第九章)最後の魔王 鬼の軍団
▪️魔王軍の襲来⑱
ラケインが牛巨神と激闘を繰り広げ、アロウがメイダルゼーンの猛攻を必死に凌いでいる頃、リリィロッシュもまた死闘を展開していた。
「烈風系魔法・西方の烈風!」
巨大な風の刃が魔族の集団を襲う。
だが、大型の魔族の一撃によって、それも霧散する。
リリィロッシュの前に立ちはだかるのは、百を超える高位魔族の群れ。
メイダルゼーンの固有能力によって召喚された、鬼族の軍勢だ。
一時は三百ほどまでもその数を増やしたが、アロウの方でも戦いが激しくなっているようで、それ以上の増員はなく、およそ半数になるまで敵を減らすことが出来た。
「くっ、少しはこたえてくれると嬉しいんですけど」
だが、それもただ数の上だけの話。
最初の数度で、小鬼をはじめとする下級魔物を消し飛ばすことには成功したが、その後ろに控える高位魔族たちには、ほとんど痛痒を与えていないのだ。
「ゲハァァ!」
大鬼が飛び出す。
その手にはおよそ人間一人分はありそうな巨大な曲刀が握られている。
鋭い斬撃。
それを、たたん、とステップを踏み軽やかにかわす。
顔のすぐ横を、それだけで身を削られそうな暴風が吹き抜ける。
曲刀を振るったことによる風圧だ。
剣を扱う技術は、さほど高くはない。
だが、それでも、ただ振るうだけでこの驚異である。
「……っ!」
慌てて身をかがめる。
曲刀をかわしたその先に襲いかかるのは、まるで大蛇のように鎌首をもたげる、砂塵の触手だ。
一本。
二本。
次々と襲いかかる触手を避け、三本目の触手を魔杖・黒桜昇狼で打ち払う。
わずかに一瞬にも満たぬ刹那、動きが止まる。
その間隙を狙い済ましたかのように、無数の魔法がリリィロッシュを狙い撃つ。
鋭い氷柱。
燃え盛る火球。
圧殺するように迫る石壁。
降り注ぐ下向きの竜巻。
「なめるなぁぁっ!」
だが、リリィロッシュとて負けてはいない。
黒桜昇狼を上に掲げ、魔力を高める。
「吹きとばせ! 烈風系魔法・暴風魔障壁っ!」
リリィロッシュを激しい竜巻が瞬時に包み隠す。
襲いかかる数々の魔法を防ぎ、更には相手へと跳ね返す、攻性障壁の魔法だ。
「ほぅ、その程度の詠唱と魔法で我らの魔法を防ぎきるか。なかなかに楽しませてくれるわ」
そう言ったのは、先程、砂塵の触手を操った阿修羅だ。
その程度の魔法。
その通りではある。
先程リリィロッシュを襲ったのは、おおよそ第四領域級魔法。
対して、暴風魔障壁は、第三領域魔法に属する。
それを宣言と術名だけの超短文詠唱で防ぎ切ったのだ。
領域で劣る魔法で、出力で打ち勝つには、並ならぬ集中と実力が必要となる。
阿修羅のこの言葉は、リリィロッシュに対する最大の賛辞とも言えた。
「あらそれはどうも。ふふ、貴方、不細工な鬼にしては見どころがあるわ」
リリィロッシュは、それまでの苦戦などなかったように、高らかに、柔らかに笑う。
自分はお前達よりも格上だ。
自分はお前達よりも強大だ。
この程度の相手、容易いものだ。
そう自分に信じ込ませる。
そうでなければ、戦う気力が失せてしまう。
これまでの戦いで、相手の実力の程は把握出来た。
まず、一番数が多いのは2mを超す巨体を持つ大鬼。
そして、大鬼より一回り小さいが、首どころか肩口まで開く大きなあごを持つ人喰鬼。
こいつらは、怪力だけが取り柄の雑兵だ。
それでもAランクでも中位にあたる高位魔族。
凶悪な物理攻撃だけではなく、高威力の魔法も操るまさに破壊の申し子。
それが百体。
これだけでも既に絶望的な戦力ではある。
だが、それだけならばまだ希望はある。
確かに能力こそ恐ろしいものがあるが、その技術は拙く、いくらでもさばきようはあるのだ。
だが、本当に厄介なのは、その後ろだ。
3m近くある巨体に大木を引き抜いたかのような大槍を携える、一つ目の巨人。
この場に六体いるAランク上位の怪物、単眼鬼。
彼らはその巨体ゆえに動きこそ緩慢だが、そんなことを問題としない剛力と硬い表皮を持つ。
そして、体躯こそ大柄な人間程度と、この中では最も小さいが、頭の前後に二つの顔を持ち、腕は左右二対の四本。
そして何より、冷徹な眼光と視認できるほどの濃密な魔力を宿す、Sランクの最高位魔族、阿修羅。
この七体は、恐らくは単体でもリリィロッシュより強いはずだ。
「ふう。それにしても、ふざけた能力ですね。百鬼夜行。いくら系譜の下位種族とはいえ、ほぼ自分と同じ力量の最高位魔族をノーリスクで召喚するなんて」
思わず悪態をついてしまうほどに、メイダルゼーンの能力は凶悪だった。
本来、使い魔として召喚される魔物は、小動物程度の場合がほとんどである。
それが術者に危険のないギリギリの範囲。
高位の魔物を召喚するとなれば、膨大な触媒を用意するか、自身の生命すら危険にさらさねばならない。
それを、ノーリスクで、しかもSランクの魔族までもを召喚したのだ。
その異常さは、推して知るべきである。
だが、だからこそだ。
そんな能力の一端を、自分が引き受けるからこそ、今の膠着状態がある。
他の三人もそれぞれに激戦。
誰か一人でも、叶うならば自らが戦いを制し、他のメンバーの元へ駆けつける。
それしかないのだ。
「おい、女」
不意に阿修羅がリリィロッシュに呼びかける。
「貴様、そこそこにやるようだ。どうだ? 俺が飼ってやるから降伏するがいい」
腕組みをしたまま、尊大な素振りで降伏を呼びかける。
リリィロッシュは、目を点にする。
彼は何を言っているのだろうか?
いや、無論その意味も、意図するところも理解できない訳では無い。
だが、彼らはメイダルゼーンの生み出した使い魔。
それこそ、メイダルゼーンの意思なしに、そんなことを決めるだけの自由などあるはずもない。
「ふん、不思議そうな顔だな。なに、心配せずとも、悪いようにはせんさ。いくらあの頭の鈍そうな我らが主人も、この俺程の戦力の言うことを無碍にはせんだろうし、貴様ほどの腕ならば、小鬼ども千匹よりも価値がある」
ここまで話を聞き、リリィロッシュにある仮説が思い浮かぶ。
なるほど。
もしそうならば、なんとかなるかもしれない。
「ふふ、いいでしょう。ただし、先程産まれたばかりの子供にどうにか出来るものならば、ですが」
リリィロッシュは、黒桜昇狼を構え直し、魔力を高める。
その口元には、妖艶な笑みが浮かべられている。
勝機はある。
なるば、あとはそれを成すだけなのだから。
「ふん、その言葉、覚えておけよ。やれ、鬼共。腕の一本や二本ならば引きちぎっても構わん!」
阿修羅の号令により、再び鬼の軍勢が動き出す。




