティシア様。」
「おらぁ、ちょこちょこいやらしい攻撃ばっかりしやがってぇ!」
「ひぃぃ、年寄りはいたわらんかぁ。」
「…離せよ。」
「うふ。ラケイン様と結婚できるまでこの腕は離しませんわ。」
…どうしてこうなった?




