第五章)立ちはだかる壁 町での災難
貧血で早退。
近年の暑さはやはり異常ですね。
■ノスマルクへ②
メイシャに怒られてトボトボと浴室に向かう。
大きくため息を付くが、悪いのはこちらだ。
潔く浴室に入る。
浴室と言っても、排水設備のある部屋に水瓶が置かれているだけ。
大都市ならともかく、この規模の町なら風呂という名の行水が関の山なのだ。
しかし、ここでも魔法は万能。
水と火の魔法で、たっぷりの湯を使い、体の汚れを落とす。
サービスで水瓶に水を増やしておいてやるのが、旅の魔法使いの心得だ。
あとに入るラケインのために、タライの水を湯に変えておいてやる。
予備の服に着替え、身綺麗になったところでいざ布団へ。
と思うが、風呂に入ってさっぱりして見ると、なぜか布団で休む気にならないのが不思議だ。
ラケインやメイシャ達の風呂を待っている間に、所持品の点検をしておく。
僕達のパーティは、本職のメイシャを含め、僕もリリィロッシュも、簡単な治癒魔法が使える。
なかなか薬草などは減らないとは言え、もしものために多少は準備しておく。
他にも旅の必需品である香辛料や塩、ランプの油や、武器用の砥石や補修用の革細工など、旅の必需品は少なくない。
いくつかの道具が少なくなっているのを確認して、リストを作る。
実はこういった細かいことには凝り性なのだ。
逆に、リリィロッシュやメイシャは、身だしなみなどに細かい割に、この辺りが大雑把だ。
2人とも高位の術者で、よほどのことがない限り、ものが無くて困るということがない。
道具類に関して任せておくと、そういえば足りなくなっていましたね、と言った時には、すでに底をついているといったことが何度もあるのだ。
かつて軍を率いていた身としては、兵站の維持は生命線。
消耗品や雑材こそ、重要視されるべきだと身にしみている。
まあ、性格の違いということで、この辺は許容範囲だ。
ちなみにラケインは、あるがままに、という感じでどちらにも無関心だ。
全員が揃い、夕食までの時間は、それぞれ散策に出かけることになった。
忘れずに、必要品のリストをリリィロッシュに渡しておく。
実際の買い物は、女性に任せた方がいい。
それは、人も魔族も変わらないようだ。
あれこれ見て回ることから始まり、値段の交渉から、あちこちの店へとそれが飛び火する。
サービスとしてたまに付き合うぶんにはいいが、普段の買い物は、任せておきたい。
そこは、ラケインも僕も通過儀礼として味わっている。
ラケインは、武器商人のキャラバンを見かけたので、そこへ行くという。
僕は、1人で街を回ることにした。
街の広場では、行商のキャラバンが、小さなバザーを開いている。
大陸各地をめぐる商人たちだ。
ただ目的地へ物を運ぶだけでは利益が上がらない。
こういう宿場町では、メインの品物は取っておくにしろ、細かなアイテムや一品ものなどを広げている。
そうして、ほかのキャラバンと珍しい品物の交換もしているのだ。
規模としては小さいが、各地から色々な商人がやって来ているので、遠方の地域の物品や、各地の技術が混じったアイテムなど、思いもかけない掘り出し物があるから馬鹿にできない。
その分、ハズレもあるが、今日は当たりのようだ。
少数部族のものだという変わった形のナイフには、ノスマルクの魔術が刻印されている。
エティウ製と思われる質のいい水晶で作られたランプは、コールの技術が使われている。
「へぇ、面白いな。これ買おうかな…。」
そうして見ていると、少し先のキャラバンから少女が飛び出してくる。
「ハムレへ!」
歳は僕と同じくらいか。
ゆるくカールのかかった薄緑の髪を、肩口まで下ろしている。
白のワンピースは、ゆったりとした形で走りにくそうにしているのに、その身のこなしは軽い。
人混みとキャラバンの荷物を飛び越えてこっちへ駆けてくる。
「てめっ!待ちやがれ!」
キャラバンの商人と思われる、いかにも柄の悪そうな男が、少女を追いかける。
「タナミレ!」
腕を掴まれた少女が激しく抵抗する。
「ちっ!何言ってんのか、わかんねーって言ってんだろ!」
男が拳を振り上げる。
「ちょっと、よしなよ。」
思わず割って入ってしまった。
すかさず少女が僕の後ろへ隠れる。
全く状況が見えないが、ここで見捨てるのも後味が悪すぎる。
「あーん?なんだこのガキが。すっこんでやがれ!」
どうも口よりも先に手が出る御仁のようだ。
少女に向けて振り上げた拳を、そのままこっちへ振り下ろす。
