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第十章)そして北へ 雌伏の日々

▪️北の大地⑤


 スラムでフォルクスに会ってから十日。

聖都に点在する広場で今日もショーを行っている。

エティウ女王からの親書をフォルクスに渡すという任務は既に完了しているが、それでは教皇を説得して魔族を受け入れる土台を作るという本来の目的が達成されていない。

とはいえ、まず一度は面識を持つことがかなったのだ。

あとはどうにかして、個人的なパイプを持つことが出来ればいいのだが、あいにくその工作は未だ身を結んでいない。

教皇の計らいで宿の確保だけはできているが、それもいつまでもこのままという訳にも行かない。

ただ滞在するだけでもやはり先立つものが必要となるのだ。

小さな村では見世物の代金として食料を分けてもらえたが、聖都ではさすがに物を購入しなければならない。

そこで、聖都の各地にある広場を巡り、例の演劇をして回り、見物人からこの聖都での貨幣、聖札を頂くことにした。

幸い、見物客も聖都の住人よりも巡礼の観光客の方が多いくらいなので、場所を変えていけば客から飽きられる心配も少ないようだ。


「みんな、お疲れさん」

「お疲れ様です。かんぱーい」

 そして興行の後は、食堂での打ち上げだ。

他の街のように酒場こそないが、巡礼者用に食事を提供する店はある。

今日もそういった食事屋で夕食をとる。


「今日もたくさんの拍手を貰いましたね」

「うん。お返しが五つもあるね」

 微妙に食い違う会話だが、これは僕らの中での符牒である。

僕達の二つ後ろの席に二人。

前方の立ち飲みに一人。

階段と入口にも一人ずつ。

どうも怪しい人物がこちらの様子を伺っている。

そのうち同じ二人は、ここ数日僕らの周りをうろついている。


「アロウ、これからどうする?」

「うーん、寄りたいところがあるから先に帰るよ」

 そう言って一人で席を立つ。

ラケインは気配で、メインは勘で、魔法使い組は魔力感知でそれぞれに気づいている。

どこの手のものなのかは分からないが、どうやら僕達のことを怪しむ何者かがいるようだ。

だが、それもそろそろあぶりだしてもいい頃合いだろう。


 実際のところ、彼らが食いついてくるのを待っていたのだ。

エティウ王国軍派、コール新体制派からすれば、僕達は敵対勢力である。

コール旧体制派からしても、今の僕らは味方ではなく教皇に近づく不逞の輩という位置づけだろう。

リュオさんの所属するエティウ新女王派でさえ、任務の確認のために僕らを見張っていても不思議ではない。

つまるところ、今の僕らには、明確な味方がいないのだ。


 店を出て、路地裏へ入る。

清潔な大通りから数本裏へ入っただけで、景色が一変する。

それは、どこの国にもあるスラムの一角だ。

日々を生きるのに精一杯の貧しい人達の地域。

ここならば、何が起きても知られる心配はない。

お互いに(・・・・)、ね。


「さて、誰の命令なのか、教えてもらうよ?」

「ぐっ、バケモノめ·····」

 のこのこと追ってきた監視のひとりを返り討ちにした。

元より間諜が主任務である彼が、戦闘技術に秀でているわけがない。


「素直に教えるか、怖い目にあってから教えるかどっちがいい?」

 無駄な質問だ。

自分でもそう思う。

高位冒険者に差し向けられる監視だ。

当然相手も高位の間諜だろう。

これは知識としてしか知らないが、拷問に耐える特訓とは、ようは拷問に慣れることだという。

熱、冷、飢、痛、恐、笑、性。

あらゆる拷問を繰り返し行い、その耐性を付けさせるのだという。

まったく、人間の残虐性には恐れ入るところだ。


 ちなみに魔族にはこの手の習慣はない。

魔族の世界は弱肉強食。

敵に敗れれば、相手を認めて屈服するなり、それを認められなければ自害すればいい。

また、こちらから情報を聞き出そうにも、相手が拒めば簡単に殺してしまう。

情報は確かに重要だが、そんな瑣末なことなど関係ないほどに力があればいい。

そんな考え方なのだ。

知性派の魔王としては嘆かわしい限りではある。


「ふっ、虫も殺さぬような顔をしても所詮は冒険者(クズども)か。だが残念だったな。斬るなり焼くなり好きにしろ。俺とて拷問に耐える修練など積んでいるわ」

「まあ当然だよね。·····だけど、こっちは痛い目(・・・)にあうなんて、一言も言ってないんだけどね」

 見かけはともかく、中身は百年以上生きる魔王なのだ。

拷問の手段などいくらでもある。

だが、じわじわと痛めつけるのは、確かに好むところではない。

だから、得意な方でやらせてもらおう。




「おかえりなさい、アロウ」

「どうだった?」

 宿に帰ると、リリィロッシュとラケインが待っていた。

他の三人は、明日の興行地の下見に行っているそうだ。


「うん、教皇からの監視だったよ。彼ら自体には僕達の素性は知らされていなかったみたいだね」

 あの後、監視を調べあげたが、あくまでも僕達の動向を調べるという以外に指示は受けていなかったようだ。


「アロウの兄さん、あの人らをどうしたんスか?」

 メインが恐る恐ると聞く。

彼女もまあ裏の世界に足を突っ込んでいた時期がある身だ。

間者に対する聴取というものがどういう事なのか、それこそ実際に見聞きしたこともあるだろう。


「ふふ、心配しなくても、メインの心配するようなことはしてないさ。精神連結の魔法で記憶を少し覗き見ただけだよ。そのあとは、この二、三日の記憶を混乱させて放り出しただけさ」

「あぁ、よかったス。どうにも後味悪い感じなのは兄さんに似合わないスから」

 メインとペルシが胸を撫で下ろす。

彼女たちの手前、そうは言ったが、魔王時代にはそういう手法をとったこともあるというのは、言わない方がいいだろう。

僕とて、彼女たちが思うほどのお人好しではないんだ。


「それと、面白い情報が手に入ったよ」

 実際には情報というようなものではない。

だが、彼らには、自分自身も気付かぬうちにあるメッセージが仕組まれていたのだ。


「なんだ、情報って?」

 ラケインの問に答える。


「教皇様からの依頼(クエスト)だよ」

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