第六章)立ちはだかる壁 仲間
久しぶりの更新になってしまいました。
最近時間が取れぬです(´・ω・`)
■vsロゼリア=フランベルジュ⑧
─ガシャっ、ガシャっ、
白骨の剣士が步を進める。
錆び付いた槍を持つ戦士が、カタカタと軋んだ笑い声をあげる。
眼前の視界を埋める白き兵達は、主の命を受け、ゆっくりと前進する。
召喚魔法。
自らの魔力を生贄として、遠く離れた地の物質や生物を呼び出す魔法。
また、その派生として、消費した魔力を元に、使い魔となる魔物を生み出すことも出来る。
高位魔族が配下の魔物を生み出すこととは違い、術によって姿を固定された“その形をしているだけの擬似生命”である為、召喚した魔物には知性はないが、錬成に要する時間や消費魔力は圧倒的に少ない。
無数の骸骨兵。
今回、ウォルティシアが呼び出したのがそれだ。
Cランクの魔物とはいえ、数百体もの魔物を召喚するとは、恐るべき技量と魔力量だ。
さらに、
─パチン。
ウォルティシアが指を鳴らす。
風になびく垂れ布のように佇んでいた骸骨に、変化が起きる。
─捧げよ
暗き窩に過ぎぬ瞳に知性の火が灯る。
─捧げよ
喉も肺も持たぬ口から咆哮が唸る。
─捧げよ
感情を持たぬ相貌に使命という意志が宿る。
これが、“堕天”の力。
配下にある魔物の力を一段階上げる異能。
魔法ではなく、ウォルティシア自身に宿る能力だ。
もはや、スケルトンはただの雑兵ではない。
神を守護する騎士となって、リリィロッシュへ襲いかかる。
「はあぁぁっ!」
シルバーテイルを振るい、スケルトンを一体、また一体と、塵に変えていく。
リリィロッシュの剣術は、同じ大剣使いといえど、ラケインやリュオのものとは、大きく性質が異なる。
ゆるく弧を描き、先端が重たくなるように作られているシルバーテイルを、手首を支点として切り返しているのだ。
斬撃のパワーは質量に任せ、手首の返しや腕のしなりを利用することで、縦横無尽にその刃を振り回している。
その動きは、剣術というより舞と言った方が近い。
100年以上も昔、親友といえた騎士から学び、研鑽してきた。
しかし、今、その動きは精彩がない。
「くぅっ!」
リリィロッシュは、狐月大刀を片手で振るいながら、己の左手を確認する。
─風弾!
密かに念じるが、やはり魔法は発動しない。
自身の魔力の流れも確認してみるが、特に異常はない。
発狂しそうになる。
これまで、魔法に頼らず大剣での戦い方を続けてきた。
だが、使わない事と使えない事では、意味が大きく異なる。
あって当たり前のもの。
魔法を使えないものにしてみれば、両の腕を失うに等しい。
それを失う恐怖は、リリィロッシュの心を確実に蝕んでいく。
それでもリリィロッシュは、恐るべきスピードでスケルトンを魔力のチリへと返していっている。
しかし、数が多すぎる。
奥を見れば、ウォルティシアは、不敵に笑いながら、指先で宙に陣を描き、スケルトンを補充している。
無限に湧いてでる敵。
魔法が使えない今、これではこちらの体力切れになるのは、時間の問題だ。
「名も知らぬ騎士よ。いつまでその娘達をかばうのです?魔法を奪われ、剣一つでいつまでも持つわけはないのですよ?」
ウォルティシアは、薄く笑う。
彼女にとって、これは戦いではない。
出来の悪い子どもを躾ているだけなのだ。
「うるさい!あなたには関係ない!」
リリィロッシュがシルバーテイルを薙ぎ払う。
「名も知らぬ騎士よ。魔王のままごとに感化されたか?お前はなんなのだ?」
ウォルティシアが優しく問いかける。
「魔王様を愚弄する気か!私は魔王様に仕える騎士だ!」
薙ぎ払った勢いをそのままに、手首を返して振り抜く方向を変える。
「名も知らぬ騎士よ。今の魔王に仕えなんになる。お前は魔族で、そやつらは人間。相容れぬ存在であろう?」
ウォルティシアが手を差し伸べる。
「…だまれ!私は、この子達を守る!」
シルバーテイルは、大きく弧を描き、再び上段から振り落とされる。
「名も知らぬ騎士よ。思い出せ、高潔なる魔族の魂を。思い出せ、荒れ果てた故郷を。」
その手は、差し伸べられたまま。
美しい指先は、迷い子がその手を取るのを待っている。
「…だまれ…だまれ…」
もはや、舞のような剣技は見る影もない。
ただ、がむしゃらにシルバーテイルを振るうのみだ。
─ガランっ
遂に物量に押し負け、シルバーテイルを弾かれる。
たが、リリィロッシュは、その剣を手に取ろうとはしない。
息も荒く、虚ろにウォルティシアを見つめるのみだ。
スケルトンも追撃することは無い。
静寂。
スケルトンは、いや、ウォルティシアは、リリィロッシュの答えをただ待っている。
「烈風系魔法・風弾!!」
その時だった。
