第九章)最後の魔王 蒼き鎧の騎士
▪️魔王軍の襲来⑧
メイシャの手を離し、歩みを進める。
吸血族であると打ち明けて以来、メイシャはその血の力を使うようになった。
もっとも、その力を必要とする程にまで強い敵とまみえることが多くなったとも言えるのだが、問題はまだその力を制御しきれていないことだ。
自身の精神エネルギーを極端に高めることで、扱える魔力量を爆発的に増加させる。
それが吸血族の正体だ。
だが、巨大すぎる力に精神が飲み込まれ、理性が振り回されてしまい、残酷な行為に酔いしれてしまうのだ。
ラケインにも覚えがある。
気の源である、生命エネルギーを高めすぎることで、原始的な衝動に駆られ、狂戦士とし、破壊衝動に精神を食い潰されてしまう。
メイシャは、種族としての嫌悪感もあり、その事を恥じているのだが、ラケインは違う。
それもまた自分であり、だからこそそれをうけいれ、かつ、律しなければならないと考えている。
前を見据える。
村の奥の方から、小鬼とその上位個体と思われる大柄な魔物が数匹現れた。
なるほど。
アロウから聞いていた通り、魔界の魔物は、こちらの大陸で見かけるものとは、格が違うらしい。
身につけている装備、足運びから察せられる技量。
間違いなく強敵である。
ニヤリ、と口角が上がる。
右手に万物喰らいを構え、左手に蒼輝を携える。
攻にして防の大剣と、防にして攻の盾槍。
実直な太刀筋をもって振るわれる変幻自在の猛威。
それがラケインの戦い方である。
意識を己の内に向け、生命エネルギーのレベルを一段階上げる。
溢れ出る闘気が体の周囲を逆巻く。
斬る。
全て叩き斬る。
踏み潰し、引き裂き、食いちぎってやる。
獰猛な意識に身を任せ、一足飛びに間合いを詰める。
万物喰らいを振り下ろす。
巨大な大剣は、文字通りあらゆるものを食いつぶす。
簡素な鎧を身につけた小鬼の一匹が肉塊へと変わる。
次いで蒼輝で左に交わした小鬼を突き刺し、万物喰らいを引くと同時にこま回りの要領で右に大きく薙ぎ払う。
長大な射程の一撃により、さらに二匹の小鬼を屠った。
数瞬前まで小鬼であった肉塊を見る。
まだ足りない。
まだ、形が残っている。
だが、大剣を振りあげようとする右手を抑え込み、踏み潰そうとする足を踏みしめ、沸き上がる衝動を鋼の意思で封じ込める。
闘気の解放による破壊衝動は、強大な力をもたらす。
戦いとは力だ。
戦いに身を置く限り、この衝動から逃げることは出来ない。
さらに言えば、この破壊衝動も別の人格などに取って代わるようなものではなく、潜在的に押し込めている自分自身なのだ。
だからこそ、それを受け入れる。
その上で飼い慣らす。
それがラケインの考え方だ。
「はぁぁっ!」
大型の魔物に斬り掛かる。
凶暴な、それでいて愚直な剣。
真っ直ぐなラケインの気性を表すかのように、その一撃は、唐竹に魔物を斬り裂いた。
それにしても、だ。
この小さな村にどれだけの戦力が押し寄せていたのだろう。
魔界の強力な小鬼一匹でも十分に滅ぼせそうな規模の村だ。
それが既に十二匹。
その他にも大型の上位個体も何匹か斬ったし、アロウ達の方でも同程度の戦力はあるだろう。
気配を察知する訓練は積んでいるが、アロウ達魔法使いの魔力探知程正確ではない。
それでもまだ村の内外に、そして近郊にいくつかの群れが存在しているのを感じる。
と同時に肌が泡立つ。
この村、またはこの近くに、これほどの部隊を率いるボスがいるはずなのだ。
面白い。
最初は、村の惨状を目の当たりにした義憤からの戦いだった。
だが、今やその目的は、より強きものとの戦いへと移っている。
それもまた、自分なのだ。
ふと、足を止める。
突如、周りの空気が変わったのを感じる。
これまでは、小鬼達による享楽の弛緩した空気が流れていた。
それが、明らかに変わる。
どう、とは言葉にしにくいのだが、例えるならば、黄色から黒へ、砂糖水から焼け溶けた溶岩へと、重く、暗く変わったのだ。
「ラク様?」
後に続くメイシャが声をかける。
どうやらメイシャには、この空気が伝わっていないようだ。
静かに手でメイシャを制し、注意を促す。
アロウ達ほどでなくとも、メイシャも一流の魔法使い。
どこに敵が潜んでいようも、熱、物理、音などを鋭敏に感知する魔力探知の技術を持つ。
潜む敵ならむしろメイシャの方が敏感に反応する。
ならば、これは敵意、殺気、いや、むしろ悪意と言った方がしっくりくる。
「メイシャ! 結界を!」
そう叫んだのとその悪意が襲いかかって来たのは、ほぼ同時だった。
突如、足元に現れる巨大な魔法陣。
ラケインを中心として直径にして数メートルもの複雑な模様が顕現される。
視界が白に染まる。
そして閃熱。
ラケインの立っていた場所からは、天にまで届こうかという火柱がたちのぼった。




