第三章)新たな輝星 反逆者と砂漠の鼠
─強く輝く輝星が巨星を隠す。
しかし、輝星もまた郡星に隠れる。
小さく若い星が今、輝きを放つ。
その輝きは未だ弱々しいが。─
■新たな輝星①
見渡す限りの岩山。
ごつごつとした岩肌に身を潜らせ、息を潜める。
静かに矢をつがえ、身を伏せて機会を待つ。
岩偽狼が3頭姿を現す。
周囲を警戒するように辺りを見渡しているが、こちらには気づいていない。
それもそのはずだ。
ここからさらに山を登ったところで、仲間が風魔法で静かに風を送っている。
こちらは人工的な風下になっているのだ。
そして、罠である餌に食いついた。
まずは1頭。
続いてほかの2匹も新鮮な兎肉に食らいつく。
が、まだ手は出さない。
次第に、3頭の様子が鈍くなっていく。
うつら、うつらと頭がふらついている。
うさぎ肉の中に仕込んだ、眠り草が効いてきたようだ。
それでも、まだ手は出さない。
そう、こいつらこそが、本命のための餌なのだ。
そのまま小一時間、待機する。
…ズシン、ズシン。
次第に聞こえてくる地震のような足音。
現れたのは、牛頭人身の化け物。
牛鬼人だ。
長辺が1m以上もある長細い三角形のような石塊を斧のようにして持っている。
こいつは…当たりだ。
武器持ちの個体は、元々が種族の中でも上位の力を持っている。
それが更に武器を使うのだ。
武器持ちと通常の個体では、種族が違うのではと思うほど、戦闘能力に差がある。
岩肌に隠れた冒険者が息を潜め矢を放つ。
殺気も闘気も魔力も感じない。
しかし、矢を放つその一瞬のみ、膨大な魔力を込める。
ミノタウロスも、その一瞬の魔力に気がつく。
が、ロックヴォルフに残った眠り草の影響で、一瞬反応が遅れる。
その一瞬で十分、とばかりに矢が首元に刺さる。
ただの矢に見えたが、その一撃でミノタウロスの左肩が吹き飛ぶ。
「ヴゥオォォォォッッ!!!」
ミノタウロスが、怒声を上げる。
ただの人間や弱い魔物なら、その雄叫びだけで意識を失うだろう。
しかし、ミノタウロスにとって不運だったのは、この場にいる誰もが、ただの人間でなかったことだ。
ミノタウロスは石斧を握りしめ、矢の飛んできた方向へ突進する。
小型の魔物では上位のスピードをもつロックヴォルフを遥かに凌ぐスピードで、矢の射出地点に迫る。
そして、何を確認するまでもなく、石斧を打ち下ろし、岩山ごと破壊する。
しかし、既にそこに人の姿はなく、気がつけば右手方向に魔力の高まりが…。
「暴虐たる風の精よ!我が命により敵を穿て!烈風系魔法・嵐風槍!!」
横向きに放たれる尖った竜巻。
魔法使いの中でも、上位のものしか扱うことが出来ないという、第三領域と呼ばれる階梯の大魔法。
そんな代物がミノタウロスに襲いかかる。
しかし、ミノタウロスはその魔法を石斧を振るい打ち消した。
さしものの石斧も砕け散り、残った右腕もズタズタになっている。
それでも、その目には怒りと、不屈の闘争心が燃えている。
「うぉぉぉぉぉっっ!!」
そこへ、一閃。
一段小高くなっている岩山から、大男が跳びかかり、身の丈ほどもある大剣で、ミノタウロスを左肩から股下まで真っ二つにした。
この岩山の主であるミノタウロスは、断末魔の声を上げる間もなく、その場へ倒れ込む。
「やったな、ラケイン。」
大剣を強く振るい、血を吹き飛ばすと、ラケインは、口元を微かに歪め頷く。
魔法の閃光弾で、作戦の成功を風上にいるリリィロッシュに伝える。
弓を持った冒険者、アロウが姿を現す。
新進気鋭のBランクパーティ「反逆者」のメンバーは、クエストの達成を喜んだ。
東の大国・ノガルト連合国。
その中でも最も強い勢力を持つのが、ここ、エウル王国だ。
ノガルドの加盟国内では、エウル王国を「中央」、その他の地域を「地方区」と呼ぶ。
当然、エウル王国には、人も、物資も多く集まり、それだけ大小の勢力争いも発生する。
野良の魔物が発生する危険こそ下がるが、そのぶん、人間同士の争いが増えるのは、皮肉なものだ。
まぁ、そちら側のトラブルは、警備隊におまかせするとして、僕達はギルドの依頼に専念しよう。
人魔会談と銘打った、たった3人の話し合いから二年。
僕達は、育成学校でも成績上位者のみの特別クラスに移り、冒険者・Bランクパーティ「反逆者」として、それなりに名が売れている。
今日もミノタウロスの討伐を果たし、登録しているギルドへ帰還する。
エウルの王都・ドルアイから二日ほどの距離にある小都市、ドラコアス。