リリィロッシュも、ウォルティシアでさえも予期せぬ魔法がスケルトンを襲う。
巨大な、風弾としては規格外に巨大な魔法。
風の渦の目に当たる部分でリリィロッシュを避けながら、スケルトンの群れを吹き飛ばしていく。
魔力弾。
数ある魔法の中で、最も簡単な魔法。
威力も小さいが、少ない魔力で遠距離攻撃を可能とする初級魔法だ。
とはいえ、ただ魔力を垂れ流しにするのではなく、術式としてきちんと発現するさせるには、相応の知識と修練を必要とする。
リリィロッシュは、魔法を封じられている。
もちろんウォルティシアではない。
だとしたら一体、誰が。
その答えは、リリィの後ろにあった。
「はぁ、はぁ…ヘ、ヘリハ…。」
ペルシだ。
ペルシは、魔力感知能力の天才だった。
恐ろしいことに、リリィロッシュの体内に流れる魔力をみて、見よう見まねで魔法を再現させたのだ。
しかも、
「姉さん、ちょっと武器借りたっス。」
メインが冷や汗を流しながらも、ニヤリと笑いながらリリィロッシュに謝罪する。
ペルシの足元を見ると、そこにはリリィロッシュの左小手にあったはずの精霊の羽根が配置されていた。
メインが得意技で拝借したのだ。
「姉さん、うちらにはまだ事情が見えてこないんだけど、あんまり難しく考えないでよ。魔族だ人間だじゃなくてさ、姉さんは姉さん。うちら、仲間じゃん。」
メインが固くなりながらパチリと片目を閉じる。
雑兵であるスケルトンでさえCランク。
本来なら軍の一部隊がやっとなんとか出来るレベルなのだ。
素人が手を出していい相手ではない。
仲間。
リリィロッシュの辞書にその言葉は存在しなかった。
自分は魔王様の騎士であり、魔族。
それ以外の人物を定義する言葉は敵だけだったのだ。
「リリィロッシュサン、トモダチ、デス。」
ペルシもぎこちなく笑う。
正しく組み上げた訳でない魔法を使った反動か、魔力酔いで具合が悪くなっているようだが、それを表に出さないようにして精一杯の笑顔を作っている。
戦っているのだ。
守らなければならないか弱い存在だと思っていた姉妹。
事実、その実力は遥かに低く、ウォルティシアどころか、スケルトンの一体にさえ遠く及ばない。
だが、自分が守っているのと同様に、自分もまた、彼女たちに守られていたのだ。
これが、仲間、なのだ。
その様子を見ていたウォルティシアが口を開く。
「…取るに足らぬと思っていましたが。なるほど、精神の強さ。これが、人間の力ですね。」
メインたちを見つめる。
スケルトンを打ち砕かれ、怒っているかと思えたが、意外にもその瞳は穏やかなものだった。
「今一度聞きましょう。名も知らぬ騎士よ。お前はなんなのだ?」
ウォルティシアは問う。
「…名も知らぬと言うなら覚えておきなさい、ウォルティシアよ。私の名はリリィロッシュ。『反逆者』のリリィロッシュだ!」
足元に落ちていたシルバーテイルを構え、そう答えたリリィロッシュの瞳には、もう迷いはなかった。
声高らかに狐月大刀を掲げる。
鋭い眼差しが、キラリとウォルティシアを見つめる。
もうそこにいたのは、数秒前までの“名も知らぬ騎士”などではない。
魔族でも、魔王の配下でもない。
闇騎士、リリィロッシュだった。
「リリィロッシュ。重ねて聞きます。魔族であるあなたは、私が“堕天”だと知った上で、その人間共を庇うのですね?」
ウォルティシアは、穏やかな眼差しのまま、リリィロッシュに問いかける。
その問いは、今までの心を揺さぶるようなものでは無い。
母親が、巣立つわが子の意思を確認するかのように慈愛に満ちたものだった。
「えぇ、ウォルティシア。たとえあなたに敵わなくとも、仲間を見捨てるという選択肢は私にはありません。」
リリィロッシュもまた、その問いがこれまでのものと違う意図があることに気づいている。
シルバーテイルを構え、闘志を剥き出しにして答えるが、その表情は決意に燃え、涼やかなものだった。
「いいでしょう、リリィロッシュ。あなたの意思に免じて、その人間たちも見逃しましょう。ただし、フラウ様達の決着が着くまではこの空間にいてもらいますよ。」
ウォルティシアはそう言うと、くるりと指を回す。
僅かに残っていたスケルトン達が塵へ帰る。
そして、ウォルティシアの姿もまた、空間に溶け込むようにして消えた。
「リリィロッシュサン!」
ペルシが駆けつける。
少し遅れてメインが駆け寄り、ペルシ諸共リリィロッシュに抱きつく。
「怖かったっス、怖かったっスー!あの女の人マジやばかったっスー!」
「メイン、ペルシ。ありがとう。あなた達のおかげで、私は今の私を知ることが出来た。種族など関係ない。私はあなた達が好きなんだ。」
「リリィロッシュさん…。」
リリィロッシュの歯に衣着せぬ言葉に、姉妹は顔を赤くするのだった。




