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第一章)元魔王の復活 ヒゲ来たる

■元魔王の復活②


 まったく、なんと嘆かわしいことだ。

我が今、怒りを覚えている事柄は三つだ。


 一つ目は、この軽薄にして知能のかけらも見出すことができないような眷族が、偉大なる我が父であるということ。

いや、実際には、未だ目が開かぬため、見出すというのはおかしいか。

それにしてもだ。

献身的に我をあやし、その慈愛を我に与え続ける御母堂と、この浅薄なる眷属がつりあうとも思えん。


 二つ目は、この数日の間、こやつを見かけなかったこと。

一日中、我を気づかい、我を甲斐甲斐しく世話をする御母堂とはなんという差であることか。


 そして三つ目は、

「ん~、アーたん、今日もかわいいでちゅね~」

 そう言って、おそらくは短いヒゲがあるのであろう頬を、何のためらいなく、我に擦り付ける。

チクチク痛い。

眷属の分際で我に害を成すとは、許しがたい。

否、もはや眷属と称することさえ許さぬ。

こやつなど、ヒゲで充分だ。

今後、こやつの事をそう呼ぼうと決意した。


 あまりの不快感に泣き喚く我を、御母堂は素早くヒゲの魔の手から奪い去り、暖かく我をあやす。

御母堂、さすがです。

内心でガッツポーズをとりつつも、いつしか眠りに落ちたようで、気づくと御母堂とヒゲの気配は、我のそばから離れたところにあるようだ。

おそらくは隣の部屋にでもいるのだろう。

幾分くぐもったような声がかすかに聞こえる。

「あなた、隣国の様子はいかがでした?」

御母堂の声だ。

当然だが、いつも我に向ける幼子言葉ではない。

理知的で聡明な雰囲気のする声だ。

「このあたりはまだまだ無事だよ。でも北の国では人と人同士の、戦争が激化している」

こちらはヒゲだな。

「西の国では、人と魔族が戦争をしようっていうのに、いまだ人と人で争いを始めるだなんて、お偉方の気がしれんよ」

幾分、落ち着いた声で話すせいか、多少は知的にも思える。

……多少、評価を改めるか。多少な。


 とはいえ、その会話の内容には、興味を引かれる。

戦争といえば、眷族たる魔族と人間どもの争いのことだろう。

魔王たる我が滅ぼされた後も、眷族である魔族たちが消滅するわけではない。

魔物をすべる王とはいえ、魔王と魔族は別個の生命だ。

ただし、我から発せられる魔力をうけ、魔族たちは、その力を増す。

今はまだ力及ばぬとはいえ、魔王たる我が蘇ったのだ。

眷属たちも動きを強めているのだろう。


 ここで、ふと気が付く。

おかしい。

いままで、我が赤子であるために気づかなかったが、我が体内の魔力が圧倒的に少ない。

否、ほとんどないといっても過言ではない。

いくら派生種として生を受けたとはいえ、これでは、我が復活したとしても、眷族に影響するような魔力は、望めないのではないか?


 魔王と勇者は、この世界の影と光。

我が復活している以上、勇者もまた現れているはずだ。

だとすれば、今代の戦は、圧倒的に不利なものとなってしまう。

その不吉な考えに思いをめぐらした瞬間、ヒゲは、恐るべき言葉を発する。

「このあたりでも魔物たちの動きが日を追うごとに強まっている。国王陛下も、いずれ来る魔王討伐のために、民間との連携を強められるそうだ」


……唖然とする。

今、この男は、なんと言ったのだ?

「国王陛下」が、「魔王討伐」する、だと?

落ち着け、かつて我が赤子だとわかったときのような、逃避はしまい。

落ち着け、よもやこの低脳なるヒゲが、世迷言を言っているだけだとは、考えまい。

落ち着け、ヒゲと御母堂は、間違いなく伴侶であろう。

落ち着け、となれば、この陛下とは、自国の領主であるはずだ。

落ち着け、その領主が、魔王を討つという。

落ち着け、魔王とは我だ。

落ち着け、否、自国の領主は魔王ではない?

落ち着け、事実とは至極単純なものであるはずなのだ。

落ち着け……


 ここでようやく、我がこのように気を迷わしているにもかかわらず、この身体が泣き喚かないわけにも思い至った。

今、我とこの身体の精神がようやく一致したのだ。

すなわち、我は、いや、自分は、魔王ではない。

「人間」の赤子なのだ、と。

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