「水氷系魔法・縛蛇。」
流石にこれは正当防衛だろ。
それに、僕には自信があった。
「他人が口出す話じゃないけどさ。お兄さん、非合法なやり方でやってるでしょ。」
僕はキャラバンの紋章を指さす。
そこには、ヤドリギの枝が描かれていなかった。
「見る限り魔石の行商みたいだよね?そんな貴重品扱ってる商売なら、尚更枝が付いてるはずなのに。なんか悪いことやってるんでしよ?」
そう言いながらも、男の方を見ない。
これは、男への問いかけではない。
周りの観衆への説明だ。
「すみませんが、誰か衛兵さん呼んできてくれますか?」
そう言って、僕は少女の方へと振り返るが、既に誰もいない。
「あれ?」
そして、腰袋に違和感を感じて漁ると、財布がない。
「…やられた。」
がっくりとうなだれながら、衛兵の取り調べを受けると、どうやら柄の悪い商人も、品物を盗まれて追いかけている最中だったらしい。
まぁ、非合法な商売をやっていたのも読み通りだったので、お咎めなしになったのは不幸中の幸いだ。
大口の所持金は、宿に置いてきたのでどうということは無いが、小遣いを失ってしまっては買い物もできやしない。
本日二度目のため息をつきながら、宿に帰る。
することもないので、さっき着替えた服を洗ってしまおう。
水を張ったタライに、僕とラケインの服を放り込む。
流石に女性陣の衣類に手をつける勇気はない。
洗剤を投げ込み、これでもかと足で踏みまくる。
水がひんやりして気持ちいし、いい憂さ晴らしになる。
一度タライをひっくり返し、水を抜く。
再度水を貯めて、また服を踏みまくる。
これで洗剤もだいぶ落ちただろう。
一度ザブザブと手で服を攫いながら、しっかりと水気を絞り出す。
服の中に残っている洗剤を絞り出すのだ。
ここで手を抜くと、服が乾いた時に洗剤のかすだらけになってしまう。
最後にもう1度水で洗って完成だ。
じわっと額に汗が出るが、ここからが本番。
生活に万能な魔法使いと言えど、その習熟には数々のコツがある。
服の乾燥にしてもそうだ。
濡れた服を乾かすのに火を使うのは、まだまだ初心者の証。
火を使えば水が乾くのは道理。
しかし、気をつけていないとすぐに服が焦げてしまうし、生地も痛みやすい。
熟練者は、水の魔法で水分そのものを操り、服と分離させる。
その上で、風魔法で自然に乾燥させるのが王道なのだ。
気持ちよく乾いた服を畳み、各自の荷物の上に置いておく。
ひと仕事終わった満足感に浸っていると、外から話し声が聞こえてくる。
「ただいま戻りました、アロウ。」
「先輩、いっぱい買ってきましたよ♪」
「なかなかの素材を扱っていたよ。」
沢山の買い物に満足した女性陣と、同じく品物に満足したラケインが帰ってきた。
三人に、さっきの話をすると、メイシャには爆笑され、リリィロッシュには呆れられ、ラケインには同情されてしまった。
まったく、やるせない。
そうして本日3度目のため息を大きくつくのだった。
翌日。
町を出るための用意をしていると、昨日の衛兵さんが尋ねてきた。
「おぅ、お前さん方。確か帝都の方へ行くんだったよな?悪いが一人乗せてってやってくれないか。」
訳を聞けば、どうということは無い。
この小さな町では冒険者ギルドなどない。
国境に近いこの辺りは辺境と言ってよく、あまり治安が良くない。
それでもたまに一人旅をする商人や旅人もいて、物騒なのだ。
それで、衛兵たちが立ち寄った冒険者と引き合せる、ギルドの真似事みたいなことをしているのだと言う。
「構いませんよ?もう僕達も出る予定ですけど、その人もすぐ出発するんですか?」
「あぁ、そう聞いている。ホラレ小屋の近くにある食堂で待たせてある。報酬なんかは直接やり取りしてくれよ。」
僕達は荷物をまとめ、言われた食堂へと向かう。
まだ早い時間だし、客は一人しかいない。
小柄な女性のようだが、恐らく彼女だろう。
「すみません、衛兵に依頼された旅の方ですか?」
リリィロッシュが話しかける。
「はい、この度はご迷惑をおかけ致します。」
振り返りながら丁寧にお辞儀をした、軽めのカールがかかった薄緑の髪の少女は、顔を上げて目を見開く。
「ホキヤヴム、マワヌ、ラヴミヘソアヨユラ。」
FFXやった時から、アルベド語みたいなのやってみたかったんです。
簡単な文字変換方式の異国語なので、訳がないところは考えてみてください。
「セマメ!『古代語』サムハー!」(めざせ!『古代語』マスター!)




