第六章)立ちはだかる壁 北の町・バルへ
■vsロゼリア=フランベルジュ①
「それでは、お呼びだてした依頼について、お話しましょうか。」
執事がお茶を持ってきたタイミングを待って、シャンク伯爵が、切り出す。
立ち上がり、机の引き出しから羊皮紙を持ってくる。
「我が領内の貴族より届いた書簡です。これによると、隣接する草原地帯に、これまでに見たこともない魔物が現れたと。幸いにも人里からは離れていて人的被害はないようですが、その魔物に殺されたと思われる大型の魔物の死骸が見つかっており、領民たちが恐れているらしいのです。」
シャンク伯爵から羊皮紙を受け取り一瞥するが、貴族特有の言い回しが多くさっぱり内容が掴めないのでそのまま伯爵へ返した。
「失礼ですが、それほどの状況であれば、何故ノスマルクの冒険者や軍に依頼しないのです?」
人的被害がないといえ、未知の魔物が現れたとなれば一大事だ。
まして、昨今の小魔王たちの活動を考えれば、未確認の魔王の可能性すらある。
「いえ、軍には出動依頼をしたのですが、実は小魔王の拠点が分かったとのことでして、軍はそちらの準備にかかりきりなのですよ。その為、実被害のないこちらにまで軍は出せないと。そうしましたら、ロゼリア=フランベルジュ老師から、適任の者がいると紹介を受けまして。」
なるほど、そういう筋書きか。
どうやら、シャンク伯爵自身は、普通の依頼だと思っているらしい。
となれば、決戦の地は、伯爵の領地となるのか。
「分かりました。では、領地への地図と分かっているだけの魔物の情報をください。」
「おぉ、では、引き受けてくださるのですね。」
シャンク伯爵が大仰に手を叩き立ち上がる。
まあ、二週間もかけてノスマルクまでやっていておいて、引き受けないもなにもあったものではない。
その後、ギルド経由で今回の依頼について、詳細な契約を交わし、伯爵の領地へと向かう。
今回の依頼は、
①未知の魔物の討伐。
②討伐困難な場合は、その危険度と生体の調査。
③その他、付近の魔物の討伐があった場合は追加報酬。
最低でも②の調査だけは完了させないと、依頼達成にはならない。
しかし、決着をつける、とまで言い切ったロゼリア導師が仕掛けた依頼なら、予想よりも困難なものとなるだろう。
デルで装備の調整と補給を済ませ、北の町、バルへへと向かう。
「これは…、ひどいな。」
バルへの町から数キロ地点。
僕達の目に入ってきたのは、荒れ果てた大地。
オーコ大砂洋に近いとはいえ、緑豊かな草原地帯のはずのその地は、無残にも魔物に食い荒らされていた。
瑞々しい実をつけた大木は根元からへし折られ、草原の草は黄色く萎れている。
その原因となっているのは…
「未知の魔物って聞いてたけど、まさか植物型だとはね。」
茨のある蔓が、大木に巻き付きしめあげている。
大地に伸びた蔓からは、よく見れば細かな根が降ろされ、養分を根こそぎ奪っている。
茨には毒があるらしく、蔓に巻き付かれた魔物は鈍重にもがきながら泡を吹いている。
しかも、この場所から見渡せる範囲全てに茨の痕跡が見える。
茨が覆う、という程ではないが、よく見れば数ミリの細いものから十数センチもある太いものまで、あちらこちらに伸びている。
「先輩、これ、どうしましょ?」
メイシャも気後れしながらも対策を考えているが、緑の地獄と呼ぶに相応しい光景に、呆気に取られている。
リリィロッシュですら、口元に指先をやり、対処に困っているようだ。
「うーん、間違いなくただの植物じゃなくて、魔物だとは思うんだけど、こんなの見たことないんだよなぁ。大抵の魔族や魔物は知ってるはずなんだけど。」
試しに近づいてみると、蔓がぴくりと動き、こちらを警戒しているのが分かる。
一見には植物だが、やはり、意識を持った魔物なのだ。
「これは、俺じゃ役に立てんな。」
ラケインが腕を組みながら不満げにつぶやく。
確かに、双槍・蒼輝なら、小型の魔物も刈り取れるが、相手は無尽蔵とも思える量の動く蔓。
軍団級の物量にものを言わせるか、魔法でないと相手は厳しいだろう。
「とりあえず焼いてみる?」
他のメンバーを後方に下がらせ、念の為にメイシャの防御魔法で守らせる。
「火炎系魔法・炎弾!」
魔物相手となれば、単純に焼き払ったところで反撃も考えられる。
手始めに、火力を抑えた炎弾で焼いてみた。
結果から言えば、二つの意味で大正解だ。
魔物といえど相手は植物。
炎に弱く、予想よりも広範囲で茨は消滅した。
しかし、
「うわったったっタイム、タイムだって!」
こちらの攻撃に反応した他の茨が一斉に動き出し、こちらに襲いかかる。
まるで巨大な蛇のように鎌首を持ち上げ、鋭い槍のような蔓先が飛びかかる。
足元を絡め取ろうと、蔓が伸びる。
もはや詠唱などする余裕もなく、炎弾を連射しながら後退し、なんとかメイシャの魔法壁に隠れることに成功した。
─ガンっ、ガン!
