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第九章)最後の魔王 アンリエッタ=セイムソン

▪️本当の脅威②


「へぇ。『魔王』様、ねぇ」

 いつからそこにいたのだろう。

いや、いつから見られていた(・・・・・・)のだろう。

間違いなくメイダルゼーンが消し飛ぶまで、そこには誰もいなかった。

どれだけ気配を消そうと、あれだけの異様を放つ黒甲冑と禍々しい凶剣を見逃すはずはない。

だとすれば、メイダルゼーンに監視でも付いていたか。

でもなければ、四天王の一人“断罪”と出会うなどという災厄が、偶然起こるなど有り得ない。


「……いるなら声をかけてくれよ、“断罪”」

 務めて平静を装う。

一癖ある四天王の面々の中で、この断罪だけは、比較的常識的だ。

魔剣(レイドロス)”は、己の研鑽にしか興味がなく、他者の言葉に耳を貸すことなどない。

堕天(ウォルティシア)”も、元神として全ての生命を平等に裁いてきた彼女は、神から堕ち、全ての生命を平等に絶望している。

“龍王”にいたっては、会話が成立しているのかも怪しい。


 だが、だからこそこの“断罪”には、最大限の警戒が必要となる。

明確な忠誠を持ち、明確な信仰を持ち、明確な理由を持ち、明確な殺意を向ける、このごく普通の(・・・・・)魔族には、説得や懐柔という手段が通じないのだ。


「あら。隠れて様子を伺っているのに、声をかける阿呆はいないでしょう? 『魔王』様」

 ともすれば幼くさえ見える整った容姿にも関わらず、その表情の凄惨さからは、愛らしさの欠片も感じ取ることは無い。


 正直に告白する。

魔王であった時から、彼女のことは苦手だった。

見た目こそ人間に換算すれば、10代後半といったところか、今の自分よりも幼いこの魔族は、実のところ先代魔王以前からの魔族の守護者である。


 アンリエッタは、魔王に仕えない。

魔王軍に仕えるのだ。

事実、魔王として生まれた後、一番初めに臣下となったのが彼女ではあったが、本当の意味で臣下となったのは、逆に一番後のこと。

数十年の研鑽の後に、漸くその力を認め、四天王となることを承諾したのだ。


「オグゼ。貴様達の独断専行は、いつもの事だ。今更どうしようとはないが、私を前に(いささ)か行儀が悪くないか?」

「ちぃ……」

 アンリエッタにジロリと睨まれ、ラケイン達を庇うように斧を構えていたオグゼが、戦斧を地に置き腕組みをする。

魔王にすら従わないこの牛巨神(ベヒーモス)にとって、この姿勢は平伏と同義である。

単純な強さだけではない、アンリエッタの底知れなさがそうさせるのだ。


「それで? お前が()に出ているってことは、やはり『魔王』が現れたんだな」

 彼女は、先代の魔王が勇者に倒された後も、独り魔王城に留まったという。

そして、有名無実と化した魔王軍を名乗り、野良の魔族たちから城を守り通したのだ。

実際、僕が魔王として目覚め、最初に目にしたのが彼女だ。

知識はあれど経験のない新人魔王である自分を鍛え上げ、担ぎあげたのは紛れもなく彼女。

すなわち、彼女こそが魔王軍そのものであると言って過言ではない。

その彼女が、こうして外界に来ている。

それは、思いつきなどではありえないし、単なる作戦などでもない。

彼女に命令をし得る人物、すなわち魔王からの勅命があったにほかならないのだ。


「それを私が答える必要があるかしら? と言いたいところだけれど、そうね。どうせ確信しているのだろうし答えるわ。()よ。新たなる『魔王』様が生まれたわ」

 ぞくり、と背筋が凍る。

『魔王』が生まれた。

その事がこれほどに恐ろしい。


 それは、強大な敵が現れたということに由来するものでは無い。

自分が『魔王』だったという根底を揺さぶられるものだったからだ。


 『魔王』とはシステムだ。

一時代に一人、魔族を束ねるものとして生まれる、唯一無二の存在。

仕組みこそ分からないが、各時代の『魔王』は、大凡の知識を持ったままに転生を重ねる。

自分自身、前回の魔王であったリオハザードの記憶を持っている。

だが、今更のことではあるが、今の僕は魔王ではないし、そも魔族ですらない。

さらに言えば、今の身体となって、無論知識は引き継いでいるが、何よりも、人格までもを引き継いでる。

それは、これまでの魔王にはなかった事だ。

お前は『魔王』ではない。

そう突きつけられたのだ。


 何よりも、アンリエッタは見破っている。

それを答える必要があるのか?

