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第六章)立ちはだかる壁 炎の魔女

■vsロゼリア=フランベルジュ⑥


 眼前の少女は、16年前と同じ姿で紅き衣(ロゼ・クライト)を身に纏う。

その名は、フラウ=クリムゾンローズ。

人類最強の魔導師。

魔王であった以前ならばともかく、人の身となった今、その魔力に圧倒されてしまう。


「『炎刃剣(フランベルジュ)』。」

 バラの花弁が一枚散ったかと思うと、それは、炎の刃となって襲いかかる。

それは魔法ではない。

その身から溢れる魔力を「魔法」という型にはめず、そのまま炎へと転換させる神秘。

 そもそも、『紅帝(ロゼ・クライト)』とは、炎を身にまとってはいるが、守護系(エンチャント)魔法ではない。

内包する魔力を直接書き換え、擬似的な精霊と化す固有術式(オリジナルスペル)

故に、練り上げた魔力は、術者のイメージ通りに、僅かなロスさえなく発現することが出来る。

 右手を差し出せば炎の剣が放たれ、左手をかざせば炎の壁が身を守る。

精霊を召喚したり、その力を借りる魔法は数あれど、精霊そのものへと変身する魔法など、他に類を見ない。


 炎剣が舞い踊る。

勇者との戦いを思い起こし、咄嗟に魔法の構築を開始する。

「そびえたつ氷柱、汝の名は氷龍!荒れくるう烈風、汝の名は風牙!大いなるその名は氷風龍牙!荒れ狂え!氷雪系魔法(フリージング)白龍氷棘(コキュートス)っ!」


 獰猛な白き龍の(アギト)が炎の剣を飲み込む。

しかし炎氷の勢いは止まらず、龍の頭は吹き飛び、激しく燃えだした。


「うおぉぉぉっ!」

 頭のなくなった龍に、さらに魔力を送り込み、胴体ごと炎剣に喰らわせる(・・・・・)


 『紅帝(ロゼ・クライト)』の炎刃剣(フランベルジュ)

それは、舞落ちた花弁の一片にして、超圧縮された炎化された魔力の塊。

受ければ氷すら燃やし、避けたとしても炸裂して大火を放つ。

防御不能。

回避不可。

防ぐ手段は、同量以上の魔法での迎撃のみ。


 長文詠唱を必要とする第三領域の高位魔法。

それを一頭まるごと喰わせてようやく消し止めることができた。

だと言うのに、


「ふふ、無駄な抵抗、ご苦労様。」

 それは、正しく一片の花弁でしかない。

差し出す右手。

そこに舞い落ちる三片の炎。

「くぅっそぉぉぉっ!」

 三つの花弁が、襲いかかる。

流石にこれの迎撃は無理だ。

風の守護系魔法エンチャントスペルで加速し、炎の剣を振り切る。

だが、それだけでは足りない。

すぐ後ろで、炎の剣が炸裂し、豪炎を生み出す。


防御魔法(プロテクト)耐熱障壁(サーモシェル)!」

 風の守護で少しでも遠くへ。

防御壁で少しでも熱を防ぐ。

だが、まだ足りない。

「ぐぅっ!」

─ドンっ

 全身に衝撃が走る。

余波だけで、数メートルの距離を吹き飛ばされ、石がごろつく荒地の上を、鞠のように転がる。

焦げ臭い匂いが立ち込める。

服が、髪が焼け焦げているが、あれだけの攻撃に、まだ体が無事でいる奇跡を喜びたい。


「ふふ、流石ですね。」

 フラウがふわりと炎の衣をひるがえし、目の前に降り立つ。

「あのままただ逃げていれば、『炎刃剣(フランベルジュ)』の炎に焼かれていたはず。それを、炎の炸裂する瞬間に合わせて、自らの障壁を炸裂(バースト)させ、火炎を押し返すとは。」