魔法壁に阻まれた蔓槍が激しい音をたてる。
しかし、しばらく経つと、壁を壊せないとわかったのか、スルスルと下がっていった。
「っはぁぁ、焦った。一応予想はしてたけど、スピードが早すぎるよ。」
相手がいかに強大であろうと、覚悟を持って立ち向かえば、さほど恐れることもない。
だが、こんな正体不明の魔物に予想外の反撃をされれば、たまったものではないのだ。
「うっへぇ、トゲトゲがいっぱいで気持ち悪いっス。」
メインがリリィロッシュの影から恐る恐る覗き見る。
メイシャも魔法壁が通用する相手でほっと胸を撫で下ろしている。
まったく、あの物量で障壁を突破されたら、自爆覚悟の範囲攻撃でないと防ぎきれないところだ。
しかし、ペルシだけは、怪訝な顔つきをこちらに向けている。
「アロウサン、メノマエ、ウゴククサ、タクサン?」
「ん?そうだけど、どうしたの?」
目の見えないペルシには、僕達の見えないものが見えている。
《河飲み》戦では、ペルシの広範囲魔法感知に助けられたのだ。
「クサ、タクサン、ココニナイ。ゴ、ダケ。」
ゴ?
もしかしてペルシには、茨は5本だけしか見えてないのだろうか?
「ペルシ、ルイミルタナミヘ。」
片言の共通語では埒が明かない。
古代語でペルシに話を聞く。
「(はい、私には大きな蔓が5本だけしか見えません。周りはモヤの様なもので覆われているんですが。)」
ペルシの説明によると、あれだけ激しく攻撃してきた蔓も、五本しか見えなかったようだ。
だとすれば…、
「リリィロッシュ、さっき僕がやったみたいに、蔓を攻撃して戻ってきて。ペルシは僕と一緒に観察。」
「了解しました。」
「ハイ。」
リリィロッシュが炎弾を放つ。
同じように蔓が一斉に動き出し、リリィロッシュを襲う。
蔓先が地に穴を穿ち、触手のような蔓が地を這う。
先程の僕とは違い、来るとわかっていれば怖い攻撃ではない。
大剣で宙から襲いかかる蔓を切り払い、足元に忍び寄る蔓を魔法で焼き払う。
僕はといえば、射程よりも精度を優先させた魔力感知を展開する一方で、ペルシと意識共有の魔法で繋がり、ペルシのもつ視界を感じ取る。
「なるほど、そういうことか。」
答えがわかってしまえば、なんということはない。
これは、幻術だ。
ただし、魔力感知を前提とした、幻が魔力を持った幻覚魔法だ。
無論、全てが幻という訳では無い。
大きな蔓が5本の他に、周囲に張り巡らされた細い蔓が数十本。
しかし、これは周囲の魔力や栄養素を吸収する役目があるだけのようだ。
─素晴らしい研鑽ですね─
三龍祭でかけられた、ロゼリア導師の言葉が耳につく。
どこからか見てるのだろうか。
ロゼリア導師は、僕の魔力操作が高レベルであることを知っている。
だからこそ、僕を騙すために魔力を持った幻を使った。
ペルシの視界を感じられたからこそ違和感に気づくことができたが、魔力感知の精度を最大にしてようやく、実物と幻覚の差に気づけたのだ。
しかし、答えがわかれば対処のしようはいくらでもある。
「リリィロッシュ、“赤扇”で焼き払って。」
リリィロッシュの広範囲魔法で、幻の蔓を焼き払う。
赤扇は、ただの炎じゃない。
火と風の複合魔法、爆炎系の魔法だ。
これで幻覚に付加された偽の魔力を吹き飛ばす。
紅蓮の壁から飛び出す槍。
その数は12。
しかし、
「芯まで凍れ!氷雪系魔法・凍てつく蛇!」
氷の粒が蛇のように蔓に絡まりつく。
その数は5。
幻術は脅威だが、タネがわかれば脆いという欠陥もある。
氷の蛇が、蔓をどんどんと凍らせていく。
植物は、火にも弱いが氷にも弱い。
蔓先の槍から氷が侵食していく。
周囲の幻は、爆風に散らされ、細い蔓は焼き払われ、強靭な蔓槍は凍らされる。
火が、風が、氷が、その根元になる一点へと向かっていく。
根元、つまり魔物の本体は、断末魔の声を上げて地中から飛び上がる。
氷の塊となった人の大きさほどもある球根状の魔物は、地面に落ちて砕けると同時に炎に包まれた。
─パチパチパチ。
周囲を覆っていた幻覚が解除されると、見覚えのある少女が拍手をして立っていた。
ノスマルク冒険者育成学校の生徒、フレイヤ=シャンク。
ノスマルク宮廷魔導師、ロゼリア=フランベルジュ。
そしてまたの名を、勇者パーティの魔法使い、“紅帝”フラウ=クリムゾンローズは、かつて魔王と対峙した時と同じ姿で現れたのだ。




