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第九章)最後の魔王 蒼炎のオグゼ

▪️魔王軍の襲来⑭


「グォォォォっ!」

 地を振るわさんばかりの雄叫びをあげる。

その手に握られるは、巨大な両手持ちの戦斧。

神獣(クジャッタ)”。

紅い宝玉の瞳を爛々と燃やし、持ち主同様に視認すら出来るほどの魔力を咆哮するその戦斧は、魔界の刀匠によって鍛えられ、幾万の魔族をも喰らい尽くしてきた必殺の武器である。

先日の邂逅の折に持っていた戦斧も、かなりの業物であったが、それでもこの神獣(クジャッタ)に比べれば枯れ枝に等しい。


 この斧を人間の世界で振るったことなどなかった。

強者との血湧き肉躍る戦いを求めるオグゼにとって、指先で弾いただけで爆散し、睨みつけただけで白目を剥くような人間などに、この神獣(クジャッタ)を振るう必要がないどころか、その血で汚すことすら忌避していた。


 だが、目の前のこの戦士は違った。

人間としては、そこそこに大柄ではあるが、自身の半分程度しかないこの戦士は、互いに準備が不十分な状況とはいえ、一度は自分を退けたのだ。

資格は充分。

否、この神獣(クジャッタ)を振るうに相応しい好敵手なのだ。


「ちっ! 楽しそうな顔をしやがって!」

 ラケインが黒い長刀で迎え撃つ。

先の戦いの最後に見せたあの重く硬い武器を、戦斧に合わせ狙いを逸らす。

正確には、全力でたたき落としにいってようやく逸らせることが出来たのだ。


 あまりに非力。

だが、それでも構わない。

オグゼが放つ一撃を、僅かにでも逸らし、生き延びることが出来る人間など、それまで想像だにしていなかった。

その一撃を、もう何度も凌ぎ切っているのだ。

これが破顔せずにいられようか。


「くははは! 貴様こそ! 貴様こそその笑みはなんだ。やるなあ、おい、ラケインよ!」

「ふっ、ああ。認めよう。これほどまでに純粋な気持ちで力をぶつけることが出来る。この至福を!」

 二匹の獣が凶悪に口角を歪め、獰猛に吐息を吐き、地を揺るがす轟音と、空を歪ませるほどの衝撃を撒き散らしながら幾度も武器を合わせる。

オグゼが戦斧をうち降ろせば、ひらりとラケインが躱し、高速の二連撃を放つ。

それを左手一本で受け止め、戦斧を槍のようにして突き出す。

ラケインもまた、身をひねったかと思えば、その動きのままに遠心力に任せた強力な一撃で返す。

だが、今度はオグゼが、躱す素振りすら見せず、その斬撃ごと突き出した戦斧で切り払う。

既に空中で攻撃態勢に入ってしまっているラケインに、それを防ぐ手立てはない。

だが、その流れを読んでいたかのように、放たれた剣筋を変化させ、迫り来る斧を穿ち、その反動で距離を撮ることに成功する。


 この間、約三秒。

瞬きはおろか息をする隙さえ決定的な隙となる工房を終え、二人は大きく息を吐く。

こうしたやり取りを数十回。

既に三十分ほども続けているのだった。


 よく持たせている。

それがオグゼの正直な感想だ。

確かに類まれなる戦士だ。

確かに一流という枠すら超えた、第一級の戦士なのだろう。

これほどに自分と打ち合えるものなど、魔族にもそうはいない。

だが、それでも、決定的に足りないものがあるのだ。


「素晴らしいぞ、ラケイン。……だから、これを凌げ。絶対にくたばってくれるなよ?」

 そう声をかけ、戦斧を高々と掲げた。




「あ、やべ。兄貴のやつ、アレをやるつもりだ」

 少し離れたところで様子を見ていたブルーガが、腰を浮かす。

既に形だけの交戦状態すら解き、メイシャの作った即席の観覧席に着いていた二人だったが、ブルーガが急に慌てふためく。



「おい、アルメシア。俺の後ろに隠れろ。ここじゃ巻き添えを食らう」

「え、なんなんです?」

 急に慌て出すブルーガに、嫌な気配を感じて逆にラケインの元へ近づこうとする。


「行くな! 今からじゃどうにもならんし、お前もあの二人を邪魔したくはないだろう? だったら(つがい)を信じて、今は隠れろ!」

 ブルーガがそれまでとはうってかわり、激しい剣幕でメイシャを叱咤し、小柄なその体をつまみ上げて自分の後ろに隠す。


「ラク様っ……!」

 メイシャのそのつぶやきと、蒼い閃光が放たれたのは、ほぼ同時だった。




「吼えろ、神獣(クジャッタ)! 煌焰(ヒノ)神殺破(カグヅチ)ィッ!」

 オグゼの魔力が膨れ上がる。

人間と魔族の圧倒的な違い。

それは、内在する魔力量の差だ。

確かに、一流の魔法使いであれば、魔法の扱いにも長け、魔力も相当なものがあるだろう。

だが、それでもなお、高位魔族のそれは、人の上限を軽く上回る。

そして、そんな魔法使いでは、オグゼの前に立つ事なと出来ない。


 そして、オグゼにしても、魔法を不得手としているだけで、魔力に劣るということは無いのだ。

こうして魔力の出口を式で固定して放つことの出来る魔道具があれば、その問題は解決する。

彼の持つ戦斧、神獣(クジャッタ)は、先の戦いの戦斧同様、持ち主の魔力を吸い炎を放つことが出来る。

だが、その最大の違いは、放出する熱量だ。

あまりの高音に炎は赤から青へと変わり、立ち上る上昇気流によりその蒼炎は、高く、まるで巨大な剣のように高くそびえる。


 オグゼの心に、若干の曇りがかかる。

これほどの戦士、実に惜しい。

人間の戦士だ。

これほどの腕を持ち、魔法もまた長けるなどということはあるまい。

ならば、これでもはや詰みなのだ。

実力での差ならばともかく、種族という根本的なところでの決着に、心か揺れないわけがない。


 だが、相手に全力を尽くす。

それが出来ぬほどの不義理が他にあるだろうか。

それが、まさにこれほどまでの相手ならば尚更のことだ。

オグゼは、一度だけ目を伏せる。

次の瞬間、


「さらばだ、豪剣士(ブレイダー)

 《蒼炎》が振り落ろされた。

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