第九章)最後の魔王 戦闘開始
更新に間があいてしまったので少しおさらいです。
アロウ:主人公
ラケイン、メイシャ(アルメシア)、リリィロッシュ:主人公パーティ
オグゼ、ブルーガ:戦闘狂のベヒーモス兄弟
メイダルゼーン:鬼種族のボス。オーガロード
▪️魔王軍の襲来⑮
ちらとリリィロッシュの方に視線を送る。
よくやっている。
それがひと目見た感想だ。
最高位の鬼を含め、数百もの魔族を相手に、こちらへと意識が向かないよう牽制をしながら立ち回っているのだ。
高位魔族の彼女とはいえ、本来なら無茶な話だ。
先程はああ言ったが、この戦力差は、およそ絶望的だ。
魔王軍でも屈指の実力を持つ牛巨神の兄弟。
無尽に生み出される魔族の兵士。
正直にいえば、そのどれもが一国の軍が総力を挙げて対応すべき相手だ。
そして、目の前の相手も、決して侮れるような相手ではない。
暴鬼・メイダルゼーン。
第十軍団、第三部隊長。
それが奴の所属だ。
魔王軍の頂点に君臨する四天王、そのそれぞれに三つの軍団を配し、さらにその下にいくつかの部隊が存在する。
そのうちの一つ、鬼種を統括する部隊の長が、このメイダルゼーンだ。
残忍で狡猾。
その部隊が通り過ぎた後には、血と怨嗟しか残らないという。
魔族としての誇りも、戦士に対する敬意もない。
あらゆるものを蹴散らし喰らい尽くすそのやり口に、魔王軍の中でも彼を毛嫌いするものが多い。
それでも、排斥されることなくこの地位にあるのは、ひとえにその実力によるものである。
四本腕の剛力と堅固な体躯。
膨大な魔力量に高度な魔法技術。
自らが戦うことを嫌うが、その実力は正しく魔王軍幹部の名に相応しい。
「ほお、あの数の兵を相手取るか。やはりなかなかにやるわ」
メイダルゼーンもリリィロッシュを見てそう呟く。
そう言うと、“百鬼夜行”による召喚を中止し、こちらへと向き直り、これで詰みだと言わんばかりにニヤリと笑う。
やはり、手強い。
その下卑た口元、人を見下す曇った瞳からは、こちらを警戒したような様子は全く見られない。
事実、ハッキリと舐められているだろう。
それでもなお、固有能力の発動を止めた。
それは、今の戦力でもリリィロッシュを倒すのに充分だと判断したという事。
そして、万が一にも自分に危険がないように、その力をこちらへと向けた。
慎重、堅実。
そして、その戦力差を余裕と捉えるのでなく、相手を絶望させるために容赦なく全力を尽くす。
残忍かつ傲慢なその性格こそが、メイダルゼーンの強みなのだ。
「さて、小僧。貴様が何者なのか……。その体にゆっくりと尋ねてやるとするか」
そう言って無造作に放たれたのは、火炎の魔弾。
大きさはただの炎弾程度。
だが、一目見て肌が総毛立つ。
分析も何も無い。
ただ、全力で距離をとる。
瞬間、視界を巨大な炎の壁か覆う。
あれは、違う。
一瞬だが、解析できただけの術式を思い起こす。
恐らくは、第三領域にも相当する「炎爆」の大魔法を「凝縮」の風魔法で封じ込め、炎弾に似せて放り投げたのだろう。
冷や汗が、頬をつたう。
僕とて、第三領域の魔法を無詠唱で放つ程度のことは出来る。
事実、得意とする赤扇も難易度としては、第三領域に属する。
だが、無詠唱と無挙動では、話が違う。
詠唱を省略したとしても、その発動には、術式の構築、固定、魔力の溜め、そして発動と、様々なプロセスが必要となる。
だがメイダルゼーンは、正しく無挙動で、それこそ息を吸って吐くが如く、これほどの大魔法を放り投げたのだ。
さらに言えば、魔法と魔法は通常反発する。
にも関わらず、わざわざ別の魔法を使ってまで擬態することまでしてのけたのだ。
いくら魔族と人間では、内在する魔力量の桁が違うとは言え、これは、あまりにも……。
“暴”と“魔”の権化。
メイダルゼーンには、その二つ名があったことを今はっきりと思い出した。
「ほぉ、よく分かったな。だが、こんな子供だましで必死ではないか」
そう言うメイダルゼーンの両方の両腕には、計四つの炎弾が、いや、爆炎弾が揺らめいている。
吸って吐くだけ。
つまり、これほどの大魔法もメイダルゼーンにとっては、言葉の通り児戯にも等しいのだ。
詠唱も、ましてや技の名前すらないただの魔法。
それが、必殺すら超えて絶殺の威力を持っているのだ。
爆炎弾が投げられる。
無価値に、無慈悲に死ねとても言うように、放つのではなく、ぽい、と投げられた。
立ち上る巨大な火柱。
四つの豪炎によって、火災旋風が巻き起こる。
「げはは。なんだ、存外にたわいなかったわ。……ぐあっ、なんだ!」
だから、火災旋風を目くらましに、その大笑いする口を目がけ射掛けてやった。
ダメージは狙っていない。
魔力を察知されないよう、こちらも無挙動での速射魔法を使ったからだ。
「そんな馬鹿笑いして何が面白いんだよ。火遊びが上手に出来て楽しかったのか?」
すなわち、狙うのは精神。
実力では圧倒的に向こうが上なのだ。
舐めて増長させるか、怒らせて激昴させなければ勝機などない。
「き、貴様ぁぁ! クソのような人間の小僧の分際が! この、俺様に、なにをしやがったぁっっ!」
普段は、無尽蔵に喚べる手下に暴れさせて自分で戦うことなどしない奴だ。
格下に見ている人間からの攻撃など受けたこともなかったろう。
さて、それじゃあゆっくり料理してやるか。




