第九章)最後の魔王 獣、二匹
▪️魔王軍の襲来⑩
ラケインは無言で武器を構える。
右手に大剣・万物喰らい。
左手に盾槍・蒼輝。
その身には、半月の魔鎧を纏い、額には、対魔の鉄甲・暁天の鉢金を当てている。
ラケインのフル装備である。
そのラケインの目の前には、巨大な戦斧を肩に担いだ青いたてがみの牛巨神が立ちはだかる。
紅の瞳を持つ、咆哮する魔獣を象った戦斧を携え、青く脈動する胴鎧で身を固め、立ち上る魔力によってたてがみが逆立つ。
《蒼炎》のオグゼも万全の体制で待ち受ける。
二人の獣は、互いに無言である。
勝負を預ける。
そう言った二人が再び出会ったのだ。
もはや、交わす言葉などありはしない。
ガゴォォ。
突如、雷鳴の如き炸裂音。
同時に、大気を引き裂くような衝撃が周囲に走る。
その正体は、無論、二人の獣の衝突によるものだ。
「くははは! 流石よ。やるな、ラケイン」
両手持ちの巨大な戦斧が風を巻き込みながら、その猛威を存分に吹き荒らす。
ただ振り回しているだけでわない。
轟々と繰り出されるその一撃一撃が、必殺の威力と精度を備えた死そのものである。
巨大な体躯を持つオグゼにして、あまりに巨大な戦斧である。
いかに大柄な方であるとはいえ、人間の身のラケインにとって、それは無数の鋼鉄の壁が降り注ぐに等しい。
「はぁぁぁっ!」
対してラケインもまた、猛威と呼ぶにふさわしい攻撃を次々に放つ。
身の丈ほどもある万物喰らいを振り下ろし、なぎ払い、その遠心力をそのまま叩き込むかのように蒼輝で刺し穿つ。
無慈悲な程に凶悪なオグゼの攻撃を躱し、自らも攻撃する。
恐るべきは、その体捌きである。
直撃どころか、かすりさえしても大ダメージを避けられぬほどの猛攻を、全て紙一重でかわすのだ。
防御などありえない。
鉄の壁に等しいオグゼの戦斧である。
しかも、前回の戦いとは違い、オグゼには油断も加減もない。
戦士として認めた好敵手を相手に、全力の攻撃を放っている。
蒼輝だろうが万物喰らいだろうが、ぶつかった瞬間に腕ごともぎ取られるだろう。
故に、防御はなく回避一択。
だが、ラケインのすさまじさはそれに留まらない。
回避の動きがそのまま攻撃に連動するのだ。
唐竹に振り落とされる戦斧を、半身になって躱し、その捻りを生かして蒼輝で衝く。
間合いが違いすぎる故にオグゼの腕を僅かに傷つけるに過ぎないが、確かにダメージを与える。
次いで左足を半歩引き、ねじった体を戻す勢いと共に、オグゼの戦斧の上を滑らせるように万物喰らいを走らせ、オグゼの首を狙う。
こうして回避と反撃、さらに次の攻撃へと、全ての動きを無駄なく繋げることで、オグゼ以上の手数を確保しているのだ。
しかし、それを受けるオグゼもまた怪物。
自らに倍する手数の攻撃を、戦斧の柄で、角で、手甲で僅かに逸らし、その直撃を防いでいる。
牛鬼人の強化変異種である牛巨神は、魔族でありながら魔法を不得手としている。
しかし、その欠点を補ってあまりあるほどに強固な肉体を持っている。
膂力、そして耐久。
更には驚異的な技術すら持った、最上級の戦士。
それが《蒼炎》のオグゼなのだ。
「くはは! どうした、《剛戦士》。その程度では、我が硬皮に傷は付けれんぞ!」
「ちぃっ。確かに、埒が、明かない、か!」
ギリギリの攻防の中、一際大きな衝撃とともに身を離し間合いを取る。
いかに強大な攻撃だろうと、当たらなければ意味は無い。
それと同様に、いかに密な連撃を繰り出そうと、効かなければ意味はない。
ラケインとオグゼの攻防は、一見互角にも思える。
だが、激しく動き回るラケインの方が消耗が早い。
ただでさえも体躯に劣るラケインが無理をしたからこその膠着だ。
それは、スタミナと精神力を容赦なく削り取る綱渡りような立ち回りだ。
そして、そのどちらか一方が途切れた瞬間、ラケインは肉塊へと変わるのだ。
「やはり、蒼輝では無理か」
そう言い、万物喰らいから魔剣を抜き放つ。
蒼輝も万物喰らいも置き、魔剣に全ての力を注ぎ込む形だ。
「そうだな。それしかあるまい」
オグゼが満足そうに戦斧をしごく。
そう。
これしかないのだ。
短槍である蒼輝はもとより、万物喰らいでさえ、致命打にならないのだ。
さらに、オグゼの振るう戦斧に至っては、ただ振り回すだけでも打ち合うことすら出来ない。
なるば、防御も手数も捨て、一撃の重みに特化させた、魔剣による一刀流剣術でしか、勝機を見出すことはできないのだ。
「待たせたな、オグゼ」
「あぁ、楽しもうか、ラケイン」
二匹の獣は、互いに睨み合い、そして同じ獰猛な笑みを浮かべる。
互いにその右足を踏み出し、いま、激突する。