流石にフラウには、こちらのやっている事は丸わかりだったようだ。


「まったく、人の身になってみると、ほんとにやっかいな術だよ。精霊化なんて大技、魔族ですらめったに見ないのに。で、いったいいつまで、この茶番を続けるんだい?」

 僕の言葉に、フラウが目を見開く。

「どういう事よ?」

身に纏う炎さえぬるいと言わんばかりの熱量を込めた瞳で睨みつける。

「どうもこうも、キミ、殺る気(・・・)ないだろ?」


 フラウの攻撃は凄まじかった。

炎刃剣(フランベルジュ)』はもちろん、先程のフレイヤの火球でさえ、直撃どころかかすりさえしても黒焦げは間違いない威力だった。

 だが、それだけだ。

もし、本気で殺そうとするのなら、もっとやりようはあったはずだ。

幻術の攻略に苦戦する中の奇襲。

空からの火球に合わせて、地を這う範囲魔法。

炎剣にしても単発ではなく、全方位からの一斉攻撃でもされればかわしようもない。

 その攻撃には、必殺の威力は込められていたし、闘志も殺意もあった。

だが、必殺の執念だけが欠けていた。

つまり、今こうして僕が生きている、そのことが何よりもの証拠だった。


「そろそろ教えてよ。勇者パーティの魔法使いが魔王にこだわる理由を。」

 息を整えながら、フラウの瞳を真っ直ぐに見つめる。

その瞳に見えるのは、炎だった。

その炎には見覚えがある。

怒りの炎?違う。

闘志の炎?違う。

復讐の炎?違う。

あれはたしか、魔王軍の将兵たちにみた、憧憬、期待、希望。

「フラウ、キミは、いったい僕に何を期待しているんだ?」


「はは、はっははははは。」

 突然、弾けたようにフラウが笑う。

その哄笑は狂気じみて、幼い容姿のフラウとのギャップがさらにそれを際立たせる。


「はぁ、おかしい。まさかこれだけの時間で心を読まれるなんてね。しかも、ここまでやったのに、期待だなんて。ほんとにあなたは魔王なのね。」

 落ち着きを取り戻したその顔は、笑いとともに狂気が抜け落ちたかのように、穏やかなものになっていた。

「そうね、少し、昔話をしようかしら。」




 フラウは、現在のノスマルク帝国北東部、ウーレイ大山脈の麓にある街で、中位の貴族として生まれた。

辺境の雄。

両親はその地位から脱しようと、各地を飛び回り、人脈作りのために駆け回り、ほとんど屋敷には寄り付かなかった。

 屋敷にいるのは、乳母と使用人と家庭教師の3人だけ。

それでも、乳母達の愛情を受け、寂しくはなかった。


 だが、数年後、村の子供たちの会話を聞いて心を乱す。

「フラウ様は、ご両親に捨てられたのよ。」

フラウの両親が各地へ飛び回っていることを指した、たわいもない子供の揶揄。

だが、幼かったフラウの心には、耐え難い爪痕を残した。


 それからというもの、両親が帰ってくると、フラウのお願いごとが多くなった。

私も連れて行って、もっと家にいて、と。

しかし、両親にとって、娘への愛情はあったが、それは、家の地位向上に比べれば些細なことだったのだ。

それまでは月に1度は帰ってきていた両親は、次第に二月、半年、一年と、出向の期間は長くなっていった。


 時は重なり、ある時、フラウは自分に魔法の才能があることが分かる。

両親は帰ってこない。

だが、自分がいい子にしていれば、自分に有用性があるとわかれば、両親はきっと帰ってくる。

幼いフラウは、そう信じて勉学に励んだ。


 フラウにして見れば、真面目に勉強をしていただけなのだ。

だが、それは常識では考えられないレベルだった。

雇われた家庭教師が教えられることなど、半年もたたずに終えてしまった。

つてで高位の魔法使いを雇うが、それも一年と、もたなかった。

 屋敷にひきこもり、都会からわけも分からない本や道具を大量に取り寄せ、多くの人が雇われては狂ったようにして辞めていく。

事情を知らない村の者達は言う。

フラウ様は気が違ったのだと。

そうして、その話を鵜呑みにした両親は、屋敷へはまったく戻らなくなった。


 そうして、何年かの月日が経つ。

ある日、ふと気づく。

自身の身体が、まったく成長していないことを。

歳は16になったはずだ。

だが、自分の着ている服は、まだ幼いままだったのだ。

 愛情深かった、使用人や乳母達は何も言わなかった。

村へ出ることもない主が、子供の姿のまま成長を止めてしまったとしても、それは、関係の無いことだったからだ。


 それは受け入れられることではなかった。

成長が止まる。

都の学者ですら舌をまく知識が教える。

魔法使いにとってそれは、人間という種からの進化。

多くの魔法使いが目指してやまない、不老長寿長寿の秘法。

 だが、言い換えればそれは、人間でなく化け物になったということだった。

フラウの目標は、魔法使いとしての大成ではない。

両親に迎えに来てもらうことだったからだ。


 そして、フラウは村を出た。

人間に戻る、その方法を探すために。

 世界中で様々な機関に招かれた。

ある時は凶暴な精霊を封印し、ある時は神代の時代の魂を召喚した。

そして、数十人もの学者が何年も研究してきた術を、数日で完成させる。

 あらゆる技をまたたく間に吸収して完結おわらせる。

フラウに関わった者達は、その多くが己の才能に絶望し、野に下る。

 両親に愛されたい。

幼い少女の、ありふれた願いは、多くの人間を絶望させ、少女をより孤独にさせただけだった。


 数年後、ある研究機関に居を構えていたフラウに刺客が送られた。

この頃になると、フラウの才を逆恨みした者達による襲撃が頻繁にあった。

既に魔法の深奥を極めつつあったフラウにとって、刺客など藪蚊と変わらぬ存在だった。

 フラウはいつも通り、刺客を倒し、幻術で依頼主の元へ案内させ、召喚した魔物に依頼主を連れてこさせた。


 それは、落ちぶれた両親の姿だった。

屋敷を離れたあと、不幸が重なり、実家は没落していた。

闇商人となっていた両親は、ある貴族と取引をしていたが、フラウの研究によってその取引が潰されたらしい。


 フラウは心を乱された。

会いたかった両親。

例え人の道に外れたとしても、ほかの何にも変え難い肉親なのだ。

その両親に迷惑をかけてしまった。

幸い、研究の副産物として、金には困っていない。

フラウは、両親の手を取ろうとした。

だが、


「ひぃぃ、お許しください、炎の魔女様ぁ。」

 炎の魔女。

そう呼ばれていることは知っていた。

だが、そんなことはどうでもいい。

両親は、フラウのことが分からなかったのだ。

いくら、見かけの年齢が幼いといえども。

いや、だからこそ、その姿は、彼らが知っているフラウのものだったはずなのに。


 その日、町が一つ消えた。

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