ここに居を構える、《砂漠の鼠》亭。
ここが僕らの拠点だ。
小都市、なんて言ったが、ここドラコアスは、故郷の村よりすこしマシかな程度の、はっきりいって田舎である。
しかし、近隣の地方は、さらに人が少なく、辺境・秘境と言った方が正しい程だ。
以前、故郷のギルド《田舎のギルド》亭で、リリィロッシュが言った言葉を思い出す。
「─このような辺境のギルドなのです。
下手な活気がある方がむしろ困るのですよ─」
正しくここがその通りだ。
地方故に人手が少なく、地方故に魔物が活動的で、地方故に主クラスの魔物も多い。
まして、僕達の所属する《砂漠の鼠》亭は、一風変わった営業スタイルのせいで、高レベルの人材が少ない。
お陰で困難な討伐依頼に事欠かない。
つまり修行にはもってこいなのだ。
「おかえりー♪待ってたのさ♪」
ギルドに着くなり、名物受付嬢のルコラさんが、満面の笑顔で迎えてくれる。
ルコラさんは、猫族の獣人だ。
この辺りのような地方では、獣人のような亜人は地位が低い。
かつては魔物の一種として、奴隷制度があったほどだ。
今でも一部の金持ちの間では、合法的に獣人を奴隷とする風習が強いとも聞く。
そういった背景もあり、ルコラさんのように、表にたつ仕事をする獣人は珍しいのだが、こうして看板娘となっているのは、単に彼女の笑顔のせいだろう。
誰が来ても、たとえ失敗しても満面の笑顔で迎えてくれるルコラさんは、ギルドのアイドルだ。
…たまにその笑顔に寒気を感じることがあるのは、きっと気のせいだろう。
「アロウさんたち~♪、早かったけど、もうミノタ倒したの??」
ルコラさんが心配そうに、いや、ほぼ期待を込めた目で聞いてくる。
「うん、ばっちり。武器持ちのミノタウロスだったよ。魔石も角も、ドロップ品のたてがみもばっちり。」
「わぁー!すごいすごい!これで素材屋にも顔が立つよ!アロウくん!ありがとー!!」
ルコラさんが飛び上がって喜ぶ。
そう、ここ《砂漠の鼠》亭では、色々なギルドや商店からの依頼を優先的に受けている。
それも、ほかのギルドで断られたような厄介な仕事をだ。
普通の冒険者ギルドでの流れはこうだ。
①依頼人がギルドに依頼を出す。
②ギルドが依頼内容を鑑定、適正なランクと報酬を算出。
③依頼人が依頼料(ギルドの仲介料+成功報酬)を支払う。
④冒険者が依頼を受ける。
しかし、ここでは②の段階が存在しない。
どんな依頼であれ、どんな報酬であれ引き受ける。
しかも、冒険者へ支払われる報酬は、依頼料に関わらずランク一律だ。
もっとも、明らかな吹っかけは、後日ムキムキの冒険者がお邪魔する手はずになっているが。
そんなことでは、ギルドが成り立たないと思うが、実際その通りで、経営は常に火の車らしい。
その分、厄介な依頼を頼みに来る提携ギルドから、協力金を受け取り、クエストで得た素材を割高で売り払って、なんとか経営をしている状態である。
ちなみに、優遇されているのは、依頼人だけでなく、僕達、新人冒険者にもかなりありがたいシステムがある。
《砂漠の鼠》亭では、最低保証がついている。
所属している冒険者は、朝に顔を出して登録しておけば、夕方には何も依頼をしていなくても600ガウが支払われる。
これは、クエストに失敗した新人冒険者のために、せめて一食だけでも食べてもらえるように工夫されたシステムだが、そのせいでうちで登録だけ済ませて、ほかのギルドで依頼を受ける冒険者も多い。
そんな訳で、成功報酬を他のギルドに比べて割安にせざるを得ないので、高ランクの冒険者が常に不足しているという状態なのだ。
新人とはいえBランクの依頼を難なくこなす僕達「反逆者」は、ルコラさんのお気に入りだ。
しかし、こうも体全体で喜びを表現してくれると、こっちも嬉しくなるな。
その前に、キランッと目が光ったのはきっと見間違いだ、うん。
「今日はもう上がってく?それとも次の依頼見てく?」
ルコラさんが精算のために計算器を叩きながら訊ねる。
「そうだなぁ、今日はもう上がるよ。そろそろ武器の手入れもしたいし、みんなと武器ギルドに寄ってくるね。」
終わってみれば楽勝だったとはいえ、大きなクエストを終えたばかりだ。
今日はみんなと買い物にでも行くか。
今回は、身内用にネタを仕込んでいます。
わかる方はクスッと笑ってください。
(特にストーリーに差し障りある部分ではないので、わからなければスルーしてください)




