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第一章)元魔王の復活 闇の少女

■アロウ=デアクリフ④


 父さんの背中を見送り、ようやく頭が冷えてきた。


 あれは、影魔(ウォーシャドー)

Cランクの魔物で、魔王軍では、前線部隊の尖兵として扱っていた、知恵のない魔物だったはずだ。

戦闘経験のない人間であれば、何人いようと問題にならない。

並みの戦士が数十人でかかってようやく、という強さだ。

父さ……、あの強さを見ていたら、逆に腹が立ってきた。

ヒゲの強さは尋常のものではない。

間違いなく、一線級の戦士だ。

 それにしてもおかしい。

間違いなくこんな小さな村に投入されるような魔物じゃない。

それが十体。

この過剰戦力には、どんな理由があるんだ?


 そんなことに思いをめぐらせていると、茂みからガサリと音がした。

火事の火の明かりからも陰になって、よく見えない。

ガサガサ。

警戒して腰を落とす。

そしてそいつは、現れた。

偽魔狼デミヴォルフ

Eランクの狼型の魔物だ。


 魔物とは、「魔なる動物」のことだ。

魔族同様、実体を持った魔力、という、半物質生命だが、家畜や動物同様、ただの獣に過ぎない。

ただし、こいつらは強者に従うという魔物の本能によって、魔族に従っているのだ。

Eランク。

スライムなどのほぼ無害な魔物を除き、最底辺の強さしか持たない魔物。

行動も能力も、ほとんどただの獣と変わりない。

魔王であった僕からすれば、敵と呼ぶに値しない、ただの虫けら。


……のはずだ。

なのに。

なんだ?

足がすくむ。

目があった瞬間から息ができない。

 なんだ?

相手はただの獣だぞ?

なのに、まるでドラゴンでも目の前にしたような威圧感。

そうか、これが、恐怖。

人と魔物には、これほどの存在の違いがあったのか。

ただ存在する。

それだけで魂が潰されそうになるほどの脅威。

これが、生物としての格なのか。


 デミヴォルフが吼える。

茂みから一足に飛び掛り、僕の頭を軽く超える高さにまで跳躍する。

大きく弧を描き、僕の頭を噛み砕こうとするが、すんでのところで、横へ転がり回避する。

しかし、足がもつれて無様に転げまわる。

なんとか四つん這いになって身体を起こそうとするが、言うことを聞かない。

僕は、完全に恐怖に飲まれていた。


 そのとき、右手が何かに触れる。

それは、母さんの指先だった。

いまだ、意識を取り戻さない母さん。

ヒゲは、先ほど何を言っていた?


──だからお前が、母さんを守ってやれ──


 目に気力の火がともる。

そうだ、お前は何だというのだ、アロウ。

お前は、ただの人間の幼子なのか?

そうじゃないだろ?

お前は、あの強さを持った、ヒゲの息子だ。

お前は、赤ん坊のときに何を思った?

母さんに恩を返すんだろう?

お前は、あの時何を感じていた?

お前は、あの勇者と渡り合った、魔王だったのだろう?

