第一章)元魔王の復活 復活の魔王
―今は過ぎ去りし日
それは、遠き日の伝説
今より来る日
それは、いつの日かの伝説―
■元魔王の復活①
目覚めて気付いたのは、うっすらと赤み付いた、白い世界だった。
しかし、体が思うように動かない。
──なんだ、動けぬ?拘束されているのか?魔王たる我が??否、たしかに布がまとわり付いているが、封じられるほどではない──
今、我は横に寝かされているようだ。
しかし身動きが取れないし、視界も開けない。
これまでも何度か勇者により封じられ、その後、長き時を経て強大な力を持つ魔王として蘇ってきた。
記憶こそないが、知識として、そう知っている。
しかしながら、今回はなにか勝手が違うようだ。
──誰かおらぬか?──
そう声をはりあげようとした瞬間、驚くような騒音が聞こえた。
「んぎゃぁ!んぎゃあ!」
──っ!うるさい!──
と思ったが、どうやらこの声は、我が身から発せられたもののようだ。
──……。──
もしや、この状況は……。
認めたくはない。
目も開かぬので、自身の姿を確認する術はない。
確認できぬうちから認めたくはないのだ。
だが、無慈悲にも、その事実を告げる声が聞こえてくる。
「はぁい。まんまでちゅよー」
そう聞こえたかと思うと、我を軽々と救い上げ、何かをくちに押しあててくる。
──むぐっ、息ができんわ!この、無礼者が!──
そう思ったが、我が意思に反して我が身体は、か弱い力で口に当てられたものを吸い付ける。
まずい。
生ぬるく、えぐみもあり、うまみとは程遠い口のこるような甘さ。
思わず吐き出したくなる。
しかし、またも我が意思に反し、体は必死にそれを飲み続ける。
──くっ、我が身の分際で、主たる我が意思に背くか!──
そう思いながらも。
否、そう現実逃避しながらも、この状況は、ひとつの真実を指し示す。
そう。
元魔王たる我は、赤子として転生していた。
我が新たな名は、アロウというらしい。
「アーたん、よく飲めまちたねー」
まったく、よく飲んだものだ。
派生種どもは、よくもまああんなものを嬉々として飲んでいるものだと思う。
そう、我が身が赤子となってしまい、らしくもなく、我があわてたのもこの“派生種”というやつが原因だ。
我ら魔族は、大きく二種類に分かれる。
“原種”と“派生種”だ。
魔族は、四大属性の精霊どもと同じく、大いなる自然の魔力から、この身が作られる。
違うのは、それが四大属性を持つか、それとも闇の属性をもつか、ということだ。
原種とは、自然の魔力から生まれた唯一の存在である。
対して、派生種とは、親から生まれた存在である。
さらに言えば、原種は、「限りなく弱い」か、「限りなく強い」かのどちらかになる。
例外こそあるが、一般的にボスクラスの魔族は、その殆どが原種である。
それが、この魔王たる我が、派生種だと!?
絶大な力を誇る魔王とはいえ、いつかは敗れる。
それは仕方がない。
永遠なるものなどない。
いかにそれが魔王たる我といえどもだ。
しかし、派生種として生を受けたのであれば、此度の復活は短きものとなってしまうのだろう。
我が身の不運が嘆かわしいのではない。
我が率いねばならぬ、眷属たちの苦労を考えればこそ、口惜しいのだ。
その怒りにも似た感情が表れたのであろう。
火のついたように泣き喚く声が我を襲う。
「んぎゃぁ、ぎゃぁ。んぎゃぁ!」
否。これは我の声だ。
襲うというのであれば、我にではなく、我が親御殿の方であろう。
「はいはい、どうちたの?ママはここでちゅよー」
そう言って、御母堂は、再び我を取り上げ、左右に揺らしてあやす。
我が無為に感情を荒立ててしまったせいで、手間をかけてしまったようだ。
すまぬ、御母堂。
そう、声にならぬ気持ちを胸にとどめ、今は、この心地よい眠気に身を任せることとした。
それから幾日かたった。
相変わらず我が身は、我の思うとおりにならぬが、御母堂も変わらず我をあやしてくれる。
どうもこの御母堂は、子煩悩であるようだ。
我が泣けば乳をくれ、歌を歌い、そして眠るまで心地よくゆすってくれる。
傲慢なる我が身体は、そんな御母堂のことなど気にも留めず、朝となく夜となく泣き叫ぶ。
──まったく、我でさえ煩わしく思うものを、良くぞここまで面倒を見るものよ──
おおよそ睡眠がまともに取れているとは思えぬが、それでも、我に不快感を持っているようには、一切感じさせぬのだ。
──我がこの身体を支配した暁には、莫大な恩賞を与えねばならぬな──
そう心に決めたのだ。
そうしていると、何者かの気配がする。
御母堂に危険を知らせようとしたとたんに、我が身体がぐずり始める。
──いかん、このままでは危険を知らせるどころか、我をあやすために気をとられてしまう──
そう考え、心を抑えることに苦心する。
──くっ、御母堂もまた我が眷属。眷属を守ることすらできなくて何が魔王だ、このふがいなき身体よ!──
そうしているうちに、怪しげな気配は、我が居室に入ってきたようだ。
「こんにちはぁ、パパでちゅよ~♪」
……はい?