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第六章)立ちはだかる壁 幕開け

■vsロゼリア=フランベルジュ④


 熱風が吹き荒れる。

風の守護系魔法(エンチャント)で速力を向上させてなんとか避けきるが、強力な火球の雨が降り注ぐ。


 フラウ、いや、今はフレイヤが持つ長大な魔杖から放たれる火球は、並の術者ならただの一発で魔力を使い果たしてしまうだろう威力を秘めている。

 魔弓・時喰み(ゼロ)を構える隙などない。

水晶姫(クリスタニア)を握り、今は逃げに徹する。


 この展開は、四校戦の準決勝と同じだ。

無論、偶然ではない、意図してそうしているのだろう。

ただ、違うのは、火球の雨の密度と威力が桁違いだということだ。


「ほら、ほら!ほらぁあ!ははは、どうしました?ほら、早く反撃して見せなさい!」


 フレイヤが高らかに笑う。

見た目には、ようやく子供から女性へと変わり始めたばかりと思える少女。

しかし、その笑みには、けして爽やかな無邪気さはない。

むしろ樹蜜(タール)のように、べったりとへばりつく妖艶さを纏っている。


 凄まじい密度の火球が降り注ぐ。

火球の大きさ、密度。

上を見上げれば、立ち込めた雲空よりも火球の方が多いほどだ。

もはや、火の雨と言うよりも、炎の空と言った方が正しい。


 止まっちゃダメだ。

思わず障壁で防ぎたくなる心を制して、必死に駆け回る。

足を止めた瞬間、この炎の空に押しつぶされ、二度と反撃の機会はやって来ないだろう。

 かと言って、このままではジリ貧だ。

まさかフレイヤの魔力切れなどありえるわけがない。

これほど強力な火球の連射。

だが、まだまだ余裕があるどころか、これは遊び程度の力のはずだ。


 恐ろしいほどの魔力量。

確かにそれもあるだろう。

だが、かつて自分も魔の(いただき)にあったからこそ分かる。

本当に恐ろしいのは、その魔力制御能力だ。

 いかに魔力量が多くても、それをただ垂れ流しにしていてはすぐに枯渇してしまう。

この高密度爆撃を可能としているのは、高効率高制御の魔力操作の賜物たまものだ。


「まったく、『素晴らしい研鑽』だよ。」

 嫌味混じりに愚痴る。

そのつぶやきが聞こえたのか、フレイヤは口の端をクイと上げる。


「ふふ、かの魔王に褒められるとはお世辞でも嬉しいですね。お礼に火球を増やしてあげますよ。」

「いやいや、それおかしいだろ!」

 そんな言葉は聞こえないとばかりに、火球の密度がさらに上がる。

もはや、完全に空が見えなくなってきた。

「さぁ、そろそろあなたの力を見せなさい!リオハザード!!」


「くぅ、簡単に言ってくれるよ!」

─ダンっ!

 大きく跳躍し、火球の中へ自ら飛び込む。

左手を突き出し、密度を優先させた極小の障壁を前面に張って、火球を突破する。

「くうぉぉぉっ!!」

水の守護系魔法(エンチャント)で防御と回復の力を高めるが、それでもチリチリと体が焼ける。


 右手には、水の魔力を込めた拳を握る。

「貫け!水氷系魔法(アイス)氷蛇崩拳(ヒュドラーフィスト)!」


 四校戦では、僕の言葉に心を乱したフレイヤを崩拳(フィストブレイク)くだした。

威力は段違いとはいえ、ここまでの展開は、あの試合を模倣している。

恐らく、彼女の狙いは、過去のおさらい。

まずは、冒険者フレイヤとしての力を超えてみろ、ということだろう。

ならば、こちらもそれに乗ってやる。


「ふふふ。よく出来ました、リオハザード。」

 予定調和、と言わんばかりに実体を持った(・・・・・・)炎の壁で氷の拳を遮る。

火は水に弱い。

まして、無形である炎を実体に固定するために難易度が増す。

それでもなお、氷の拳を防ぎ切る障壁を作り出すフレイヤの表情は、激しい炎とは裏腹に、全てを凍てつかせるような冷たいものに変わっていた。

 ここからだ。

ここらはフレイヤじゃない。

かつての勇者パーティの魔法使い。

最強の魔導師・“紅帝”フラウ=クリムゾンローズの力を見せるはずだ。


「流石ですね。この体でも魔術学院でトップクラスの能力なんですが。」

 フラウの周囲に炎が舞う。


「ですが、これでようやく、私も本気が出せます。」

 フラウの足元から立ち上る炎が、ローブにまとわりつき、体へ、腕へと這い登る。


「人間の子供に姿を変えたとはいえ、魔の頂点であるあなたに、今一度、今代最強の魔法使いの力、見せてあげましょう!」

─カッ!

