表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/207

第六章)立ちはだかる壁 水妖聖・ウォルティシア

■vsロゼリア=フランベルジュ⑤


「はぁ、はぁ、」

 胸が焼け付く。


「はぁ、はぁ、」

 胸が空気を欲しがるが、それに呼吸が追いついていない。


「はぁ、はぁ、」

 こんな、こんなのはありえない。

襲いかかる白刃を、狐月大刀(シルバーテイル)で切り払う。

背後から迫る枯れ枝のような手を魔法で弾こうとするが、何故か魔法が発動しない。


「くぅ、うあぁぁ!」

 一瞬の遅れに相手の接近を許すが、シルバーテイルで胴体ごと吹き飛ばす。

ガラガラと白い欠片が舞い散る。

しかし、そのすぐそばから新手が襲いかかる。


 リリィロッシュが転移した先に現れたのは、視界一面を覆う骸骨兵(スケルトン)の群れ。

そして、小高くなっている丘から見下ろす、統率者とおぼしき人影。


烈風系魔法(ウィンド)風刃(カッター)!」

 先ほどと同じだ。

左手を突き出し、風の魔法を放とうとするが、その指先から魔法が放たれることはなかった。


 その元凶は分かっている。

どのようにしているのかは知らない。

また、そんな事が出来るとも聞いたことはない。

だが、こんな異常事態が(・・・・・・・・)起こること自体が、彼女の仕業である何よりもの証拠だ。


「どうして、あなたが!」

 メイン達を後ろ手にかばいながら、はるか前方を睨む。

幾多のスケルトン達の向こうに立つ、恐るべき相手に対して。


「ふふ。私を知っているということは、あなたは魔族ですか。かの魔王に付き従う点を考えればおかしくはない、ですね。ですが、それならば私の前に立つことの無意味を知っているはずです。」


 その女性は美しかった。

生まれながらに男を惑わす、淫魔(サキュバス)であるリリィロッシュから見てでさえ、その美しさに勝る者を知らない。

いや、男を喜ばす(・・・・・)為の歪な美を持つサキュバスだからこそ、真の美を内包する彼女に強く惹き付けられた。

 その名を知っている。

その姿も見たことがある。

だが、彼女がこんな場所にいるはずはないのだ。


「…四天王、“堕天”ウォルティシア。」

 彼女の名を呼ぶ。

いまだ現実を受け止めきれない自身に問いかけるようにして。


 その名は絶望と同義だ。

高位魔族として生まれ、アロウと旅し鍛錬も続けたとはいえ、所詮は一魔族。

魔王軍の頂点に立つ四天王の前では、目の前に立つ有象無象(スケルトン)とさして変わりはない。


「ふふ、名も知らぬ騎士よ。今の私は“堕天”ではありません。水妖聖・ウォルティシアです。」


 ウォルティシア。

魔王軍四天王のひとりにして、最古の魔族。

その強大な魔力は歴代の魔王ですら敵わず魔界随一と噂される、旧魔王軍最強の魔法使い。


“魔剣”。

“断罪”。

“龍王”。

そして、“堕天”。


 魔族にとってその名は、ある意味、魔王よりも絶対的な意味を持つ。

世界の歪みによって生まれたイレギュラーが魔王であるなら、この四人は、世界の摂理によって選ばれたのだ。


 世界の摂理。

すなわち、弱肉強食。

魔族における四天王とは、“自らの力でその地位を勝ち得た絶対的暴君”なのだ。


「くっ…。」

 額を脂汗が流れる。

呼吸は浅く、口が乾く。

背筋は怖張り、指先が痺れる。

腰は引け、膝が笑い、意図せずともかかとがジリっと後ずさる。


 これが、恐怖。

リリィロッシュは、生まれて初めて、生を受けて200年近い年月の中で初めて、恐怖というものを知る。


 良くも悪くも、リリィロッシュは自棄とも言える戦いを繰り返してきた。

魔法を得手とするサキュバスに生まれてながら魔法を捨て、同族にあざけられながらも剣を学び、戦地においては誰よりも前に突出した。

人間族との長い戦い。

魔王軍からの逃亡。

そして、冒険者として生活する中でも、命の危険は数多くあった。

それでも、身を凍らせるほどの恐怖を感じたことは無かったのだ。


 それが、四天王という力。

どれほどの危険も、どれほどの困難も、「切り抜ければなんとかなる」という“希望”があるからこそ立ち向かえる。

しかし、四天王を前にしてソレ(・・)はありえない。

“絶望”という名の恐怖。

それが。

四天王という力。


「ふふふ、そう怯えないでください。名も知らぬ騎士よ。」

 ウォルティシアは歩く。

途端、それまで視界を埋め尽くすほどに群れていた骸骨兵(スケルトン)が、その視界に入れることさえおこがましいとばかりに、頭を下げ道を開ける。

大海を分かつかのようにしてできたその道を、優雅に、まるで歌劇の一場面でも見ているかのように軽やかに、一段、また一段と、荒野の石くれの上を歩く。


「同じ魔族のよしみです。そこの獣人(ビスティア)を差し出せば悪いようにはしませんよ。」

 くいっと指先を上げる。

スケルトンが武器を手に取り歩を進める。


「お待ちください、なぜ、この少女達を。あなたにとって見れば、このふたりなどなんの価値もないでしょう!」

 リリィロッシュは、左腕を広げ、背後の姉妹を守る。

だが、その様子を見て、ウォルティシアは、不思議そうに眉を上げる。

「なぜ?おかしなことを聞きますね。私は魔族で、その娘達は亜人とはいえヒト。滅ぼすのに理由がいりますか?」

白い指先を薄紅の口元に当て、思案げに尋ねた。


 その一言は、リリィロッシュの胸の底に溜まる汚泥のような感情を揺さぶった。

「それ、は…、」

 それは、あの日、船上でアロウに吐露した自身の矛盾。

自分は魔族だ。

なのに何故、人間と共にいるのだろう?

そして、そんな自分を心地よく感じてしまっている。

相手は、あの人間達なのに。


 リリィロッシュは、答えの出ないまま、シルバーテイルを構えなおす。

「ふっ、いいでしょう。あなたに興味が湧きました、名も知らぬ騎士よ。その蛮勇を絶望へと変えて差し上げます。」


 そうして、ウォルティシアはスケルトン達に合を送るべく、右手を振りかざした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