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第十章)そして北へ 氷河の試練

▪️教会の闇③


「くそっ、さすがにこれは……」

 無理だ。

その一言を何とか飲み込む。

それほどまでに馬鹿げた能力だったのだ。




 野営地で装備を整え、改めて作戦や配置を打ち合わせた後、氷河へと向かう。

時刻は昼前。

氷の魔物なので、気温の上がる日中を狙う。

シャリ、シャリ。

足元には霜が降り、日陰には氷柱(つらら)も下がっている。

元より季節の感覚が薄い北の地だが、一年を通して雪と氷が残るこの地方では、太陽が高く上がってもまだ息が白くなる。


 だがその程度、まだこの地では正常の範囲だったのだ。

目的地に近づくにつれ、こちらの認識の甘さを悟る。

次第に地面と雪の比率は逆転していき、しばらくすると完全に雪一色の景色となった。

いくらこの北の地でも、これは異常にすぎる。

間違いなく、氷河の乙女の仕業だろう。

自然すら支配下に置くその力に、嫌な予感しかしない。


 まばらだった木々もなくなり、周囲の視界が開けてくる。

おそらくは太古の昔の川の跡なのだろう。

上流からの雪氷に覆われた巨大な氷塊、イーカンス氷河へと辿り着いた。

上流部のその中央に目をやる。

氷塊の一部が不自然に盛り上がっている。

この氷河にたどり着いてから感じる、魂に突き刺さるような魔力も、そこから感じられる。


「間違いなく、あそこにいるな」

 ラケインのつぶやきに応える声はない。

だが、皆の表情を確認するまでもなく、意識が戦闘に切り替わったことを空気で感じる。




「人の子たち……、いや、魔族も。それに、変わった魂の持ち主もいるようですね」

 盛り上がった氷塊。

それは、近づいてみれば氷の舞台と玉座であった。

規則的に舞台から生えそびえる氷柱、玉座の周囲はさらに一段高くなっており、その背後には雄大な氷河が広がる。

頭を垂れる臣下すらいないが、間違いなくこの氷河そのものが、彼女の城なのだ。


「何用、と聞くまでもないですが、それでも問いましょう。人の子よ、私の城へようこそ。用件を伺いましょうか?」

 彼女、氷河の乙女が問いかける。

やはり、予想した通り、元となる種族は鳥唄姫(セイレーン)のようだ。

本来は海辺を生息地にするはずの魔族だが、その字名(あざな)の通り、かなり氷の魔力に偏っているようだ。


 白く長く、光を纏わせるように輝く髪は、おそらくは氷そのものなのだろう。

背と髪の一部からは、光を反射して虹色に輝く翼が三対。

本来は魚の下半身を持つ筈だが、氷雪からなる衣をまとっているが、どうやら二足の脚があるようにも見える。

魔族は力を持つものほど、人間の姿と近しくなる。

すなわち、彼女がAランクの魔族である鳥唄姫(セイレーン)より、更に高位の存在であるという証明でもあった。


「この地に人が赴く理由が他にありますか? 氷河の乙女、貴方の討伐が目的ですよ」

 氷河の乙女の問に応える。

彼女も、無論その答えを予想していたのだろう。

ふっ、と顔を緩め微笑む。

微笑みと言うと誤解なのだろう。

本来は鼻で笑う程度の失笑だ。

それほどに溢れ出る魔力からだけでも感じ取れる、彼女の力量は凄まじい。

しかし、教皇からの討伐依頼だ。

何としてでも成功させねばならない。

だが、


「でもその前に、可能ならば貴女と話がしたい。討伐は僕達の本意ではないんです」

「ほう?」

 いくら教皇からの依頼とはいえ、魔族だからという理由だけで討伐などできない。

人々に害をなすならば、冒険者としてその討伐に意義も持てるが、魔族というだけでは、“反逆者(リベリオン)”は動けないのだ。

それに、さきほど彼女も言ったのだ。

「聞くまでもない」が、と。

つまり、本来はこの地に討伐以外の目的で人間がやってくることなど有り得ず、逆説的には、彼女は人間に対して害を与えていないということになる。

そもそもが“聖獣”などと呼ばれているのだ。

人に危害を与える存在だとは、とても思えない。


「僕達は、クルス聖教の教皇から依頼されてここへ来ました。ですが、できることなら魔族と共生したいと思ってます。どうか、魔力を収めてこの地を去ってもらえないか」

 フォルクスがどうして彼女の討伐を依頼したのかは分からない。

だが、少なくとも実害がない以上、この地を確保さえすれば問題は解決するはずだ。

だが、無論こんな一方的な論法が通じるはずがない。


「ふぅ。残念ですけど、答えは否、よ。それにあの老人からの依頼とはね。どうやらあなた達は、魔族に対して思うところがあるようだけども、安心なさい。私は明確にあなた達の敵よ。あの教皇に(くみ)するならば、私には、あなた達を殺す意味と理由がある」

 そう言うと、あたりの空気が一変する。

それまでは、氷河の乙女から漏れでる魔力だけで、この地は、雪氷に覆われていたが、今、明らかにその魔力に殺意が籠った。

冷気は雪嵐となり、氷の舞台は荒れ、氷柱も鋭い棘が生えてこちらを睨む。

この空間は、完全に彼女の魔力に掌握されてしまっているのだ。


「いえ、待って……」

「これ以上の問答は無用。まだ話を続けたいというのならば、私を降すだけの力を見せることね、人間!」

 その言葉の通り、もはや氷河の乙女に言葉を交わす気は無いようだ。

望むことではなかったが、もはや戦闘は避けられるものでは無い。


「分かりました。“反逆者(リベリオン)”のアロウ。必ず貴女からその理由を聞き出してみせます!」

「いいでしょう。アロウでしたか。それでは、“氷河の乙女”、悲恋姫(ローレライ)のジュデッカが御相手しましょう」

 そして、戦いが始まる。

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