 一瞬の閃光。

そして現れる一輪の赤薔薇。

そこには、紅蓮に咲き誇る、最強の魔法使い。

“紅帝”フラウ=クリムゾンローズの姿があった。




─その頃。

「むりむりむりむりむりぃー!」

 メイシャは、荒野を全力で走り回っていた。


「ほっほっほ。ホレホレ、もっと急がんと標本のようになってきまうぞい。」

 枯れ枝のような細い指で長いあごひげをくしげずる老人が、隆起した石柱の上でのんびりと眺めている。

メイシャが駆けたそのすぐあとに、2m程もある石の棘が地面から生える。

一歩進むたびに三本、五本と、触れるだけで切れてしまいそうな鋭さの棘が後を追う。

メイシャが避けることが出来るギリギリの所で、荒野から石の棘が生えてくるのだ。


「ちょっと!ひぃ!いい加減に!ひゃっ!しなさいよ!きゃー!」

「ほっほっほ、無駄口を叩いとる暇があったら、とっとと走らんか。」

 足元から飛び出す鋭い棘を間一髪で躱しながら、元凶らしい老人へと叫ぶが、老人にとってはその怒りの声も楽しみの一つらしい。


「やれやれ、あのお方からの頼みで来てみたが、こんな娘っ子のお守りとは。まぁ役得といえば役得か。」

 老人は右手でヒゲを撫でながら、左手の指を細かく動かす。

詠唱すら無視した魔法の発動。

それはこの老人が明らかに上位の魔法使いであることを指す。

 クイッ、クイと指を上下させるたびに石の棘が生える。

既に周囲からは、元の風景の名残を探す方が難しい。


「いいかげんにぃ、」

 途端、メイシャが足を止める。

数瞬でもタイミングがずれれば串刺しになってしまうだろう針地獄。

その中で、足を止めるなど、自殺行為に他ならない。


「しろぉぉー!」

 だが、次の瞬間、老人を石弾が襲う。

何事かと改めてメイシャへと視線をやると、恐ろしい光景が広がる。

大きな戦鎚メイスを掲げるメイシャの足元は大きくえぐれ、地面ごと棘が砕けているのだ。


「もぅ、なんだって言うんですか!怒りましたからね!」

 ズンっと地響きをたてながら、クレリックスターを降ろし、老人を指さし宣言する。


「ほっほ。まさかこんな力技でわしの魔法に対抗するとはの。娘っ子と思って油断したわい。」

 石柱から音もなく飛び降りた老人は、不敵に笑う。

「ええじゃろ。この地老聖・ランデルが、年寄りのいたわり方というもんを、教えてやるわ。」




「…なるほど。お前達の役目は足止めという訳だな。」

「はい。」

 眼前の少女は、穏やかに微笑みティーカップを置いた。


 10分ほど前。

荒野をしばらく進んだラケインの目の前に現れたのは、どう見ても自分はおろか、メイシャよりも年下に見える少女だった。


「ごきげんよう、鎧の人。宜しければお茶でもして行きませんか?」

 明らかに不自然な状況と、不自然な誘い。

これでもかと言うほどのフリルが付いたドレスは、メイシャが言うところのゴシックロリータとやらを思い出す。

白に近い銀髪を左右に分け、豪奢なカールをさせた少女は静かに佇んでいるが、転移させられた荒野に突然現れておいて無関係な訳でも味方というわけでもないだろう。


「生憎と喉は乾いていない。仲間のところへ戻りたいんだ。」

 まざまざと魔法の恐ろしさを叩き込まれたラケインだ。

魔法使いにとって、見た目とその実力が必ずしも一致するものでは無いと知ってはいる。

だが、一応、蒼輝(ラピス)を構えるが、こんな子供に剣を向ける趣味は持ち合わせていない。


 少女に警戒しながらもその横を通り過ぎようとした瞬間、砂埃が舞った。

目を逸らし、再び前を見ると、既に眼前には荒野は無かった。

強烈な暴風。

数m先の視界すら防ぐ程の竜巻の目に閉じ込められたのだ。


「お茶、しません?」

「…いいだろう。」

 魔法使いは見た目通りにはいかない。

充分に分かっていたつもりだったが、まだ危機感は足りなかった。

この幼い少女は、どうあっても自分を先に進ませないようだ。


「よかったぁ。こちらへどうぞ。」

 少女の招く先には、いつの間に準備されていたのか、高価そうな茶器とテーブルが用意されている。

とりあえず、騙し討ちなどをする人間には思えない。

話しを聞こう。

そう思ってラケインは、テーブルにつく。


「…なるほど。お前達の役目は足止めという訳だな。」

「はい。」

 眼前の少女は、穏やかに微笑みティーカップを置いた。

エアロネと名乗った少女によれば、彼女の他にも2人、ロゼリア導師の配下が皆を分断して足止めをしているのだという。


「一応、不要なら殺せとも言われていますけど、私、争いごとは苦手なんですよ。」

 エアロネは、しょぼんとして顔を伏せる。

しかし、その言葉にラケインは衝撃を受ける。

「殺せ、とは穏やかではないな。ロゼリア導師とアロウには因縁があるらしいから分かるが、英雄たるあの魔法使い(・・・・・・)の言葉とは思えない。」


 ラケインは、静かに席を立つ。

「済まないがお茶会は終わりだ。アロウの因縁はともかく、メイシャ達が危険となれば、待っては居られない。」

ラピスを背負い、フルイーターを手に取る。

「子供に剣は向けたくないんだ。今すぐこの竜巻を止めてくれないか。」


 しかし、ラケインの願いは叶えられなかった。

「私も命じられている立場ですので、そういうわけにはいかないんです。」

エアロネは、悲しそうに呟く。


「どうしても、というのであれば、この風賢聖・エアロネが、お相手します。」

 一組の双剣を手に取り、静かに構えをとった。

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