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第九章)最後の魔王 断罪

▪️本当の脅威①


「ちっ。興が削がれたわ」

 戦斧・神獣(クジャッタ)を肩に担ぎ、オグゼがぶふぅと鼻息を荒くする。


「上官が消し飛んだからには、勝負はここまでだな」

 ラケインも剣を納め、停戦の意を唱える。


「ブルーガさん、大丈夫ですか?」

「いちち。あぁ、これしきどうということは無いさ。回復ありがとな、アルメシア」

 メイダルゼーンの魔弾から兄を庇ったブルーガは、メイシャの回復魔法を受けている。


 強者との戦いを(ほま)れとする彼らも、好き好んで殺し合いをしている訳では無い。

戦闘の結果、命のやり取りとなることは覚悟していても、他人から押し付けられた殺し合いを是とするわけではない。

むしろ、命をかけたやり取りの中で、強い友情を築いていた。

つい今しがたまで、どちらかの死をもってしか決着がないだろうと思われた死闘を繰り広げた間柄ではあったはずが、むしろ旧知の親友同士であるかのような感覚を、四人ともが持っていたのだ。


「しかし、あれでもメイダルゼーン(あのカス)は、魔王軍の幹部。それをあそこまで追い詰めるとは、お前の仲間も大概なものだな」

 オグゼがメイダルゼーンが駆けてきた方向に視線をやる。

純粋な興味もあったのだろうが、照れ隠し混じりの独り言だった。

すると、ラケインの仲間らしい人間の青年と、恐らくは魔族なのか、黒い装束を身につけた女が駆けつけてきた。




「万が一、とは考えたけど、思った通りの結果になったみたいだね」

 アロウが苦笑する。

指揮系統がある状態ならばともかく、完全に戦いに熱中したオグゼとラケインならば、メイダルゼーンの横槍を許すはずがないとは思っていたのだ。


「ほぉ、このチビか。ラケインの友よ。人間の魔法剣士なのだろうが、貴様もやるもの……。む、むう? この魔力、どこかで……」

 賞賛を送ろうとアロウに近づいたオグゼが目を丸くする。

目の前にいるのは、どう見ても人間の若者。

脳裏をよぎる、かの人物であるはずはない。

それでも、身に覚えのある魔力の雰囲気に、どうしても疑念を持たざるを得ない。


「ん? どうした兄貴……、ん、んん? おい、チビ。お前、ひょっとして……」

 ブルーガも、同様の感想を持ったようだ。

しかし、牛巨神(ベヒーモス)から見れば人間なんてみんながチビだろう。

この兄弟、失礼極まるのは、相変わらずのようだ。


「ほほぅ。この()をチビ扱いとは、面白いことを言うな、《蒼炎》に《朱風》よ」

「ま、『魔王』様じゃねーか!」

 だから精一杯脅かしてやろうと思ったのだ。




「ほお、転生とは、噂には聞くが……。くくくっ」

「兄貴、笑っちゃ悪いって。あの『魔王』様が、ひっ、に、人間のチビに。ひっ、腹が痛てぇ」

 最後まで気づかなかったメイダルゼーンに比べれば流石と言うべきだろうが、この二人からの扱いは、尚更に失礼な感じになってしまった。


 そうだ。

この兄弟は、昔からこんな感じだった。

実力だけ見れば、充分に幹部を任せられるのだが、命令は聞かない上に、部下の統率など知ったことかと単独行動ばかり。

他の牛巨神(ベヒーモス)に比べても抜きん出た力を持ちながら、作戦に組み込むことが出来ず、何度歯がゆい思いをしたことか。

この兄弟が率いた牛巨神(ベヒーモス)牛鬼人(ミノタウロス)の軍団があれば、それだけで国の一つや二つを落とすことが出来たはずなのだ。


 それでも、『魔王』としての力を認めてもくれていたようで、友としての頼みならば、二言を言わずに協力してくれた。

だから、正規の魔王軍とは別扱いで、直属の部下という扱いにしたのだった。


「しかし『魔王』様よぉ。あんたが人間になっちまったのは分かった。だが、あんたは今、どっち側の立場なんだ? 俺達も魔王軍なんぞ知ったことじゃないが、それでも人間が仇敵なのに変わりはない。返答次第では、いかに『魔王』様と言えど、見過ごせねぇぞ」

 すぐ前まで笑っていたブルーガだったが、目付きを険しくし、あからさまな殺気を向けてきた。

魔王の命令すら聞かない二人だが、それでも人間に対する恨みは深い。

正確には、人間の世界全てを敵と見定めた時間が長すぎた。

敬服も親愛も比較にならぬほどに、魔族にとって人間とは敵なのだ。


 だが、その答えは決まっている。

以前、リュオに問われて以来、その答えを心に決めている。

「悪いけど、今の僕は、『魔王』じゃない。だから、魔族の味方ではない。ただ分かって欲しい。『魔王』であったことも忘れたわけじゃない。今の僕は、魔族の味方でも人間の味方でもない。世界を救う。ただそれだけだ」




「へぇ。『魔王』様、ねぇ」

 不意にかけられた声に、思わず総毛立つ。

確かに、難敵を倒し窮地を脱した安堵感はあった。

油断していたと認めよう。

それでも、数メートルしか離れていない屋根の上に現れたその女性に、この場の誰一人として気づかなかったのだ。


 まるでこれまで倒した亡者の嘆きかこびりついているかのような、苦悶の表情を刻みつけた、漆黒の鎧。

背負う大剣は、返り血がこびりついてでも居るように赤黒く不気味に脈動する。

全身鎧を身にまとっているが、本人の小柄な体格のせいで、さほど大きくは見えない。

にも関わらず、一言声を発した後、もはや隠す必要も無いとばかりに放たれる存在感は、先程までのメイダルゼーンなどと、比ぶべくもない。


 何より、その鎧には見覚えがあった。

精悍な表情に似つかわしくない、むしろ幼ささえ感じる整った素顔は初めて見るが、あれほど禍々しい鎧など、魔族の地にあってさえ、二つはないだろう。


「……いるなら声をかけてくれよ、“断罪”」

「あら。隠れて様子を伺っているのに、声をかける阿呆はいないでしょう? 『魔王』様」

 そこにいたのは、かつての、そして現在の魔王軍四天王。

“断罪”のアンリエッタだった。

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