第十章)そして北へ 北伐作戦
本話も過去投稿分になります。
修正分が追いつくまでよろしくお願いします
▪️そして北へ③
「北!?」
リュオさんが目を剥く。
仮にも四大国のひとつ、北の宗教国家を手に入れるというのだ。
とてもまともな案とは考え辛いだろう。
「ええ。魔族は良くも悪くも魔王ありきでしか行動が出来ないんです。数千年の確執はともかく、動きを止めるだけなら、『魔王』を止めればいい。……それが出来るかどうかはともかく、ね」
そもそもが、こちらの大陸へとやってくるのにも、魔王城の転移機能を使わなければならない。
そして、それを使えるのは、魔王だけなのだ。
「だから、問題なのは人間達の方。戦いを止めた後に、こちらの大陸へ魔力を移す算段をつける為にも、ある程度魔族を受け入れる下地を作っておかないと、完全に詰んでしまう。だから、コールを手に入れるんです」
そう。
停戦はゴールではない。
世界を崩壊させる魔力の暴走を止める。
その前提のひとつでしかない。
『神』が無理やりねじ込まれた人間の大陸によって押し出された膨大な魔力をどうにかしないといけないのだ。
この新大陸を構成する、世界の核。
それに余剰分の魔力を流し込み中和させるのが魔族の目的だ。
だが、それを行えば、この地に生きる人間達の多くは、無事では済まないだろう。
だからこそ、その折り合いをつける為にも、最低でも人間と魔族の間に協力関係を結ばせる必要があるのだ。
「それが困難でも、それでもやるしかないんです。実際には、数千年もの戦いの歴史がそう簡単に覆るわけもないんで、相互不可侵あたりが落とし所とは思ってるんですけど、『魔王』を止めて人間の協力も得る。この二枚の手札を使わないと、世界に未来がないんです」
自分で言っておいて、むちゃくちゃだとは思う。
ただ世界を救うだけならばやりようはある。
人間か魔族、どちらかを滅ぼし、その後に魔力を調整すれば事足りる。
だが、今の僕に人間を見殺しにすることは出来ない。
同時に魔族を見捨てることも出来ない。
だから人間を救い、魔族を滅ぼすことなく戦いを止め、さらに荒れ狂う魔力をなんとかしなければならないのだ。
「手に入れるって言ってもなぁ。あそこは普通の国とは、根本的に違っている。コールは宗教国家。人の集団と言うよりは、思想の集団なんだ。単純にトップを抑えようにも、無茶をすれば首がすげ変わるだけだ。何よりも魔族を相手にしている今、そんな真似したら、四方を敵に囲まれることになっちまう。そうしたら事を収めるどころじゃなくなるぞ」
確かにリュオさんの言う通りだ。
西に魔王軍、北にコール聖教国。
各地の小魔王達も大人しくしている奴らばかりではない。
そんなことになれば、もはや手の打ちようもなくなるだろう。
そして、コールは宗教によって治められる国家である。
単純な話、他の王国であれば王族をかたっぱしから排し、乗っ取れば国盗りは完了する。
だが、コールの場合、国とは形ではなく思想。
言うなれば、そこに住む民一人一人が国そのものなのだ。
「いえ、なにもコールに攻め込もうって言ってるわけじゃないです。ただ、こちらが思うように統制したいって事なんです」
この世界に確立する唯一の宗教であるクルス教。
すなわち、全ての人間の精神的な支柱であり、生活の基本である。
一部の地域にある土着の信仰や、教義の些末な差はあれど、ほぼ全ての人間がこの教えに従い生活しているのだ。
曰く、隣人を愛せ。
曰く、隣人を赦せ。
無償で施し、皆で分かち合え。
魔族の視点から見れば、堕落と傷の舐めあいにしか思えなかったが、人間として暮らしてみれば、その教えは非常に魅力的だった。
耳触りのいい綺麗事だが、それは確かに理想のひとつではあるのだ。
だからこそ、クルス教が魔族をも赦し、受け入れるように動けば、魔族と人間とを結びつける架け橋となりうる。
「なるほどね。だからこそ、このメンバーなのね」
ふん、と鼻を鳴らしフラウが口を挟む。
その手元には、いつの間に用意されたのか、焼き菓子が用意されていた。
無論、こちらには最初に置かれた紅茶以外、何も出されてはいないのだが。
「そっちの坊やのお国では、北に色々とちょっかいを出していたみたいじゃない。その伝手を当てにしているのね。で、囮として魔王軍の矢面には大陸の反対側である私たちにうまく暴れておけ、と」
流石にフラウは感がいいだけでなく、頭も切れる。
おおよそこちらの意図を正確に読み取っている。
「おいおい。北の一件は、一応機密なんだが」
「馬鹿ね。現場の軍人であるあなたが知れる程度のことなんて、機密のうちに入らないわよ。本当に秘密にしたいことなんて、城の奥底で蠢いてる化け物たちしか知らないんだから」
まぁ実際、僕達どころか一介の商人であるメイシャの御両親にも知られているほどだ。
フラウが知らないわけはない。
しかし、あのリュオさんに坊やだの馬鹿だだのの暴言は、流石だとしか言い様がない。
「はあ。まあいい。確かに、俺の主導じゃないが、うちの軍部がコールで政権交代を画策させているらしい。要は、アロウと同じ目的で動いているんだろうな。俺としても国を裏切る訳には行かんが、そのルートにアロウを潜り込ませればいいんだろ?」
つまり、エティウもコール聖教国という国ではなく、クルス教自体を乗っ取るため、その頂点を自分の息がかかった者にすげ変えようとしていたのだろう。
クルス教を抑えるという意味では、確かに目的が被っている。
「ええ。地理上どうしても魔王軍の矢面に立たされるのは、西国と南国になります。僕達を北国へ送り込ませる間、フラウには魔王軍の気を引いてもらいたいんです。カリユスさんとガラージには、物流面での工作を担当してもらいます」
実質的に、北国以外の首脳部と言えるメンバーがこの場には揃う。
だからこそ、荒唐無稽なこの作戦が成り立つのだ。
「おやおや、もう物語は決まっているようですね。後出しのようでつまらないですが、協力しますよ」
「ふん、俺からノガルドを奪ったくせに今度は北か。面白いから乗ってやるさ」
カリユス氏は、そうは言いつつもいつもの笑顔でニッコリと頷く。
無論、その穏やかな笑顔の裏で、素早く利益の計算を済ませているのだろう。
ガラージも、国盗りという因縁とも言える内容にむしろ腕が疼くようだ。
「それでは、人間世界の支柱、クルス教掌握作戦、開始します!」




