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第六章)立ちはだかる壁 依頼人・シャンク伯爵

■帝都デル④


 メイン達姉妹の家で一夜を過ごし、いよいよ帝都デルへと向かう。


 街から外れた農地を通り過ぎると、まずは低所得層が住むスラムが見えてくる。

レンガを積んで作られた家によって、道は不規則に入り組んでいる。

このスラム自体が、防衛施設の一つとなっているのだろう。

 少し視線をあげれば、低い屋根の上に、巨大な帝都の城壁が見えている。

未だかなりの距離があるはずなのに、巨大な白亜の壁は、まるで目の前にそびえるかのように錯覚をおこす。

距離があるからこそ、大きさを感じられるが、近くに行けば、もはやその形を感じることさえ叶わないだろう。

白く巨大な、馬鹿げているほど広大な城。

それが帝都なのだ。


「うぅむ、ノガルドで見た、古王亀(エンシェントトータス)を思い出すな。」

 帝都へ着くと、ラケインが呻き声をあげる。

それもそのはず。

またの名を“城塞国家”というノスマルク帝国、その帝都であるこのデルは、まさに“城塞”であった。

 目の前に立つと、その大きさは圧巻だ。

高さにして30m以上はあるだろうか。

天を突くように高くそびえ、端が目に届かない程に巨大だ。

漆喰を滑らかに磨きぬいた美しい白壁が、延々と街を覆っている。

 美しさだけではない。

公表されている(・・・・・・・)情報では、鉄骨を組み、石垣を積み上げ、鉄板で覆い、その上から白土を塗りあげた堅牢な砦は、魔王軍の度重なる襲撃にも耐え抜いたことで知られている。