 デミヴォルフを正面から見据える。

もう、恐怖は感じない。

目の前にいるのは、ただの「敵」だ。


 デミヴォルフが再び跳躍する。

今度は、崩れた家に向かって跳び、斜めから襲い掛かる。

僕は、それを避け、両手に魔力を集めて魔法の行使の準備をする。

いくら気持ちが切り替わろうとも、今の身体は幼き人間のものなのだ。

魔力を高めるのにも時間がかかれば、その扱いも拙い。

身のこなしも、スピードも、デミヴォルフに比べれば、止まっているようなもの。

それでも、唯一、敵に勝るものがあるとすれば、それは、元魔王としての記憶だ。

くぐった修羅場や戦った強者の数は、こんな低位の魔物に比ぶべくもない。


 回避の行動をとりながらも魔力を高める。

この時には知らなかったが、そんな当たり前とも言えることができる魔法使いが、どれほど少ないことか。

 三度、デミヴォルフは跳躍する。

基本的には、攻撃パターンは、これしかないようだ。

しかし、ここでただ避けてしまっては、何も変わらない。

体力勝負では圧倒的に不利なのだ。


 横や後ろに逃げないのなら、前か。

瞬時に身体を前方に投げ出し、相手の着地地点よりも奥にもぐりこむ。

奇しくも、その体捌きは、ヒゲのものと酷似していた。

 両手の魔力に意識を割く。

魔力を操るすべこそあれど、いまだ満足に魔法を使えぬ身。

しかし、多少荒々しいが、ここには都合よく、ある精霊の力が集まっている。


「我、アロウ=デアクリフが命において、精霊に命ずる。我が命に答え、自然の理を歪ませたまえ。火炎系魔法フレイ炎槍ランスっ!」

 家が燃え、周囲は火の魔力が強まっている。

炎の力を利用して、魔法を発動したのだ。

瞬間、周囲の気温が下がったように思える。

火の精霊が、魔法の発動のために力を使ったのだ。


 虚空に突き出した掌の先から、三対の炎。

それは宙を走り、槍の形となってデミヴォルフを穿つ。

デミヴォルフは、断末魔の声を上げるまもなく、炎に包まれて消えた。




「やっ……た……」

 この姿になって、初めての実戦で行使する魔法に疲れたためだろうか。

それとも、自分の身にあまる強敵に打ち勝った安堵か。

または、燃える家の炎にでもまぎれていたのだろうか。

いずれにしても、迂闊。

その襲撃に全く気づけなかった。


「ぐあっ!」

 ドンっという衝撃。

突然のダメージに息ができない。

僕は、不意に訪れた衝撃によって、突き飛ばされていた。

グルグルと定まらない視界を、頭を振って落ち着かせようとする。


 目の前には爛々と燃える一対の獰猛な瞳。

デミヴォルフは、もう1匹いたのだ。

幸いなのは、跳躍の次の行動が噛み付きでなかったこと。

しかし、うめきながら視界を上げた次の光景は、もっと最悪だった。


「母さんっ!!」

 デミヴォルフは、あろうことか、突き飛ばした僕ではなく、意識を失っている母さんへと噛み付こうとしていた。


「うぅぅう、おぉぉぉぉぉぉっっ!! やめろぉぉぉぉぉぉっっ!!!」

 気づかず、それを放つ。

それは、かつて奥の手としてきた吐息攻撃ブレス

ありあまる魔力と視認すらできる明確な殺意を上乗せした対軍攻撃。

 しかし、並みの魔族以下しかない魔力では、それだけの威力はもてなかった。

それでも、直撃したデミヴォルフは、母さんから吹き飛ばされる。

たいしたダメージにもならなかったのだろう。

すぐさまに起き上がると、今度はこちらに向けて突進してくる。


 立ち上がらなければ。

立ち向かわなければ。

次の攻撃は耐えられない。

僕がやられてしまったら、誰が母さんを守るんだ!

ヒゲと約束したじゃないか!!


 そう自分を叱咤するも、現実は残酷。

腹に力をいれれば、激痛で吐瀉物がこみ上げ、脚に力を込めれば、膝が笑い腰が砕ける。

 せめて、逃げない、目をそらすまい。

噛み砕かれるその一瞬まで、最期の時まで戦う!

そう、覚悟を決めたそのとき、


「──ご無事ですか?魔王様」

デミヴォルフを消し飛ばし、その黒衣の少女は、姿を現した。


 人間によく似た姿をしているが、髪からわずかに見える二本の角と、背面にある蝙蝠のような翼は、彼女が魔族であることを示していた。

「ご無事ですか?魔王様」

再びそう言って、少女は目の前に膝を突いた。


「此度は、我が不明により魔王様の御身を危険にさらしてしまい、申し訳ございません。この失態、いかなる罰をも受ける所存です」

 ボロボロの黒衣。

その下に着ける軽鎧もヒビだらけ。

察するに、この村に現れた過剰ともいえる戦力は、彼女の討伐に向けられたものだったのだろう。

魔族が魔族に対して追っ手を?

一瞬、魔族の中にもいるならず者の類かとも思ったが、今は伏せられているが、その瞳に宿る意志の強さを感じ、その考えを捨てた。

 褐色の肌と漆細工のように艶のある黒髪は、腰の辺りにまである。

背景の炎とのコントラストも相まって、その姿は、夜の闇から生まれたようだった。


 いや、そんなことより、

「僕が魔王だとわかるのか?」

そう、今のこの身は、ただの人間の子供だ。

幾分、魔力の修行をしたとしても、それは変わらない。

どれほど低位の魔族だとしても、それを歯牙にかけるようなものは、ないほどだ。


「はっ、恐れながら、先ほどの吐息攻撃ブレス。竜種以外にあの攻撃を使えるものが、魔王様だという、なによりもの証拠と愚考いたしました」

 そうか。

ならば、今は彼女にすがるしかない。

恥も外聞も、そんなものは、あの魔王城に置いてきたのだ。


「すまないが、今は見てのとおりの身だ。恩賞も名誉も与えることはできないが、それでもなお、僕を魔王と思ってくれるのなら、此度だけは命に従って欲しい。……あの魔物たちを退け、この村を救ってくれ!」

「御意に。魔王様に拝命を授かることこそ、我が褒美、我が名誉です」

 そう聞こえたかと思うと、少女は、村の中心へと駆け出し、それを見届けた途端、意識は闇の中へと吸い込まれた。


─問おう。あなたがわたしのマスターか。─


本編を書いてる時にはこのシーンが頭から離れませんでした。

謎の魔族の少女。

彼女の活躍を応援してください。

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