彼女はそう言った。

彼女がこうして口をきいているのは、あくまでも前の魔王であったという秘密について、探ろうとしているからに過ぎない。

『魔王』ではないお前の質問に答える義理などない。

そう言ったのだ。


「ふふ、どうしたの? 顔色が悪いわよ、『魔王』様。いえ、今の貴方は違うのよね。まあ、人間風情の名など知る必要も無いけど」

「待て、アンリエッタ。僕達は別に……」

 そこまで声に出して気づく。

おかしい。

今の言葉通りならば、アンリエッタはこちらを元魔王ではなくただの人間としか考えていない。

それならば、例え(あざけ)りであったとしても、言葉を交わすような性格ではない。

人間など等しく視線を向ける価値もないと考えるのがアンリエッタだ。

そもそも、『魔王』であった頃から、これほどに会話をした覚えもない。


「貴様が魔王だろうとなんだろうと構わない。疾く消え失せろ人間!」

「……はっ! 防御だぁーっ!」

 僅かに数瞬、こちらが早かった。

録に術式も組まない魔力の障壁。

激しい魔力の激突。

当然すぐに突破されるような雑な障壁だが、刹那の時を稼ぐことができる。

その間により堅固な障壁を頭上に編み込むことに成功する。


 アンリエッタの奇襲。

会話で気をそらせているうちに狙いをつけていたのだろう。

荒れ狂う猛威。

この威力は、超遠距離からの魔法か。

ともかく、その猛威をなんとか凌ぎきる。

気遣う余裕もなかったが、ちらりと後ろを振り返れば、リリィロッシュやラケイン達も、それぞれになんとか生き残れたようだ。


「ぐぅぅ」

「ブルーガ!」

 牛巨神(ベヒーモス)兄弟の弟、ブルーガが呻き声をあげる。

先の戦いでオグゼを庇ったダメージのせいで、僅かに反応が遅れたのだ。

見ればその左腕が、肘から先が綺麗に消え去って(・・・・・)いた。


「アンリエッターっ! 貴様、この俺達ごと狙うとはどういうつもりだ!」

 オグゼが激昴する。

だがそれとは反対に、アンリエッタは冷ややかな目を投げつける。


「ふん、命令違反はともかく、人間如きと馴れ合うようなクズなど、魔王軍には不要だ。しかし、元『魔王』はともかく、他の人間まで生き残るとは、少し見くびっていたわね。あの方の予感通りか。……これは、『魔王』様が喜ばれるわ」

 こちらに視線を向けつつも、全く視線を合わせることなくアンリエッタが呟く。

彼女にとって、今の僕達など脅威どころかなんの障害にもなり得ないのだ。


「アンリエッタ、それはどういう……」

「『魔王』様。今の名を教えてくださる? あの方に貴様の名、お伝えしてあげるわ」

 全くこちらの問いを意に返さない。

口調こそ慇懃であるが、人間など口をきくのも嫌だと憚らない。

もはや、今ここで彼女と会話を続けるのは不可能だろう。


「……アロウ=デアクリフ。“魔帝(マギスター)”のアロウだ」

「そう。“魔帝”……ね。ふふ、人間も面白い字名を付けるものね。いいわ、アロウ。今この場では見逃します。あの方の為にも、生きて私たちの前に現れなさい」

「待て!」

 そう言うが早いか、アンリエッタの姿は薄れていく。

空間転移の魔法が既に仕掛けられていたのだろう。

まるで霞がかかったように、アンリエッタは消えた。


「ちっくしょう。好き勝手ばかり言いやがって」

 独りごちるが、四天王“断罪”という悪夢から、なんとか生き延びることができたのだった。

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