無論、その強度が表に出回っている情報通り(・・・・)であるはずはないのだが。

デルとは、スラムと堀を外縁に配置し、堅牢な城壁によって街を囲んだ、難攻不落の城塞都市なのだ。


「懐かしいですね。」

 デルの城壁を見てリリィロッシュがささやく。

かつての魔王城は、ノスマルク帝国の北方に位置する、オーコ大砂洋の西端にあった。

当然、隣接するノスマルク帝国とエティウ王国では激戦を繰り広げ、幾度となくこの城塞都市を攻めたものだ。

魔王軍が勇者に敗れて16年。

その威容は変わらない。


 当のリリィロッシュはといえば、メイン達の家を出てから、多少気分が落ち着いてきたようだ。

未だ、表情に影はあるが、少しずつ、会話の輪に加わってくれている。

 実は、昨日の晩にメイン達がリリィロッシュの手を握った一部始終を僕は見ていた。

自分の心の変化に戸惑うリリィロッシュを、ただ寄り添うようにして手を握る姉妹に、ただ感謝した。




「そう言えば、冒険者学校にあてがあるって言ってたっスけど、なにかつてでもあるんスか?」

 通用門で順番を待っていると、思い出したようにメインが尋ねる。

国家の中枢だけあり、警備も厳重で行き交う人も多い。

つまり、入るだけでかなり待たされているわけだ。

 ちなみに、“通用門”とはいえ、その門は常に解放されている。

巨大な、10m以上はある鋼鉄の門は、平時には常に解放されている。

その門から10mもの厚みをもつ城壁の下をくぐる間に柵が設けられ、関所となっているのだ。


「あぁー、伝っていうか、ノスマルクの宮廷魔導師さんとお知り合いになってね。」

「えぇーっ!噂に聞く、あの帝国最強の魔導師さんっすか!お兄さん、マジすげーっス!」

 目を輝かせてこちらを見つめるメインを他所に、僕を始め、メイシャやリリィロッシュはよそよそしく目をそらす。

ラケインは、聞かなかったかのように、ホラレに集中している。


「う、うん。そもそも僕達はロゼリア導師に呼ばれてデルへ来たんだよ。」

 嘘は言ってない。

「うっひょわー、お兄さん、マジパないっス!」

ふんふんと、メインが興奮している。

ペルシも尊敬の顔色でこちらを見て(?)いる。

姉妹の期待に反比例するように、僕達の顔色はどんどんと悪くなる。


「宮廷魔導師様と言えば、帝国の2大派閥、帝国軍に対する魔導部の頂点で…、」

 帝国において宮廷魔導師とは、皇帝直轄の魔法使い部隊の中で頂点にあるものを指す。


「帝立の魔術学院の特別顧問で…、」

 うん、そう言えば三龍祭の時にそんなこと言ってた。

冒険者学校とは別に、魔法の研究のみを行う魔法の最高学府らしい。


「冒険者学校の魔法科にも講師として席を置いて…、」

 そう、その伝でメイン達を入学させれないかと思っている。


「しかも帝国軍の参謀まで兼ねてる、この国で一番の実力者じゃないってスか。」

 え、まじで?

っていうか、2大派閥の両方の実権持ってるって事じゃないか!

いいのか?帝国。


「で、お兄さん達は、その宮廷魔導師様からどんな依頼受けたんっスか?」

 姉妹がキラキラとした目で見つめる。


「え、えっと…。依頼というか…呼び出し?多分、バトルになると思うけど…。」

 メインが目を輝かせた表情のまま固まる。

ペルシは、やっと覚えた共通語が合ってるのか、考え込んでいる。


「えぇ、もう一回聞くっスよ?なんの依頼受けたって?」

「…呼び出されてバトルします。」

 もう1度聞かれたので、もう1度答える。

すると、メインは無言で振り返り、数歩距離をとると、


「アホかぁーっ!」

 渾身の力を込めたストレートで殴りかかってきた。

「アホですか!お兄さんは、超特大のアホなんですか?世界最強と呼ばれる帝国の宮廷魔導師、しかも帝国軍と魔導部両方の実権をもつ事実上この国の支配者とも言うべき人から名指しで絞められるって、何したらそんなアホな展開になるんスか!っていうか、呼び出しくらってる相手に私達の事、どう頼む気だったんスか!」

