第三章)新たな輝星 《迷宮(ラビリンス)》
■新たな輝星②
地方の主のミノタウロス討伐を果たし、報酬を受け取った僕達は、隣の区画にある武器ギルドへ向かう。
そろそろ注文しておいた装備も出来上がった頃だろう。
あれから僕達は強くなった。
パーティとしてはBランクになるが、僕達個人でもそれぞれがBランク上位の実力を持っている。
ラケインは、全身甲冑に防御を任せ、大振りの大剣を片手で振るう重量型の戦士だ。
その剣技は、さらに研ぎ澄まされ、普通のサイズの長剣を使ってでさえ、剣士としては学園の頂点に立っている。
リリィロッシュは、特別担任という立場からパーティに加わっている。
親友の形見という魔鎧と半弧の大剣・狐月大刀はそのままに、しかし、近接主体の戦士から、広範囲高出力の魔導師へとその役割を変えた。
魔法を不得手としているリリィロッシュだが、魔族としてでなく、Bランクの冒険者として見ればその力は抜きん出ている。
流石は高位魔族の面目躍如という事だ。
そして僕も、奇襲用の魔弓・時喰みを使っている。
このパーティにおける僕の役割は、前衛の魔法使い。
即ち魔法剣士だ。
対軍の広範囲魔法を得意とするリリィロッシュと、対人の高速魔法を得意とする僕。
スタイルの異なる高位魔法使いが二人に、高レベルの戦士もいるパーティだ。
自分たちのことながら恐ろしい限りだ。
そうしているうちに武器ギルドに到着する。
ギルドとは言うが、実際は商品の展示場だ。
ギルドに所属する職人が、自分の品を持ち寄って大勢のお客に展示する場。
それが武器ギルドだ。
武器ギルド《迷宮》。
ここはノガルドでも有数の規模を持つギルドだ。
見た目には、《砂漠の鼠》と同規模くらいの、まぁ言ってしまえば小屋程度の家屋。
それが1度中へ入ると、まさに迷宮と化す。
フロアには、初心者用の装備がところ狭しと並べられている。
だが、よく見れば商品の山に隠されたように、下へと続く階段が見える。
そう、このギルドは、下へ広がっているのだ。
実力のない客は、階段を降りることが出来ない。
いや、見つけることさえできない。
それはいかなる魔術か、実力のないものには決して見つからず、力をつけると、ある日ふと気づけるようになるのだ。
そして階下へ進むほどに、売られる装備の質も値段も跳ね上がる。
噂では、大陸中各地に武器ギルド《迷宮》は存在し、地下以降の店内は全て異空間魔法で繋がっているとも言われている。
しかし、大陸中を移動するような冒険者にはめったに出会わないため、噂だけが独り歩きしているとも考えられる。
いずれにしろ、謎とロマンと、確かな品質をもつ最高の武器商店。
それがこの《迷宮》だ。
《迷宮》へ入ると、カウンターに座る機嫌の悪そうな老人と目が合う。
いつもイライラしていて、今にも怒鳴り散らしそうな顔。
深い皺の奥にある瞳が、ギラっと光を放つ。
気難しい昔気質の職人とはまさにこの事か。
しかし、実際のところ、この老人、めちゃくちゃ親切なのだ。
ラケインがおしゃべり好きか、と思えるほどに無口、いや、話したところを見たことがない。
いつも怒っていそうな顔でじろりと客を睨みつける。
だが、新人が自分に合わない装備を手にすればその品は売らないし、使い方を尋ねれば、黙って実演してくれる。
目当てがある客には、ぶっきらぼうに指をさして案内する。
顔が怖いだけで、親切と面倒見の塊のような人なのだ。
もっとも、誰も話したところを見たことがないので、名前すら知らない。
だから皆、「迷宮の翁」と呼んでいる。
「こんにちは。アロウですけど頼んでいた装備は出来ていますか?」
翁に極めて明るく訊ねる。
翁は、僕をジロリと睨みつけると、ムスッとした様子で階段の方へとアゴをやる。
「ありがとうございます!」
このやり取りももう慣れたものだ。
いつも人に怖がられる翁は、こうして挨拶するだけで、すごく喜ぶのだ。
不機嫌そうにするし、喜んだ素振りなど見えない。
だが、声をかけたその後は、ソワソワしてお節介に拍車がかかるのだ。
だからといって、商品を安くしてくれる訳では無いが、翁との付き合いももう長い。
喜んでくれるなら、こうして声をかけるのが礼儀というものだ。
僕達は、地下2階の売り場へと移動する。
階段を降りる度に、商品の陳列は雑になり、いよいよ迷宮の様相になっていく。
目を見張るような値段の剣が、床に転がっていたり、精霊の祝福を受けた鎧が、壁ですらない岩肌に引っかかっていたりする。
ゴロゴロと文字どおりに転がっている武器や鎧を物色しながら、カウンターへと向かう。
「おかえりー。そろそろ来る頃だと思っていたよ。」
地下二階の受付は、ドワーフの少女だ。
ちなみに地下一階と兼任しているらしい。
初めて地下二階を訪れた時にはびっくりしたものだ。
見た目には、僕達よりすこし若いくらいだが、人間の3倍という寿命を持つドワーフだ。
恐らくは歳上なのだろう。
聞いたことはないが、一階の翁もドワーフなのかもしれない。
「こんにちは。頼んでいたものを取りに来たんだけど。」
そう声を書けると、少女は、カウンターの奥から包みを4つ取り出す。
「はいっ。注文の品だよ。頼まれていた特徴はクリアさせてるけど、使用感に問題あったら調整するから言ってね。」
それでは、と手を伸ばすと、包みをスッと下げられる。
「いつもニコニコ現金払いで♪」
…そうだった。
この少女はことのほか、お金に厳しいんだった。
「ごめんごめん、120万ガウだね。前払いの分を抜いて50万ガウ。銀貨だけど確認して。」
前払いの方が高いとは、初めての経験だよ、まったく。
「はぃ~♪まいど♪さぁさ、これが注文の品だよ~♪」
再び包みがカウンターにのせられる。
これが僕達の新しい装備。
さぁ、肩慣らしにでも行くか。
僕達は、それぞれの包みを受け取り、魔蜥蜴馬車に乗り込む。
行先は、郊外の岩山だ。
ホラレは、地龍に似た四足で走る大型の魔物だ。
水陸両用、悪路もなんのその。
更にホラレ自体、Cランクの魔物で、馬なんて目じゃないスピードとパワーをほこる。
当然凶暴で、野生のホラレの捕獲はかなり難しいが、その能力は、捕獲の苦労を大きく上回るのだ。
なお、リリィロッシュが担任になって初めての授業が、今乗ってるホラレの捕獲だったりする。
歩けば丸1日はかかりそうな距離を快調に飛ばして、一時間程で目的地に到着する。
僕達はそれぞれに移動し、新しい装備の手応えを調べることにした。




