第十章)そして北へ 教皇からの依頼
▪️北の大地⑥
数日ぶりにリサの勤める事務所へ訪れる。
念の為に、待機と外回り組に魔法使いメンバーを残すため、今日はリリィロッシュとラケインの三人だ。
「おや、お久しぶりです。今日は換金の御用ですか?」
僕達の姿を確認すると、リサが表向きの業務に合わせて声をかけてくれた。
「まあ、そっちの心配は今のところないかな? それよりも“聖堂の火は今日も青い”かい?」
「ええ、今日も穏やかにともされておりますよ。こちらへどうぞ」
リサと符牒を交わし、奥にある別室へと案内される。
多くの人が行き交う換金所をすり抜け、目立たぬように廊下を進み、普段は使われていないだろう古びた礼拝所の戸を開けると、隠し通路が現れた。
そのさらに奥、どうやら二件ほど隣の建物の中のようだが、それなりの広さを持つ会議室へ辿り着いた。
「どうやらメッセージを受け取って頂いたみたいですね」
「ええ、おかげさまで」
相変わらずの無表情のリサにそう答える。
リサによると、やはりここは換金所の並びにある別の建物なのだそうだが、逆にその建物からはこの部屋に入れない作りになっているのだそうだ。
物理的にも魔法的にも理にかなう、秘密の会議室。
さすがは聖教会のお膝元といったところだ。
「さすがは“反逆者”ですね。あの間諜たちも私達の使う中では最高レベルの者たちなんですが」
「いえ、それほどでは。それよりも、それほどの監視を捕まえさせることを前提に、記憶の中にメッセージを仕込むだなんて、なかなかタチの悪いことを考える方が見えるようですね」
そうだ。
あの監視から得たメッセージとは、ただの伝言やメモなのではなかった。
監視の記憶を辿ると、魔法的に処理された記憶が見つかり、そこには、リサに先程の合言葉を言うように書かれたメモを見せられた記憶があったのだ。
これでは監視を捉えたとしても、普通に拷問しても情報は得られなかったはずだ。
教会側からすれば、監視を捉える力量を測ると同時にこちらの行動を読んでいるという示威行為、ふたつの意味合いを持たせている。
はっきり言って、タチが悪いとどころでは無い。
しかし、帰ってきた言葉は、その想像の外にあるものだった。
「……そんなに性格が悪かったでしょうか……」
「え……」
普段、というより無表情以外の顔を見た事がないリサだったが、明らかに顔色が悪い。
どころか、表情だけは変わっていないが、その涙腺に滲むものがある様子すら見て取れる。
つまり、これは……
「あ、いえ、正確にこちらの行動を読み取った素晴らしい洞察だなぁと、そう言ったんですよ」
「いえ、大丈夫です。全く気にしてませんから、お気になさらず」
そう言いつつも、リサの表情がいつもよりなお固くなった気がするのは、気のせいではないはずだ。
「さて、そんなことよりも」
今の空気をそんなことで片付けていいのか分からなかったが、確かに本題に入ろう。
「教皇猊下より、冒険者“反逆者”への、依頼を預かっております」
そう言ってリサが懐から一枚の紙を取り出す。
羊皮紙ではなく紙。
それも聖教会の印の入ったかなり高級なものだ。
となれば確かに差出人はフォルクス猊下で間違いはないのだろう。
「……確かに。しかし、なぜこちらを私たちに?」
内容は魔獣の討伐依頼のようだ。
だがこの依頼、ただの討伐だとは言い難い。
本来であ れば、いかに貴人とはいえ、冒険者に依頼するのであれば、ギルドを通すのが通例。
であれば、この依頼そのものがまず非公式なもの。
ひとつは、こちらに対する品定めを兼ねた試験であること、そして、何らかの別の目的があるだろうことが想像がつく。
ならば、迂闊に依頼を受けることは危険なのだが……
「いえ、私もこのメモを渡すようにとしか伺っておりません」
想像した通りの返答があり、これ以上の追求は難しいようだ。
ギルドとしての立場、リュオさんへの影響なども考えれば迂闊な返答はできない。
だが、Sランクになったとはいえ、民間の域を出ないただの冒険者から、教皇へと繋がるまたとない機会であるとも言える。
「かしこまりました。“反逆者”、聖獣・氷河の乙女の討伐をお引き受け致します」
「氷河の乙女?」
ほかのメンバーと宿で合流し、会議室でのあらましを説明する。
「そ。もちろん魔物の名前じゃないよ。称号っていうか、あだ名っていうか。さすがは教会、いいセンスしてるよね」
ギルドからの依頼の場合、西の森の粘魔などのように具体的な場所と対象となる魔物が明記されている。
稀に正体不明の魔物が対象であっても、推定Eランクの不定形魔物というように、ある程度の情報が公開されるのだ。
しかし、昔からの通例で、クルス教からの依頼では、このように不明瞭な表現となる。
権威である教会が依頼を出すのに、穢らわしい魔物の名前など口にするのもはばかられる、という訳だ。
無論、後から詳しい内容が説明されるし、そもそも教会には冒険者ギルドの代わりに黒法衣戦団がある。
そのために、それほど依頼件数がないので、問題となったことは無いのだ。
幸い、対象らしき魔物も思い当たるので、なんとかなるとは思うのだが……
「先輩、聖獣って……」
そう。
問題は、聖獣という文字だ。
神の使徒として君臨するクルス教をして、聖という文字を掲げる魔獣なのだ。
単純な強さももちろんだが、それを討伐させる理由が分からない。
その理由如何によっては、教会への背信行為として、世界中から追われるはめになりかねない。
「メイシャ、聖獣って心当たりある?」
おそらく今回の標的は、Bランクの魔獣だと思う。
確かに強敵だし、対処法を知らなければ初見殺し似合う可能性が高い。
だが、だからといってそれだけで聖の文字はつけないだろうし、むしろ邪悪な魔獣と言われた方がしっくりとくるのだ。
一応、現役のクルス教徒であるメイシャに、そのことを聞いてみる。
「はい。聖獣とは、《聖母》様の御加護を受け、邪気を清められた魔獣と言われています。邪を祓う守護者であり、主の使徒であると言われていますが……」
あ、完全にダメなやつだったわ。