怒涛の口撃(こうげき)を受ける僕に、メインとリリィロッシュは頭を抑え、ラケインは不干渉を決め込む。


「ま、待って。確かにバトルになると思うし、ヒステリックで情緒不安定だけど、話せばわかる人だと思わなくもないから。」

「何一つ安心する要素がないっス!?」

 そんなこんなで入城の待ち時間の間に姉妹からの信頼度が急変動を繰り返したが、何とか無事にデルへと入ることが出来た。




「と、とりあえず、二人には宿で待って貰おうかな。」

 数十分もの間、メインに説教されヘロヘロになりながら、なんとかいつものペースを取り戻す。


「いやっ、むりっス。」

 メインがきっぱりと言う。

「いやって…、でもとりあえず今から向かうのは、ロゼリア導師のとこじゃないし、Bランクのクエストに向かうから多少なりとも危険がああるよ?」

メインの思わぬ反対に、何とか宥めようとするが、メインは決して首を縦に振らない。


「なんつーか、もはやお兄さんに対する信頼度がゼロを通り越してマイナスの域っス。断固として同行をもとめるっス。」

 ふんふんと鼻息荒いメインの横で、ペルシも首をコクコクと振っている。

「いや、でも…」

「行くっス!!」

メインがぷいと顔を背けて抗議の意思を示していると、ペルシがくいくいと、僕の袖を引っ張る。

「メイン、アロウサン、シンパイ。カラ、ツイテイク。ワタシモ。」

たどたどしい共通語で、想いを伝える。

 メインの方を改めて見ると、涙ぐんでこっちを見ている。

「…危ないところにお兄さん達が行くのに、留守番なんていやっス。」

まったく、ここまで言われては断れないじゃないか。


「わかったよ。でもこの先の展開はほんとに予想できないから、危険だと感じたら力づくでも帰ってもらうからね。」

 ただの口約束としても心もとないが、最大限の妥協として、危険となるまでの同行を認めてしまった。

なんとか、この無邪気で我儘な姉妹は守りたい。

そう思いながら、デル市街地の上級市民街へと足を向ける。




 向かったのは、城にほど近い高級住宅地の中でも貴族達の館が立ち並ぶ一画。

 武力で小国を併合していったノスマルク帝国では、それぞれの国だった場所を一つのエリアとして、上級貴族に治めさせている。

更に細かくエリア分けされた領地を、下位の貴族が治め、その更にその領地を区画し更に下位の貴族が治め、と、段階ごとに領主となる貴族を配している。

 つまり、正確には貴族はその土地の所有権を持っておらず、統治権を持っているに過ぎない。

そのため、多くの貴族は領地には仮の館があるものの、ほとんどの時間を帝都の自宅で過ごしている。


 指定の住所は、豪華な貴族屋敷だった。

ここは、ノスマルクの貴族としては中位といえる、シャンク伯爵の屋敷だ。


 しかし、豪華な屋敷だ。

規模としては近隣の貴族屋敷と変わりはない。

無論、広大な庭に豪華な屋敷ではある。

たが、特筆すべきは、その見事な装飾だった。

 屋敷を囲う壁は、白塗りの柵で出来ており、黄金色に光る蔦が細かく意匠されている。

入口から屋敷まで続く道には、美しい彫刻が置かれ、庭の芝は完璧に整備されている。

白塗りの一枚壁が多い中、屋敷の外壁は積み重ねられたヒダのようなあしらいや、地から天へと吹き付けられたような形状の柱により複雑に形作られ、その所々に金のあしらいがほどこされている。

 これでもかという程の装飾を施しているというのに、過度ないやらしさはない。

全てが調和され、完璧な美を作り出している。


 私設の門兵に話しかけ、屋敷への伺いをたてる。

若い門兵のひとりが屋敷へとかけて行き、戻ってきたところですぐに屋敷へ通された。

 数々の彫刻が置かれている屋敷への道を進む。

鎧を着た騎士、法衣の僧侶、槍を持った女性の戦士や、裸婦の像もある。

そのかたわらには、黒薔薇が咲き甘い匂いを漂わせている。

様々な美に目を奪われていると、ようやく屋敷へとたどり着いた。




「ようこそおいでくださいました。冒険者の皆様。主人を呼んでまいりますので、応接間にてお待ちください。」

 執事と思われる、エウルの方では見かけない、側面に三段もカールをあしらえた奇妙な髪型をした紳士が、深々とお辞儀をして部屋を離れる。

道中の町にあるギルドから、《偽・繋魂(コネクト)》通信で今日訪問する旨は伝えてあるが、きちんと会えるようでほっとする。

 しかし、

─16年前の決着をつけましょう。ノスマルクの魔術学院に来なさい─フラウ=クリムゾンローズ─

これまで、自分をフラウだと、勇者パーティの魔法使いだと口に出してはこなかったロゼリア導師からの誘い。

タイミングからすれば、これが無関係だと考えるほど、僕も鈍くはない。

さて、鬼が出るか蛇が出るか…。


「やぁやぁ、遠いところからようこそ。お待たせしましたな。」

 そう言って現れたのは、腹のでっぷりとした中年の男だ。

後ろに、先程の巻き髪の紳士が控えているところを見ると、彼が今回の依頼主、シャンク伯爵ということか。

 たっぷりとした白髪を後ろでひとまとめに結わえているが、髪艶から察するにカツラだろう。

どうも、ノスマルク貴族はカツラで髪型をゴージャスにする風習でもあるようだ。


「お初にお目にかかります。アロウ=デアクリフ以下、“反逆者(リベリオン)”です。」

 予めエレナ先生から指導されていた、貴族用の礼で挨拶をする。

しかし、シャンク伯爵は右手でそれを制し、朗らかに笑う。

「はっはっは、そうかしこまらないで頂きたい。私は父の代からの商人上がりでしてな、貴族の堅苦しい挨拶など苦手なのですわ。」

腹を揺らしながら笑うその姿は、無邪気で年齢よりも若く感じられるほどだ。


「それでは、お呼びだてした依頼について、お話しましょうか。」

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